09 彼女に約束
俺は立花の料理を食べ終わると、綺麗にタッパーを洗い、乾かした。
立花の料理は、やはり絶品だ。
まず普通の高校生には真似できない味付け。
見た目も完璧だし、食材の良いところをちゃんと引き立てている。
いや、立花自身普通の高校生っていう判定で良いのかわからないが、高校生でここまで出来るのは素直にすごい。
なんせ彼女は、勉強も運動も家事も、何でも出来る学校一の才女だ。
顔がとても整っているし、肌は透き通るような色白。
彼女自身、日々努力を怠っていないのも分かるが、それでも神は彼女に色々与えすぎだろう。
本当、非の打ちどころがない完璧人間だ。
でもそれは表面だけ。
彼女はとても優しいのだが、優しいが故に何か抱え込んでしまうタイプだ。
別に確信があるわけじゃないけど、なんだかそんな気がする。はい。また芯食ったこと言いたいというか。
俺は考えがよく回りますよという煩悩が出ました。
しかし学校帰りに見た彼女の顔が答えだろう。
少し疲れたような顔。
いつか
何かできるかと言われるとつい否と答えてしまうけど。漠然と、無責任だけど。力になれないかなあと思う。
☆
翌日、何事もなく学校を終え、スーパーで手伝いをしてから立花が来るのを待っていた。
いや、別に立花の料理をめちゃくちゃ楽しみにしてて、わくわくが止まらないからドアスコープを五分おきに一回ちらっと見てるわけじゃないぞ。
後五十秒たったら覗きに行こう…そう思ったとき…。
インターフォンが鳴った。
待ってました!
急いでドアを開けると、少し驚いた顔をした立花が居た。
「こんばんは。今日も来てくれてありがとう」
「こんばんは、いえ、大したことはないので」
俺は立花にタッパーを返す。
「本当に美味しかったよ。ありがとうな。あのさ立花…言いたいことがあるんだ」
「なんでしょうか」
少し不思議そうな顔をして俺の目を見てくる。
やめろ、そんな綺麗な目で俺の目を見るな。吸い込まれちゃう。目の前で指先くるくるしたら怒られるかなあ。
つまらんこと考えてないで本題に入ります。
「家までついて行っていいか?」
「は?」
立花に警戒の色を含んだ声を出されてしまう。
省きまくった本題だけじゃやっぱだめだよな。ちゃんと説明しよう。
彼女は未だに凍った眼差しで見てくる。
「いやごめん。言い方が悪かったです。このまえ野蛮な人々に絡まれてたじゃん?また似たような悪い奴らに絡まれるかもしれないし、俺に料理を届けたせいなにかあったら嫌だし。それに夜道を一人で歩かせて立花の両親を心配させたくないんだよ」
「両親は心配しません」
即座にやっちまったなあという後悔の念に駆られる。はあ。地雷踏んだわぁ、前踏んだのだから、学習しろよ。
彼女の声に、警戒の色はもう無い。
ただ、今まで感じたことのないくらいの凍った声が返ってきた。
彼女は嫌だと思ってるとき、こういう声を出す。
前にも聞いたことがある声だ。
しかし、突き放すような、聞いただけで身震いするような。温度で例えるなら絶対零度の様な声は聞いたことがなかった。
「私のことを、心から心配してくれる人なんていません。結局私は、誰にも必要とされてませんから」
自嘲するように仮面の笑顔で笑った立花は、俺に料理を渡し、頭を下げた。
では、と一声残し、途中で振り返ることなく、すたすたと早歩きで彼女は帰り始める。
俺は呆然と立ち尽くし、彼女の後ろ姿を見届けることしかできなかった。
あまり距離は離れていないが。しかし俺の目には彼女の背中がどうにも小さく、弱々しく映った。
わざとじゃないんだ。ただ本当に心配するだろうと思って。
立花は親との関係は良好ではなさそうだった。
以前の様子を見ればわかることなのに、愚かにもまた言ってしまった。
時間を巻き戻してぇ。というか俺を殴りたい。
俺と立花の距離がどんどん離れていく。離れるごとに、息苦しさが増していく。
浅い呼吸の中、強く拳を握り、弱い己を叱った。
何を突っ立っているんだ。早く謝りに行け。
俺は走り、彼女の手を取った。
立花は驚いたように振り返る。
彼女の目尻には涙が溜まっていた。
「…心無いことを言って、本当にごめんなさい。悪気はなかったんだ。俺は、ただ、立花が俺のせいで変な男に絡まれてほしくない。そう言いたかった。少し暗くなってるし、女の子を一人で返すなんで気が引ける。…それに、君の事本当に必要としてる人間は、ここにいるぞ。立花の料理は本当に美味しいし、今の食生活から立花の料理が抜けると、一気につまらない日常に早替わりというか…」
いかん。きちんと謝ろうと思ってたのに、うまく言葉が出なくて何を言いたいのかがわからなくなってきたぞ。
せめて誠意を受け取って貰おうと、しどろもどろに感情に任せて言いたいこと言った。そして彼女は俺の言葉を聞き終えると、少し驚いたように目をぱちぱちとさせる。
そして立花は顔を綻ばせ、口を開いた。
「実は私も、歩きながら失礼なことをしたと反省してました。心配してくれたんですね。ありがとうございます」
「いやいや、謝らないで。どう考えても悪いのは俺だから」
「ではお互い様ということで。…しかし結城さんは私のことを必要としてくれてるみたいですね?」
「当たり前じゃんか!!この短期間で餌付けされてしまったと言っていい!!」
俺が即答すると、彼女はまた悪戯に、とてもかわいく笑った。
「本当に立花の家を特定してどうこうしたいわけじゃない。不安なら、家の近くでもいいので。どうか今後、立花が帰るときに同行する許可をもらいたいです」
彼女は顎に手を当てて、悩むように、うーんと首を傾げる。
しかし顔が少し笑っているため。俺の期待する答えが手に入る気がなんとなくした。
「じゃあ、お願いするとします。何かあったら、その時は頼みますよ?」
仲直りと約束の二つの意味があるのか、彼女は小指を差し出してきた。
俺もまた小指を出して、指切りげんまんに応じる。
「はい、頼まれました!」
俺の軽口に、彼女は笑い、俺も笑った。
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