07 彼女にお礼
俺は立花の料理に舌鼓を打った後、風呂に入り少し勉強して布団に入った。
壁が少し薄いので、布団に入ってからも隣の音が少し聞こえる。
俺の家は広くはないし、無かったら困る、というものが辛うじて置いてあるだけ。
俺は体が丈夫ではないので、あまり遠いところから通学するのは危ないだろうと、学校の近くのアパートを借りることになった。
立地が特別良いというわけじゃないが、いろいろと周りに建物があるし、駅もあるので賃貸は高い。
俺が一万円生活を強いられているのも、親が母しかいないからだ。
父は、俺が幼い頃に亡くなった。
とても賢くて優しくて。でも体はあまり丈夫じゃない人だった。
本をたくさん読んでくれたし、勉強もいっぱい教えてくれた。
俺が小学校に入ったばかりの頃。
父は病気のせいで働けなくなり、家で家事をするようになった。
母は父の代わりに働くようになり、家に帰ると父が「おかえり」と言うようになった。
父と母の役割が変わったことに関しては何も思っておらず、ただ父との時間が増えることを素直に喜んでいた。
そんなある日。
俺はいつも通り小学校から帰って、父に勉強を教えてもらおうと思った。
ドアを開けると、いつもの声がない。
どこかへ出掛けたのかな、そう思いリビングのドアを開けた。
ドアを開けると、目の前には倒れて動かなくなっている父がいた。
焦った俺は、冷静になることができず、どうすればいいかわからなかった。
どうにかせねば、そう思い母に言われたことを思い出した。
「良い?もしお父さんが倒れていたり、なにか具合が悪くなったらすぐお母さんに電話してね。もし呼べるんだったら、救急車も呼ぶのよ。わかった?」
母の言ったことを思い出し、急いで救急車を呼んだ。
十分後くらいに救急車が来て、急いでドアを開けて中に入ってもらった。
大人の人が来て、安心したのかもしれない。
母に電話することを忘れていて、救急隊員に連れられ、一緒に救急車に乗った。
救急車の中で色々と質問された。
でも父の病気関して詳しく知らないかったので、うまく答えることはできなかった。
救急隊員の人が母に電話するらしく、番号を聞いてきた。
番号を教えると、気が付けば病院に到着していた。
父はすぐ沢山人がいる部屋に連れていかれた。
父が連れていかれてから、何十分後くらいに、母が来た。
母は泣いていて、俺を見つけると、俺を抱きしめながら「よく救急車を呼んでくれたね。とっても良い子だね」と言った。
さっきまで緊張していたけど、母に抱きしめられたら安心して、泣いてしまった。
☆
何時間、いや何十時間経ったのだろうか。
母と一緒に部屋の外で父の無事を願っていた。
がちゃ、とドアの開く音が聞こえた。
看護師や、手術をしていたという医者など、合わせて九人くらいがやってきた。
父は無事なのか。これまで通りの生活は送れるのか。
不安で仕方なくて、母の裾をぎゅっと握った。
母は医者達に聞いた。
「夫はどうなったんでしょうか」
九人は申し訳なさそうに俺達を見た。
「尽力しましたが、寧音さんを救うことはできませんでした」
その言葉を聞いて、二人とも泣いた。
そこからの記憶はよく覚えていない。
ただそれから母は働き詰めで、帰ってくる時間が遅くなった。
たくさんの仕事を掛け持ちして、家事も一人でしていた。
俺は母に楽になってもらおうと、料理以外はすべて頑張った。
料理は危ないから、という理由と、壊滅的に下手くそだったからだ。
勉強も頑張ったし、洗濯物や掃除だって、少しでも母に楽になってもらおうと頑張った。
そして俺は誓った。
大切な人を失う悲しみは、俺一人で十分だ。
俺がその人の大切な人を救う医者になろうと。
そこから俺はもっと頑張った。
ただでさえ凡才なのに、こんなのじゃ医者になんてなれやしない。
今一万円生活をしているのも、大学に入るためにお金を貯めているのだ。
今は少し辛いけど、大人になったら、医師として人の命を救って、母を楽にしてやりたいんだ。
だからもう少しだけ。耐えるんだ。
☆
気が付けば朝になっていた。
昔の夢を見た。しかも鮮明に。
これは俺にもっと頑張れってことかな。お父さん。
昨日彼女から貰ったタッパーは、洗って乾かしている。
ちゃんと乾いたのか、確認に行くと、からからに乾いていた。
そういえば今日、立花がタッパー取りに来てくれるんだよな。
なんか渡したら喜ぶかな。
俺は少ししかないお金を手に取り、学校帰りにお礼のお礼を買うことにした。
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