六話 ちゃくちゃく
「メリアさんは嘘つきですね」
その夜、虫除けスプレーのキツいミント香がただよう202号室で、蓮は着々と撮影の準備を整えていくメリアに不満をあらわにした。
「大家さんには動画配信の許可を取っていないんですよね? 場合によっては業務妨害になりませんか?」
「借り手がつかない物件だからへいきへいき。そもそも、心霊動画を撮影するためにって理由を話して、立ち入らせてくれる大人がいると思う? 絶対に許可はおりないし、おまけで警察に通報される未来が見える」
ふそんに言い放つメリアには、他人の迷惑をかえりみたり、法令を守る意識はないようだ。
「不法侵入にあたるので、どのみち逮捕されるのでは?」
「管理の行き届いていない廃屋に入っただけの人間をこまごまと逮捕するほど警察も暇じゃない。捕まったって厳重注意でおわりだよ。はい、ライト持って」
「……重い」
蓮は手渡されたハンドライト――工事現場で使う、鳥籠のような金枠のなかに電球が入った照明をもたされた。
コードレスで移動には差し支えないが、積んだ業務用バッテリーが重い。
労働と切り放された生活を送ってきた身なので、つかんでいるだけで額に汗がにじむ。
蓮がうなる横で、メリアは軽そうなカメラをバンドで片手に固定している。
「メリアさんはずるいです。ぼくがそっちを持った方が映るかも、と思いません?」
「馬鹿言うな。配信者はあたし。それにその照明とこっちのカメラじゃ、値段の桁が違うんだ。壊されたらたまんない。あたしは、『高画質』の心霊映像が売りだって、知ってるだろ?」
「……まともに映った映像なんてなかったと思いますけどね」
メリアには悪いが、彼女のコンテンツは心霊動画とは呼べない、宵闇の映像ばかりだ。
蓮が見つめる現実の方が、よほど奇怪にあふれている――。
そのとき、ピピピと小鳥が鳴くような電子音が部屋に響き渡った。
音の出所はメリアの腕時計。
収録の開始時刻を知らせるアラームだった。
停止ボタンを押したメリアは楽しげに笑う。
「丑三つどきだ。行くぞ蓮花、エイエイ!」
「……なんですか、その呪文……」
「最近の小学生は知らないのか。こういうときは『オー!』って続けるんだ。もう一回やるぞ。エイエイ?」
「おー」
やる気のない声をしぼり出して、蓮は立ち上がった。
雨は、まだ降り続いている。
『蓮、夏の夜の雨には、耳をそばだててはいけませんよ』
やさしいやさしい桜の声が、蓮の脳裏に浮かんでくる。
『水音にまじって聞こえてきてしまうんです。悲哀に満ちた彼らの泣き声が』