表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/13

二話 たびだち

 夏休みに必要なのは、できる限り遠くへ行くための旅券。それだけだ。


 黒いリボンを巻いたストローハットを被って、ドロップショルダーのシャツに、裾をロールアップしたラップパンツを合わせた蓮は、緊張した面持ちで揺れる座席に座っていた。


 車窓の景色は、都会的なレンガパネルのビルから、ゆるい曲線をえがく川を隔てて、青い草原へと変わっていく。

 人工物といえば、巨人のように両足を地面につっぱる高架鉄塔こうかてっとうのみ。

 その間に渡された送電線には黒い鳥が止まっている。


 からすだろうか。

 蟻の行列のように並ぶ黒点を目で追うと、途中にひとつだけ歪な突起がある。


 大人の切り絵みたいなシルエットが、中空に吊られた電線に立って(・・・)いた。

 夏の陽炎かげろうみたいにゆらゆら揺れて、頭の天辺から工場の排気のような黒煙をたなびかせている。


 転げ落ちないように電線に掴まる手が、身長と同じくらい長い。

 あれは、人の形をしていても人ではないのだ。


「……いちゃいけない人」


 ぞくりとした蓮は、窓から視線を外して、膝にのせたリュックに手を伸ばした。

 金属ホルダーで吊した狐のぬいぐるみを撫でると、粟立あわだった心が鎮まっていく。


 これは桜のお手製のもの。

 彼が一針一針心をこめて縫ったこれを肌身離さずいることが、一人で旅に出るための条件だった。


 ハンドメイドには、手作りの温かみを感じられる他、呪術的にも大きな意味がある。


 手で一つ一つ形作る全てには作り手の魂が宿る。

 つまり、一種の『しゅ』だ。


 まじない――相手を不幸に追いやるものだと思われがちなそれは、思い入れさえ間違えなければ相手を護る力を持つ。

 今、蓮は一人でいるように見えて、常に桜に守護されているのだ。


 柔らかな面影を思い出しているうちに、電車は終着駅に辿り着いた。

 人もまばらなホームに降りて、改札を出ることなく次の鈍行に乗り換える。


 目的地である小さな無人駅で下りると、パラパラと雨が降り出した。

 蓮は、駅舎の中から表をうかがう。


 小雨は本降りに変わり、大きな雨音が屋根や路面から響きだした。

 まるで暑い夜に大合唱するカエルの鳴き声のようだ。


 空を見上げると、黒い雲が隙間なく広がっている。

 やむ気配はない。時間も、あまりない。


 蓮はリュックから出した折りたたみ傘を広げると、サンダルが濡れるのを覚悟して表へ飛び出した。


 地図を思い出しながら、線路にそった小道を歩く。

 パタパタと撥水布をうつ水音は、不調律なリズムとなって足を急かす。


 差しかかった踏切が下りたので、リュックの肩当てを掴んで待つ。

 ディーゼル式の古式めいた電車が通り抜けると、巻きおこった風に髪を吹き上げられた。


 思わず顔をふせる。すると、遮断機しゃだんきの足下に置かれた花束が目についた。

 いつかの犠牲者に手向けられた献花けんかは、乾いて茶褐色のブーケへと変貌へんぼうしている。


 ――命は乾くのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