03 彼女の笑顔
「はぁ…」
俺こと結城葵はとても悩んでいた。
理由は単純。
くまのぬいぐるみを渡すタイミングが無いからだ。
昨日帰りに渡そうかななんて言っていたが、彼女の下校のタイミング分からないので、俺は待つしかない。
学校で渡すと、いろいろとまずい。
だから学校で待ち伏せというのもできない。
そして家で待つのも、ちょっとしか面識がない男が家の近くで待ってるなんて、正直言って気持ち悪いことこの上ない。
どうしようどうしようと考えていると、下校時間になった。
帰宅部の俺は何もすることがないし、さっさと帰る。
よし、帰りにスーパーに寄ろう。
あのスーパーの店長と仲が良く、俺にだけおにぎりや惣菜を格安で売ってくれる。
閉店間際の時間と、あの店長の優しさで、なんとおにぎり一個十円になることだってある。
まあ俺が日々手伝いをしてるっていうのもあるのだが。
さっさとスーパーに行こう。作戦はそこからだ。
おにぎり何個買えるかなあ。
☆
スーパーに着くと、真っ先に惣菜とおにぎりのコーナーに迷惑にならないように小走りで行く。
げげ、おにぎり一個百円。
テンチョーサーン、エクスキューズミー!
「おお、葵君か!いつも片付けとか手伝ってくれてありがとうね。おにぎり一個五十円でいいよ」
やったー!ありがとう店長さん。
「ありがとうございます!明日手伝いに来ますね!」
店長さんは、ありがとう、と言って奥に消えてしまった。
そうして俺は、おにぎり二つを手に入れ、スーパーを去ろうとした。
スーパーに彼女が入ってくるまでは。
☆
「あっ」
思わず声が出てしまった。
彼女はこちらに気付いた様子はない。
ここは一回偶然を装ってもう一度入店し直すか?
だが俺の手にはスーパーのロゴが入った袋がある。
なんで持ってるのって思われたらやばいしなぁ。
幸いくまのぬいぐるみは持ってる。
もう勇気を出して突入だ。
「こっこんばんは」
時間帯的に こんにちは ではないはず。
「こんばんは」
相手はこちらに目線を合わして、ぺこりと頭を下げる。
「あ、あの。昨日はクッキーをくれてありがとうございました」
「いえ。別に大したことはないので」
さっさと話しを終わらせたい、というような返事が来た。
学校終わった後のこの人機嫌悪くないか。
「あ、あの。昨日もらったクッキーのおまけにくまのぬいぐるみが付いてまして」
「ああ、確かにそうでしたね」
「その…俺はクッキーで十分だから、くまのぬいぐるみをお返ししたいと思っていて」
彼女はくまのぬいぐるみの話題を持ち掛けられると、さっきまで凍っていた顔が、少し解凍された。
「はい。どうぞ」
包装してあるくまのぬいぐるみは、開けていないので綺麗なままだ。
そのぬいぐるみを大事そうに彼女は抱えた。
「ありがとうございます」
昨日ぶりに見た、見惚れるような笑顔。
学校では見ない、自然な笑顔を見た。
「い、いえ。どういたしまして」
それでは、とまた逃げるようにスーパーを出て行った。
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