悲しみは、癒えない
れんかは、病院の裏庭のベンチに座っていた。
「……逃げちゃたっなぁ」
ボツリ
「…立ち直れてないんだな」
ポツリ
れんかは、姉のようにめぐみのことを慕っていた。あまりにも突然の別れだった。
「何で……」
言葉にする度に、ポツポツと涙が膝を濡らす。
「……逝っちゃったの? 」
ポツリ
れんかは、当時高校生の時にめぐみがあの絵本を見せてくれたのを思い出した。
『しぐちゃんがね。この絵本は、私たちのためとか言うんだよ』
めぐみは、ニコニコしながら言う。
れんかは、正直めぐみの雨だけでそんなことを言う時雨を心のなかで馬鹿にした。
でもその考えで自分と違って、簡単にめぐみを喜ばすことのできる時雨を羨ましく想った。お似合いだなとも想った。
その後、二人が結婚して子供が生まれたときに、あれを読んであげるんだって言っていた。
れんかは、大学を出て出版社に就職した。それは、空とめぐみのためだ。
今から半年前は、二人とも元気で笑顔だった。
れんかは、✕○出版社にてデスクワークをしているとあることに気が付いた。いつも編集長のデスクにいるはずの彼がいない。
そういえば、なんだか電話の内容に驚いた顔をしてすぐに彼は一本の電話の後どこかに行った。そんなことをぼんやりと思い出していた。
「晴山」
班長に呼ばれた。彼もまた、電話がかかり驚いていた。
「ちょっと来い」
班長は、来い来いとジェスチャーもする。そのため、班長のデスクに行った。
「何ですか? 」
「ついて来い」
「分かりました」
れんかは、黙ってついて行くと、たどり着いた先にある部屋は会議室だ。
「私、何かしましたか? 」
今日は、会議室を使う予定はない。班長は、内容を言ってくれないので、どうして呼ばれたのか分からない。自分は、真面目に仕事をしている。知らない間に、何かしてしまって呼び出せれたのか。余計に、焦りと不安になる。
「落ち着け。お前にとって、良い話だ」
「分かりました」
班長の返答に、れんかはホッとする。それと同時になんだろうと不思議に思った。班長がノックをする。
コンコン
「入りなさい」
中から、編集長の声が聞こえた。班長とれんかが、会議室に入る。
そこには、編集長以外に初対面の二人がいた。向かい合うように、座るように言われたので座った。編集長の進行で、最初に自己紹介をすることになった。班長に続きれんかも名乗った。
次は、初対面の二人の番だ。一人は、髭を伸ばしたおじいさん。もう一人は、おじいさんに雰囲気が似てるきれいな女性。
「私は、城崎隆次郎といいます。横にいるのが……」
「孫の城崎美春です」
と、二人が名乗る。
「すみません」
と、れんかは手をあげる。
「晴山、どうした? 」
編集長が、聞く。
「私は、なぜ呼ばれたのでしょうか? 」
編集長が、答えようとしたのをおじいさんが止める。自分から言うと合図をする。
「晴山さんを呼んで欲しいと頼んだのは、僕です。理由を話しますね」
「はい」
おじいさんこと隆次郎は、うんうんと頷く。
「晴山さんは、僕の絵本を知っていると聞きました」
最初に名前を聞いてから、何かに引っ掛かっていた。れんかは、あっと何かに気付いた。
「僕は、『くまのレインとなかまたち』の絵本を描いたんです。編集長さんから、もうひとつ聞きました。あなたのご友人が、僕の絵本を好きになった理由です」
れんかの顔は、真っ赤になった。あんな馬鹿の考えを、作者の隆次郎に知られてしまった。穴があったら入りたいと想った。
「すみません。私の友人が…失礼なことを…」
隆次郎は、きょとんとする。
「あぁ、おかしい。何を言っているんだい? 」
すぐに、笑い出す。笑いが収まったあとに、話し出した。今度は、れんかがきょとんとする。
「僕は、別に怒ってないよ。その逆さ!どんな理由でも、僕の絵本を自分たちのためだと言ってくれるのはとても嬉しいことだよ。君にも、その気持ち少し分かるんじゃないのかな。星時空さんの編集をしているのならね」
「分かります」
隆次郎は、うんうんと頷く。
「これはね。私の最後のわがままなんだよ」
「えっ? 」
「私は、昔から体が悪くてね。頭もボケてきたから、老人ホームに入ろうと思ってね」
隆次郎をよく見ると、車イスに座っていた。
「そのわがままは、晴山さんのご友人にお会いしたいんです」
れんかは、少しの間放心する。
「晴山」
「は、はい。すみません」
予想外だったので、驚いたのだ。
「初対面なのに、祖父がいきなりすみません」
ここで、初めて隆次郎の孫の美春が口を開いた。
