1.いつも通りの日常なはずだった
「くそっ!二度とガチャなんてやるかっ!」
スマホを布団の上に叩き付け、一度は終了させたスマホゲームを再起動する。
もう何度同じセリフを吐いたか分からない。
繰り返される魅力的なキャラクターが登場するたびに、課金という名のリアルマネーを投入し、データに費やしてしまう。
ゲームをやらない人間からすれば、無駄と言われるだろう。
自分でも分かっているんだ。
こんな事にお金を使うのは間違っていると。
知人も、お金を使わずにゲームを遊ぶ、いわゆる無課金でプレイしている。
実際、その楽しみ方が正しいのだろう。
ただ、俺は運が悪かった。
ゲームをプレイして手に入る、無料分でのガチャを回せる通貨では、欲しいキャラクターが出ないのだ。
そして、リアルマネーに手を出してしまう。
自分の欲しいキャラクターの排出率は0.1%。
鬼の確率だと思わないか?
99.9%は他のキャラクターが出るんだ。
これでピックアップの確率だと?ふざけるなと何度叫んだか。
ピックアップとは、他のキャラクターより出現確率が上がっていますよって意味なのだが、総合的に考えると結局他のキャラクターが出るのだ。
だって、普段0.05%の出現率が0.1%になって、他の単体キャラの出現率が下がってもさ、誤差なんだよ畜生!
でも、出た時には脳汁が溢れちゃうんだ。
快感っていうのかな?しかも、ガチャの演出がまた、凝っているんだ。
中々出ないレアな演出を見ると、子供に戻ったかのようなワクワク感が出る。
それからの望んだキャラクターでは無かった時のガッカリ感までセットである。
「はぁ……時々出るから、それを期待してしまうんだよな……運営の罠に嵌ってるわ……」
スパ○ボでも99%回避できる攻撃に当たって、「しまった!?」とかゲームキャラクターが言い、大破した時はリセットを何度経験した事か。
ボスに100%の命中率で近接攻撃を仕掛け、切り払われ回避された時といい、確率って信じられない。
色々と考えながら、時間を見ると朝の7時。
空はまだ曇っている所を見るに、今日は雨かもしれないな。
自己紹介が遅れてしまったけれど、俺の名前は冴木孝弘。
とある大企業にコネで入社した。
したというか、させられたというか……。
まぁ、その話は後にしよう。
スーツに着替え、家を出る。
朝食はカロリー○イトを食べながら、電車に乗る。
鞄は手提げではなく、ショルダーバッグだ。
両手を上げる為にね。
痴漢する変態は全員○ねば良いのに。良い迷惑だ。
冤罪する奴も同罪だけど、そもそも痴漢する奴が一番悪いからな。
毎朝毎朝両腕を上げているサラリーマン達の身にもなれってんだ。
一時期、男性専用車両とかできねーかなと思ったが、それはそれでなんか嫌だなって思った。
凄い暑苦しそうじゃないか。
電車から降り、歩く事数分。
会社に着いた俺は、エレベーターに乗り5Fへ。
降りて廊下を歩いていたら、雑巾を持って同じように向かっている奴と出会った。
「はよっス孝弘先輩」
「ああ、おはよう。いつも早いな山田は」
「新入社員は早めに来て机拭いておくと好印象っスから!」
そう言って笑うこいつは、山田高貴。
去年入社して、生き残った勇者の一人だ。
なんで勇者かって?それは……。
「孝弘先輩は凄いっスよね……もう何日連日で働いてるんスか……?」
「あー……確か、前休み貰ったのは14日前かな……」
「うち、大会社なのに、ブラックな部署はマジでブラックっスよね……」
俺の勤めるこのグローバルスター株式会社は、いわゆるゲーム会社だ。
様々なソフトを開発し、販売している。
中でも、最近有名になったクロスオンライン(COと略称で呼ばれる)というVRゲームが世間を賑わし、大ブームとなった。
現実世界で体感できる全ての事を、ゲームの中で体感できるのだ。
まぁ、ゲームの中で食べたからと言って、リアルでは食べていないので、元の世界に戻るとお腹が空いてたりするわけだが。
そして俺は、そのゲームの次回作、ワールドクロスオンライン(WCO)というゲームの運営・開発チームのメンバーだったりする。
まぁ、その中でも一番やりたがらない、バグの検証という凄まじいハードワークなわけだが。
なにせ、ユーザーが報告してきた挙動を全て実際に検証するのだ。
普通のゲームと違い、コードを読み取るだけでは見えないバグが存在する為、ゲーム内の特別なフィールドで、再現する事から始まる。
そして、何十回、何百回と繰り返す。
時間はいくらあっても足りず、俺は会社で寝泊まりする事も多い。
そして、冒頭で述べたコネ入社という点だが……この運営・開発チームの部長が、姉貴なのだ。
「孝弘、おはよう。山田君も毎日偉いわね」
「あっ!部長!おはようございますっ!!」
「はよ、姉貴」
スパコン!
