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家族ってね  作者: 宮原叶映
31/50

ただ

 幸雅は仕事が終わり帰宅した。


 唯一の肉親といえる父親を亡くしてから、アパートの一室は真っ暗でシーンとしていた。

 

「ただいま」

 

 誰もおかえりと言う人がいなくても続けた。

 幸雅はリビングのソファに座り、おもむろにスマホを取り出した。ある一人の女性に電話をかけた。

 

「もしもし、空? 」

 

「もしもし、幸ちゃんどうしたの?電話かけてくれるの珍しいね」

 

「今、大丈夫ですか? 」

 

「うん。大丈夫」

 

「空の新作、読みましたよ」

 

「えっ?本当にありがとう!あれ?いつもは、ライミとかで感想送ってくれるけど」

 

「はい。なんだか今回は電話ですが、直接伝えたいなと思いまして」

 

「そうなんだ? 」

 

 受話器の向こうの空は、不思議そうにしていた。

 

「空、とうとう京介達の恋模様を小説に書いてましたが、何か心境の変化がありましたか? 」

 

「あっ!それで電話をしてくれたんだね」

 

 空は、幸雅の言いたいことを理解した。

 

「それはね……。もちろん空も幸ちゃんもだけど、京兄が、大好きな二人を亡くして…… 」

 

 空の声は、それ以外の音も混ざっていた。

 

「はい」

 

「あまりにも突然で……ただの事故って言えなくて…… 」

 

「はい」

 

「心の整理が出来なくて…… 」

 

「はい」

 

「だから、三人のためにね。何かを世に残したかったの。実際に起こったことと、小説の内容は違うけどね。それに、元々三人をモデルに書いてたからね」

 

 幸雅は、ただ何も聞かずに相づちを打っていた。そのおかげが、最後には空だけの声が受話器の向こうから聞こえた。

 

「みんなの気持ちは、どこか似てると思ったの」

 

「えっ? 」

 

「悲しみは癒えなくても、その人に出会ったことは良いことだと思ったの。失うぐらいなら、出会わなかった方がいいって、どこかで想うかもしれない。だけど、出会ったから今があって、楽しい日々を過ごせた。それは嘘じゃないから。それを空は、大切にして欲しい。大切な人を亡くして、泣いて辛かった空の心友がね、気付かせてくれたの」

 

 空は、新作の『瞳』に出てきた言葉を引用しながら想いを話した。


 受話器の向こうの幸雅は、泣いていた。

 

 しばらくの間、どちらも話さなかった。

 

「空、教えてくれてありがとうございます。確かにそうですね。出会ったことを悲しむのではなく、良いことだと想う方が良い考え方です」

 

「うん。そう想えたから、前に進めたって心友が言ってたの。だから、似たような経験をした人に届けたいと想って書いたんだ」

 

「はい。そのお話を聞くと、より想いが伝わりました」

  

「そう言ってくれると、嬉しい」

 

 二人は、嬉しそうに話をしていた。

 

 

コンコン

 

 

「あっ、幸ちゃんちょっと待ってて」

 

「はい。大丈夫ですよ」

 

 受話器の向こうの空は、ノックの音で晩御飯の時間だと気が付いた。空が誰かと話す声が聞こえた。

 

「ご飯の時間だね。うん、分かった。ありがとう」

 

 空と話していたのは、紘季のようだ。なぜなら相手の声が、一切聞こえてこないからだ。

 


「もしもし、幸ちゃん」

 

「はい、もしもし空」

 

「幸ちゃんごめんね。ご飯の時間だから…… 」

 

「あっ、そうですね。ご飯が冷めないうちに、食べに行ってきてください」

 

 少しの間、会話を続ける。

 

「うん。ありがとう!今日は、透兄が晩御飯の当番なの。今日っていうか、しばらくの間ね」

 

「それは、この間のが原因で? 」

 

「うん。透兄から、何でもするって言い出したの」

 

「なるほど。そろそろ、僕もご飯を食べようと思っていたので」

 

