雨の日に傘をさして(2008年詩集)
《雨の日に傘をさして》(音楽−5)
わたし人間になれたら
雨の日に傘をさして
あの人に会いに行くの
歌を練習して
あの人に歌ってあげるの
そしたらあの人
教えてくれるはず
愛の意味や
夕焼けの意味を
秘密はなぜ
秘密にしなきゃいけないのかを
あの人
わたしの知りたいことは
なんでも知ってるの
だからわたし
人間になれたら
雨の日に傘をさして
あの人に会いに行くの
《虹》(音楽−6)
神様が泣いていたわ
まだ子供だから
無理もないわね
わたし子守うたなんて知らないから
一番きれいなうた
歌ってあげたの
するとその子
もう泣き疲れてしまって
わたしの腕の中で
すやすやと眠ってた
空に
大きな虹を残したまま
《力学》(音楽−11)
渡り鳥は眠りながら空を飛べる
日付変更線を越えながら
何千マイルも離れた故郷の夢を見ている
ふいに気流の乱れを感じ
渡り鳥は目を覚ました
陸地は近い
遥か前方に
大量の煙を吐きだしながら
垂直に飛翔する巨大な鳥が見える
われわれの力学とはまるで違うな
と渡り鳥は思う
あんなやつでも夢を見るのかな?
あんなやつでも
愛はあるのかな?
《カモメ》
彼女のダンスが見られると聞いて
私はこの街にやってきた
夏の間
私は暗くてじめじめしたアパートや
品の無い酔っ払いが集うバーで
ビールを飲みながら過ごした
そしてときどき
私は海を見に行った
空飛ぶカモメが
私を見て笑っていた
夏の終わり
彼女はこの街から去ったのだという
私は海から帰る途中
酒屋で安ワインを買った
嫌な味のするワインだった
私はボトルを半分ほど開けると
そのまま眠った
夢の中で
カモメは言った
水平線のむこうに
希望はあるのかい?
あまりいい話は
聞かないがね
《エミリーはハミングした》
エミリーは歌いたかった
でもメロディーしか知らないから
ハミングした
青空に雲が流れた
母さんがエミリーを呼ぶ声が聞こえた
エミリーはうたの意味を知らなかった
だからエミリーはハミングした
小鳥のように
《一日が終わる》
目を閉じると一日が終わる
さっき母さんがおやすみと言った
父さんは新聞を読んでいた
なんにも心配なかった
フクロウ時計が鐘を打った
夢の中で
《子供のころは》
子供のころは欲しいものがあった
ぬいぐるみや
ナイフや自転車が欲しかった
欲張りでも
わがままでもなく
世界を変えるために
どうしても必要だった
命より大切なものが
確かにあると信じていた
そのくせ何より死ぬのが怖くて
不死身の体と
大きな犬が欲しかった
たとえ家族や家を失っても
川の近くに小屋を見つけて
犬と一緒に暮らせばいい
魚釣りや薪割りをしながら
死が遠ざかっていくのを
じっと待つのだ
それはほんとうの死であり
ほんとうに欲しいものは全て
死から逃れる方法だった
世界を変え
命を差し出してさえ
死の不安からは絶対に
逃れなければならなかった
私は子供のころ
確かに欲しいものがあった
人はいずれ死ぬとあきらめた
あの瞬間から世界は色褪せていった
古い写真のように
《どうしようもなくて、どうにもならないもの》
それはフワフワしていて
そこらじゅうにあって
定まることがなくて
ふいに風に乗って
どこまでも飛んでいく
それは匂いがなくて
見えなくて
つかむことが
できなくて
だけど気持ちよくて
厄介で
どうしようもなくて
どうにもならないもの
それは死だ
《君が野暮な人間でなければ》
すべての街
すべての人々
暮れゆく空
街の明り
僕たちは死んでいく
優しかった恋人や
頼りになる友人
もう顔も思い出せないほど
いとしい人々
僕たちは
出すあてのない手紙を書き
壊れたレコードをずっと大切に持っている
思い出?
そうじゃない
僕たちは
ただそんなふうにしか生きられないだけ
ただそんなふうに
死んでいくだけ
もし僕たちの手紙が届いたら
封を切らずに捨てて欲しい
君が
野暮な人間でなければ
《何度でも空を見上げて》
空が青いの
ただそれだけで
泣きたくなるの
誰だって
そんな瞬間を生きて
息をして
歩いて
恋して
抱き締めて
どうしても
死にたくなくて
また
空を見上げるの
何度でも
《私の音》
耳を澄まして
あらゆる雑音を消して
大砲の音も
テレビの音も消して
鼠のため息も
星のささやきも消して
ただ集中して
ただ耳を澄まして私は聴いている
私の音を
《フワリと浮かんで》
葉っぱではなく
それは蝶だった
または蝶のような
葉っぱかもしれなかった
それはフワリと浮かんで
どこかへ消えた
春の午後だった