「いでぇっ!?」
姉貴に頭を叩かれた。
「会社では部長と呼びなさいと言っているでしょう?」
「姉貴も孝弘って呼ぶじゃないか……」
スパコン!
「いだっ!?姉貴!馬鹿になったらどうすんだ!?」
「大丈夫よ、孝弘は馬鹿でも使えるから」
「ひっでぇ!?」
そのあんまりな言葉に言い返していると、山田が笑いだした。
「はは!相変わらず孝弘先輩と部長は仲が良いっスよね。やっぱこのやりとりがないと一日が始まる気がしませんもん」
山田が言うように、このやり取りは何回も行われている、通過儀礼みたいなもんだ。
姉貴の名前は冴木麗子。
俺よりも2つ上なだけだが、誰もが知ってる某有名大学を首席で卒業している。
俺はよく覚えていないが、なんとか賞とか色々と受賞してたりする、超有名人でもある。
スポーツ万能、成績優秀で、スタイルも良く超絶美人。
学生の頃、高嶺の花すぎて直接声を掛けられない奴らが、俺を通して姉貴に近づこうとするのでうんざりしていた。
男女問わずな。
そんな姉貴だが、未だに誰とも付き合っていない。
もちろん縁談なんてしょっちゅうあったのだが、全部歯牙にもかけずに断っている。
両親も姉貴には強く言えないのか、何も言わない。
俺には早く良い人見つけなさいとか言ってくるんだけど。
そういう差別良くないと思います!
そうそう、俺が入社した時の新入社員歓迎会で、わざわざ忙しい社長まで参加していたのだが、約100人くらいの新入社員達の前でその社長は言い放った。
「えー、コホン。入社おめでとう。まず最初に、諸君らに言っておきたい事がある。それは我が社のホープ、冴木麗子君を寿退社させようなんて気のある奴は、わしの前に来い。喝を入れてやるからな」
なんてヤクザばりの威圧感で言い放った。
まだ酒も入ってない最初にだ。
姉貴だけは拍手して、流石社長ー!とか笑ってて、社長も姉貴の言葉にいかつい顔が真っ赤になってたけど、その場は氷のように静まってたよ。
新入社員全員固まってた。(俺も含む)
そのあと、皆でバイキング形式の食事になったんだけど、姉貴と社長が一緒にくるものだから、食事の味なんて分からなかった。
何の取り柄もない俺に会いに来るわけないから、姉貴に付き合ったんだろうけど……。
「孝弘君、麗子君から話は聞いている。わしは君にも、期待しているからな。頑張りたまえ!はっはっはっ!」
そう言って、肩をバンバンと叩いて他の新入社員の皆にも話しかけに行っていた。
顔はヤクザみたいなのに、気さくな良い人だなって思った。
姉貴はそれには同行せず、俺の横で皿に食事を色々と盛っていた。
「孝弘、社長はあれで凄い人だから、学べる所は学びなさいね」
あの姉貴が褒める人なんてそう居ないから、内心驚いたのは秘密だ。
そんな姉貴は、この会社の様々な部署を兼任している。
クロスオンラインを立ち上げたのも姉貴だし、次回作であるワールドクロスオンラインだってそうだ。
本当に姉貴は凄い。
ま、俺は姉貴が凄すぎたから、よく聞くような比べられるような話は無かった。
なんせ、誰もが言う。
「あの麗子さんが姉じゃ、肩身狭いよな……なんもできないけど、愚痴ぐらいなら聞いてやるぜ!」
という感じで。
俺も最初は、これを聞いて良い奴だ!なんて思ったもんさ。
「あ、孝弘と一緒なら麗子さんとお話できたりしねぇの!?」
続くこの言葉がなければな。
おかげで、俺は友達なんて一人もいねぇ。
いや、知人はいるよ?
でも、友達って思えないんだよね。
皆、俺の後ろに姉貴を見てるからさ。
……話が逸れてしまったな。
「おはようございますー。おー、またやってるんですか部長」
「はよっすー。孝弘さんも懲りないねぇ」
姉貴に続き、皆続々と出社して来た。
ちなみに、冴木だと姉貴と被る為、皆俺の事は下の名前で呼ぶ。
さて、今日も俺はバグの検証だ。
この日、ワールドクロスオンラインの世界に閉じ込められる事になるとは、この時の俺は夢にも思っていなかった。
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