「うん。じゃあ、またね幸ちゃん」

 

「はい。また、会いましょう。空」

 

 

 二人の電話を終わるときと決まりごとをして通話を切る。

 

 

 今さらだが、幸雅が空のことを呼び捨てにしている。

 

 それは、二人の出会いから始まった。当時空が八歳で、幸雅が十五歳の時に遡る。

 

『空、コイツは幸雅。兄ちゃんたちの友達だ』

 

 透が、幸雅を紹介する。


『幸雅、この子は空。俺達の妹だ』

 

 今度は、透が空を紹介した。

 

 京介と透の間からじっと幸雅をみて、幸雅と目があったら二人の陰に隠れていた。

 

 学校と施設や兄以外の異性に会うのは始めてだった。本来は、時雨とめぐみとれんか達も連れてくるはずだったが、用事があって来れなくなったということにした。

 それに、空は少しだけ人見知りだった。そのため、一度に大勢はきついだろうという判断もあった。

 

 

『空ちゃんって、呼んでも良いですか? 』

 

『嫌! 』

 

『『空 』』

 

 二人の兄のハモりに、空はビクッとした。

 

『それでは、何て呼んだら良いですか? 』

 

『空って、呼んでほしい』

 

『分かりました。空って呼びますね』


『うん!!ありがとう、幸ちゃん! 』

 

『『『えっ? 』』』

 

 空以外の三人がハモった。

 

『幸ちゃんって、僕のことですよね? 』

 

『うん。そうだよ? 』

 

『幸雅だから、幸ちゃんだよ。だって、空にはお兄ちゃんが二人いるもん。幸兄ちゃんは、なんか変な感じがするもん。ダメ? 』

 

『ダメじゃないです。そのような理由でしたら、幸ちゃんって呼んでくださって大丈夫ですよ』

 

『よかった!!ありがとう、幸ちゃん』

 

 空は、この時から幸雅がいいなと想い始めていた。自分だけが許される相手への呼び方が欲しかったのかもしれない。

 幸雅の後に出会っためぐみにとって、時雨は特別な人だ。彼女も同じような想いで彼をしぐちゃんと呼んでいたのを知った。それもあるのか、時雨のことは時雨さんと呼んでいた。そのため、空は内心ホッとしていたのだ。

 

 空は、幸雅が施設に遊びに来るとベッタリと引っ付いていた。

 兄二人が、施設を出ても変わらずに遊んだ。透が空を引き取った後も、彼が仕事で家を開けている間に彼女が寂しくないように側にいてあげた。一緒にテレビゲームで遊んだり、勉強を見てあげたりした。

 そのため、幸雅が家に来ると彼が何も言わずにココアを入れてあげる仲だ。

 二人は、お互いを恋愛対象と想っていない。ただ信頼出来る相手と認識している。お互いを支えていく仲でいいと想っている。お互いに心友はいる。

 だが、それとこれとではなんだか違う感覚でいる。ただ家族以外で、素の自分でいても構わない存在が一致しただけ。

 

 

 

 時間軸を現代に戻す。

 

 幸雅は空との通話を終えると、ソファから立ち上がる。そのまま冷蔵庫があるキッチンに向かう。

 そこから、作りおきを入れている容器を取り出して、レンジでチンをする間に茶碗にご飯をいれる。

 今回の作りおきは、ジャーマンポテトだ。レシピをろくに見ずに感覚で作ったが、美味しく作れるものだと感動する。

 

 いつも何かしらを作ったら、それをご飯の上にぶっかけて丼のようにして食べていた。コップにお茶を注ぎ、それらを持ってリビングに移動する。机の上に置いて、床に座る。手を合わせる。

 

「いただきます」

 

 幸雅は、シーンとしている部屋が嫌で、テレビをつける。バラエティー番組を見て、笑っていたのだった。

恋人や夫婦という関係にならなくても幸せっていいですね。


読んでいただき、ありがとうございます!

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