くまのレインとなかまたち
この話は、たかが西原家に来る前日の話。
いつも、海李は、双子の姉の藍李といる。それは、保育所でも、いつも一緒だ。
「かいくんは、なんのえほんをよんでるの? 」
と、藍李は聞く。
「くまのレインとなかまたち」
と、海李は答える。前までは聞かれたら、絵本の表紙を見せるだけだった。でも、今は声に出して答えるようになった。
それには、理由がある。亡き父時雨の最後の言葉だ。
『海李は、もう少し自分から話せるようにする』
これを実行するために、海李は、少しずつ話せるように頑張っている。
「くまのレインとなかまたちって、おとうさんが、いっぱいよんでくれたえほんだ! 」
「うん!・・・ぼくね。このえほん、すき」
「あいも、すき! 」
「また、よんでほしいな」
と、海李は言ってしまった。それは、もう叶わないことだ。藍李は、泣いてしまった。それを見て、海李も謝りながら泣いた。
この二人の泣き声を聞いて、保育所の先生はすぐに駆けつけた。必死に、二人をあやすが泣き止まない。とりあえず、二人を職員室に連れて行く。そこにいる先生に預け、職員室を出ていった。
そこにいる先生とは、園長先生だ。その先生は、とても優しい笑顔の人だ。そのため、どんなに泣いたり、機嫌が悪くなった園児は元気になるのだ。二人も落ち着いてきたので、何があったのか聞く。海李は、なんとか答える。
「お・・・とうさんにね。え・・・ほんをね」
園長先生は、その言葉で意味を理解した。
「お父さんに絵本を読んでもらったの? 」
と、聞く。海李だけじゃなくて藍李も頷く。
「おとうさんも、すきなの」
と、藍李が答えた。
「そうなんだね。絵本の名前、教えてくれるかな? 」
「くまのレインとなかまたち」
その絵本の主人公は、くまのレイン。彼の名前を英語にすると意味は、雨になる。彼は、よく外に出ると雨を降らしてしまう。
そのため、自分の家に引きこもってしまう。みんなに、会おうとしない。だって、会うためには外に出ないといけない。そうしたら、雨が降ってしまう。みんなが風邪をひいてしまう。
心配したなかまたち。彼らは、うさぎ、リス、犬、猫。レインの家の前で、こう言うのだ。
「ずっと、晴れてるから暑くて倒れそうだ」
「畑の野菜は、枯れてしまう」
「川の水が、カラッカラッと干からびてしまいそうだ」
「私たちも、干からびてしまうわ」
「誰か、めぐみの雨を降らしてくれないかな? 」
すると、レインは、ドア越しに「いいの? 」と聞く。彼らは、頷く。
レインが、家から出る。すると、暑い日には雨が気持ちいいぐらいの雨が降った。野菜は、すくすくと元気になり、川は潤った。
そして、みんなで楽しく過ごした。自分がいたら悪いと思うのではなく、自分の良いところ知ることが大事だ。そして、みんなを笑顔にすることが出来るという物語だ。
時雨がこの絵本が好きなのは、単純な理由がある。一つは、主人公の名前が雨で、自分も雨という意味がある名前だからだ。それと、めぐみの雨で、自分と妻のめぐみがいると想ったらうれしいのだ。
だから、何度も子供たちに読み聞かせをする。紘季は、時雨がこの絵本を読む理由を知っている。
「教えてくれてありがとう。お礼に、このお菓子をあげるね。みんなには、内緒だよ」
先生は、ジュースとお菓子を二人の前に置く。そして二人は、机に置かれていたお菓子を食べ、ジュースを飲む。
その後、泣きつかれたのか寝てしまった。園長先生は、二人にタオルケットをかける。そして、西原家に電話をしたのだった。
その後、空は二人を迎えにいった。園長先生は、もう一度空に事情を説明する。その声に、二人は、目を覚ました。
「そらちゃん? 」
と、藍李は、目を眠たそうにこすりながら言う。
「空だよ。藍李ちゃん」
「おむかえ? 」
と、海李も眠たそうに目をこすりながら言う。
「うん。少し、早いけど。帰ろうか? 」
「「うん! 」」
「園長先生に、さようならを言おうね」
「「えんちょうせんせい、さようなら」」
「はい、さようなら。また、明日ね」
「「はーい」」
「では、失礼します」
二人の荷物は、空が来る前に他の先生方が持ってきてくれたらしい。空は、二人と手を繋いで保育所の駐車場に行く。二人を車に乗せて、家に帰った。そして、玄関の扉を開ける。
「えっ?! 」
そこに紘季がいると思わずに、空は驚きの声をあげる。
紘季はしゃがんで、藍李と海李を抱きしめる。紘季は、電話をしている空の会話から『くまのレインとなかまたち』の言葉を聞いてしまった。それで、紘季も、亡き父への気持ちが溢れだしたのだ。
また、紘季たちは泣いた。空は、玄関のとこだからと、三人を紘季の部屋に移動させた。
今は、三人だけにした方がいいと思った。しばらくしてから、三人の様子を見に行く。仲良く寝ていた。紘季の机の上には、くまのレインとなかまたちの絵本が置かれていた。
「空、三人の様子は? 」
と、透が聞く。
「大丈夫そう。ぐっすり寝てるわ」
「よかった。俺が早く帰る必要なかったな」
そうなのだ。透が
定時よりも早く家にいるのは、空から連絡があり、透の同期や部下たちが、早く帰ってやれと気をきかしてくれたからだ。
