逆に恐い
透とれんかは、西原家に帰ってきた。玄関のドアを開けると、空がタオルを持って立っていた。
どうやら、電話の後に帰ってくる時間を予測し、スタンバイしていたようだ。
「おかえり」
「ただいま」
「お邪魔します」
「はい。これを……」
空は、タオルをれんかに渡す。髪の毛からポタポタと雨の滴が落ちない程度だ。
「お風呂、沸かしているので入ってください。兄は、あとでいいので」
れんかは、一度後ろにいる透に視線を送る。透は、いいぞと言うよう相槌を打つ。
「ありがとうございます」
「あっ!一応、私の服置いてます」
「何から何までありがとうございます」
「いえいえ。原稿書けたので、あとで見てください」
「分かりました」
そんな会話をして、れんかは慣れたように風呂場に向かった。二人はリビングのドアを開け入ろうとした時、少し離れた所の風呂場のドアの閉まる音が聞こえた。
ダイニングテーブル側の椅子に座る。
「透兄。はい」
やっと、空は透にタオルを渡してやった。透は、タオルを受け取る。
「助かった」
「それは、何のこと? 」
「お前な……」
透は、ため息をつく。
「三人の迎えに来てくれたことと、海李くんの医療費払ってくれたことだ」
空も、ため息をつく。そういうことじゃないでしょと言うように片手で頭を抱えるポーズをする。
「……もうそれで、いいよ。空に、言わなくてもいいから。せめて、紘季くんにはいってあげてね」
久しぶりに、空の一人称である空を聞いた気がする。それを紘季たちが来た日以来に聞いたのが最後だと思う。それと、空と締め切りで忙しくなっていたから部屋にとじ込もっていたとかは関係ない。
空にも、心の余裕が出てきたのからかもしれない。締め切りがギリギリ間に合ったからか、それともれんかの表情が晴々としていたからなのか。
「ありがとう」
透は、ボソっと言う。
「えっ?透兄、何て言ったの? 」
「なんか言ったか? 」
透は、とぼける。
「素直に、言えないの?いい年の癖にね」
「年は、関係ないだろう。紘季くんには、それとなく言うわ」
「ハイハイ」
透は、キッチンにいって何かゴソゴソしてから空と向かい合うように座る。その手にはコーヒーカップが収められていた。
「そういえば、紘季くんたちは? 」
リビングには、空と透しかいない。
「二人は、海李くんが寂しくないようにって子供部屋にいるよ」
子供部屋とは、双子の部屋だ。二人は、リビングのダイニングテーブルに座り、なにやら話し始める。
「京兄に、連絡したの? 」
「あっ、してねぇ。空は? 」
「空も、していない……」
「誰も、してないな……」
二人しかいないリビングは、よりシーンと静まり返る。
「するわ」
「うん」
ライミで、連絡事項を送信する。
「既読がついた」
透は、驚いた顔をする。
「早いね」
「返信きたわ」
「えっ、早くない?何って? 」
空はそう言いながら、透のスマホを除き混む。彼は、嫌がらずに彼女が見やすいようにスマホの角度を変える。そして、送られた文章を読み上げてやる。
『了解。今日は、定時に帰れる。大人しく、待っておけ。いいな』
「なんか、恐いね」
「そうだな」
京介の基本は、透や空からのライミでの連絡に既読をつけるだけだ。仕事が忙しいせいでなかなか既読がつかないことが多い。既読と内容もだが、すぐに返信があるのが逆に恐い。
「京介が帰ってくるまで、後一時間…」
空と透は、時計を見てため息をつく。後一時間すれば、京介からの説教タイムが始まる。二人の心には、逃げたいの文字が浮かぶ。透は、既読をするだけで返信はしない。
「ガチャ」
二人は、ビックと肩が上がる。リビングのドアから、お風呂で暖まったれんかがやって来た。
「先生、ありがとうございます。スッキリしました」
「良かったです。早速ですが、原稿見てもらえませんか? 」
「分かりました」
「先に行ってるので」
空は、リビングを出て自室に行った。
「また、借りが増えたな」
「うん」
空は、気づかいのプロだと想う。二人が、話せる時間を作ってやる。
「透くん。これありがとう」
れんかは、これを手渡す。
「いいんだ」
これというのは、雨で濡れたれんかにかけてあげた上着だ。雨で、少し湿っている。
「乾かさないとな」
「うん」
「風呂、入りにいくわ」
「うん。私は、先生のところに行ってくるね」
「あぁ、そうだった。れんか、ちょっと待て」
「どうしたの? 」
れんかは、首を傾げる。
「京介が、定時で帰ってくるらしい」
れんかは、時計を見る。
「えっ、一時間も無いの? 」
「あぁ」
「何で? 」
「かくかくしかじかだ」
「分かった。私は、先生のところに避難しているね」
透は、頷く。
「あっ、れんか。今日来てた服は? 」
「ごめん。乾燥機を勝手に借りてる…」
「あぁ。それは、いいぞ」
この西原家は、何度もれんかや幸雅たちが遊びに来たり泊まったりしている。
そのため勝手に使われても慣れているので、何の文句も言わない。
「さっさと、空のとこに行け」
「透くんが、引き留めたのに! 」
「じゃあ、あとでな」
「うん」
二人は、それぞれの場所に向かったのだった。京介が、帰宅するまで後五十分。
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