「祖父は、こちらの編集長さんからその話を聞いてから、とても会いたがってました。先ほど、祖父も言ってましたが。どんな形であろうと自分の生み出したもの喜んでくれるのは嬉しいことです。お子様にも、読み聞かしていると聞けば、なおのことです」
「お気持ちは、分かりました。すぐに、友人に連絡します」
れんかは、即答した。
「「ありがとうございます! 」」
まだ早いが、二人は喜んだ。すぐに、れんかは行動に移した。
「もしもし、めぐみさん? 」
電話を掛けた相手は、時雨ではなくめぐみだった。時雨は、左耳が聞こえないのもあって電話を嫌っている。それともうひとつ、掛けなかった理由がある。
「はい。もしもし、れんちゃんどうしたの? 」
れんかは、用件を伝えた。
「なるほど。分かった!じゃあ、そこに行ったら良いのね」
「はい。お願いします」
「三十分ぐらいで、そっちに着くと思うから」
「分かりました。お待ちします」
れんかは、電話を切ると、すぐさまミーティングルームに戻る。
「晴山、どうだった? 」
編集長が、聞く。
「はい。友人の奥様に、ご連絡したところお越しいただけるそうです」
「「晴山さん、ありがとうございます」」
また、二人が礼を言う。
「ですが、ここに来るまで三十分かかります。お時間は、大丈夫でしょうか? 」
「はい。大丈夫ですよ」
と、隆次郎は答える。
時雨夫婦が来るまでの間に、時雨について説明する。れんか以外のメンバーは、分かったと相づちを打つ。そして彼女は、二人が着き次第迎えに行くにことも伝える。
三十分後。
コンコン
「晴山です。お二人を連れて参りました」
「入ってください」
編集長の声が、ドア越しに聞こえた。れんかを先頭に二人が会議室に入る。
「こちらへどうぞ、お掛けください」
班長が、隆次郎たちと向き合える席に案内する。全員が席についたのを確認して、編集長と班長が自己紹介をする。
一人だけ状況が分からない時雨は、戸惑っている。なぜ、自分がいきなりれんかの会社に連れていかれたのか。なぜ、れんかの上司たちの自己紹介を聞かないといけないのか。まだ、自己紹介をしていない老人と女性は、誰なのか。
そう考えると、分からないことだらけだ。時雨は、頭の中で状況を整理した。
めぐみが、いきなりお出掛けしようと言い出して、強引に車に乗せられた。理由を聞いても着いたら分かるとしか言わない。
「立花時雨さん」
時雨は、名前を呼ばれてハッとした。
「時雨さんと呼んでも構いませんか? 」
「はい」
隆次郎は、頷く。そして、時雨に事の経緯を話した。
「しぐちゃん? 」
めぐみは、固まった時雨に声をかける。だか、時雨からの反応はない。
「……そだろ? 」
「えっ、何て言ったの? 」
時雨のあまりの声の小ささに、めぐみが聞く。
「嘘だろ。 嘘って言ってくれよ 。夢なのか? 」
時雨は、混乱しているようだ。当然だ。自分の大好きな絵本の作者が、突然自分に会いに来てくれたのだから。
「めぐみ、俺の頬をつねってくれ。現実かどうか確かめたいから」
「良いんだね? 」
「あぁ」
めぐみは、おもいきり時雨の頬をつねる。
「…っ、痛い!もう良いから、手を離せ! 」
「はーい」
めぐみは、ニコニコと笑っている。
「時雨さん、れんかさん」
れんかが、ほんの少し間だけ二人だけの世界に入ったのを引き戻す。
「「すっすみません」」
二人が、ハモる。場は、笑いに包まれた。
「大丈夫ですよ」
隆次郎は、めぐみとは違うニコニコと笑っている。その後、隆之助と時雨のツーショットや全員で記念写真を撮った。
れんかの職場のデスクには、不自然にぽっかり空いている場所がある。その時を納めた写真たてがあった。
今は、見るのが辛い。そっと、引き出しの奥に封印している。
れんかにとって、たったひとつの絵本に想い入れがある。
れんかの頭に、あるメロディーが広がる。それは、空の新作『瞳』の中に登場する僕が君に送る言葉。
『君が、いなくなった後を考えると
君のことなんか忘れた方がいい
記憶がない方がいい
そう想うのに、出来ないのはなぜだろう? 』
最後に、僕は君のことが嫌いなんだと歌う。これが、本当の僕の最後の言葉ではない。
『僕のこの悲しみは、癒えない。でも、ひとつだけ良いことはある。それは、君に出会えたこと』
と、言って僕はその場を去る。
今のれんかにとっては、僕と自分が重なっているように感じたのかもしれない。
いつの間にか、雨が降っていた。その雨を、かき消す声がした。
「れんか! 」
れんかは、声の方を見ると透が立っていた。
読んでいただきありがとうございます。