「でも、たまにいいんじゃない?いつも、頑張ってるから。ご褒美と思ってさ」
「そうするよ。それより、京介にも連絡したのか? 」
「したよ。ライミの既読は、ついたけど」
ライミとは、メールや電話などの機能が無料で、見たかどうかは、アプリだ。
「京介のことだ。既読が、ついただけでもいいと思っているんだろう」
「まぁ、京兄は忙しいのか返信ないけどね」
「それは、しょうがないだろ」
「だね」
透は、一口お茶を飲む。そして、懐かしそうに言う。
「時雨は、あの絵本が変わらず好きなんだな」
「えっ? 」
「『くまのレインとなかまたち』だよ。高校生のときに本屋で見つけたって、学校で俺たちに見せてくれたんだ。その時、あいつなんて言ったと思う? 」
その俺たちというのは、京介、透、時雨、めぐみだ。
「なんだろう? 」
『これは、俺とめぐみのための絵本だ! 』
「って、言ったんだ。その時の時雨の顔が、どこか子供みたいにキラキラした表情だったんだ最初聞いたときに、全員笑ったよ」
「時雨さんらしいね」
「だろう」
「この話、あの子たちにもしてあげたら? 」
「あぁ、そうするよ」
二人の顔は、とても優しい。もうこの世にいない、時雨とめぐみの話。まだ、心は辛い。でも、悲しむより、笑ってる方がいいと想う。
晩御飯を食べ終え、子供たちは寝た頃。京介が、仕事から帰ってきた。
「空、ごめんな。返信しなくて」
「いいよ。仕事が、忙しかったんでしょ」
「あぁ。だから、こんなに遅くなっちまった……」
「明日は、非番だろ? 」
「あぁ。呼び出しが来なければな」
京介は、よく呼び出しをくらう。若手エースなので頼られる。彼が解決した事件は数知れず。警察に休みの日はあまりない。
「海李は、両親の死を受け止めれてないのかもしれない。上二人が、体調を崩してただろう?だから、自分はしっかりしないといけないって、言い聞かせていたんだと思う。言い方はあれだが、それだけ、海李にとっての救いなのかもしれない。紘季たちを心配することで、両親の死を受けれようとしなかった」
と、京介。
「まぁ、しょうがないだろ。海李くんは、六歳だ。一般的に、そのぐらいの年齢の子供は、親のことが大好きなんだからな」
「そうだと思うよ」
透と空の言葉は、少し他人事のように言っている。それもそのはずだ。西原きょうだいは、前にも言ったように複雑な家庭で育った。そのため、親子とはどういうものか分からないのだ。
いや、違う。家族とは、どういうものか知らないのだ。そんな彼らが、血のつながらない子供を育てる。
それに、また複雑な事情だけに、どう接していいのかも分からないのだ。
だから何かある度に、きょうだいが揃う時は話し合いをする。自分たちには子供がいないので、子供のいる同僚に話を聞いて対策を練ったりもする。
今日はもう夜が遅いという京介の言葉で、話し合いは終わった。そう言った京介は、スマホを出してアルバムを開く。そして、ある写真を見て懐かしいなと想いを馳せていた。
「京介。俺たちは、風呂に入ってるから入れよ」
京介は、反応しない。
「京兄、なにスマホ見てるの? 」
「あぁ、これだ。二枚あるから、スライドしろよ」
そう言って、二人にスマホを渡す。
「あっ!これ懐かしいな」
と、透が反応する。
その写真は、時雨が嬉しそうに『くまのレインとなかまたち』の絵本について話している。その横で、めぐみを嬉しそうに笑っている写真。もう一枚は時雨がその絵本を持って、周りでめぐみと京介と透が笑っている写真。
それは、誰か記念に一枚撮ってくれよという要望に答えたものだった。全員が、写るようにとめぐみは、内カメで撮ろうと頑張る。
すると、近くにいるクラスメイトが撮るよと、言って撮ってくれた。
本当は、学校でスマホを使ってはいけないが、教師のいない放課後の教室で写真を撮った。
「みんな、若いね!めぐみさん、やっぱり若いときから、きれいだね。時雨さん、イケメンだ! 」
「なぁ、俺たちは? 」
と、透が聞く。
「ずっと、一緒にいたから分からないよ」
「そんなこと言うなって……。本気で落ち込むぞ」
「悪ふざけはいいから。ほら、スマホを返せ」
透ははいよと、スマホを京介に返す。
「俺がスマホを見せたのが悪いが。風呂に入ったのなら、さっさと寝ろよ」
「分かった。おやすみ」
「おやすみ」
「京兄。風呂、おいだきしとこうか? 」
「ありがとう。じゃあ、頼むよ」
「うん。それしたら、寝るね。おやすみ」
「おやすみ」
二人が、リビングを出た後も、京介は、この亡き心友と亡き初恋の相手の嬉しそうな写真をずっと眺めていた。そして、ボソッと呟く。
「俺が、時雨とめぐみの子供たちを大切に育てるから。安心しろ。守るから」
と、京介は涙を流す。その様子をリビングの戸の向こう側で、なにも言わずに京介を見ている二人がいた。
自分たちには、絶対に弱みを見せずに涙を流すことがない兄を、辛そうに見守るしかできなかった。
この話に、登場する『くまのレインとなかまたち』の絵本は、架空の絵本です。作者が、勝手に作りました。一応この物語のなかでは、あれはライミです。
読んでいただき、ありがとうございます。