隣にいる→隣にいない
予告通り、過去編です。
このお話は、『だいじょうぶという言葉」の過去編でもあります。一部分ですが。
「京介。お前、めぐみのことが好きなんだろ?俺は、めぐみと結婚する。お前、アイツに想いを告げないのか? 」
いつだったのか忘れたけど。そう言った心友の言葉が忘れられない。時雨は、優しいやつだ。
自分の奥さんになる彼女のことを、好きな俺にそんなことをいうだもんな。
俺は想いを最期まで、彼女にハッキリとは告げなかった。
彼女は、俺の想いに気が付いてこんなことを言ってきた。
「京ちゃんとは、一緒にいれないけど。京ちゃんの隣にいるから。しぐちゃんと一緒にいるから。私たちは、京ちゃんのことを家族だって思ってるよ」
めぐみは、やんわりと俺のことを振ったのだ。そして、家族と言ってくれた。
でも、俺は、何かを分からないんだ。
家族って。
あまりにも、子供時代が残酷すぎた。
家庭間環境が悪すぎて、親からの愛情をもらったことがない。
施設で育った俺たちきょうだいは、家族が分からないんだ。
そのときの俺は、何てめぐみに言ったのか覚えていない。
「京介、それでいいのか? 」
と、透が言った。
たぶん、めぐみと会って話した後だったと想う。
透は俺の顔を見て、泣きそうになっていた。俺は彼の顔がよく見えなかった。たぶん、俺も、泣いていたと想う。
あいつは、ずっと、俺のことを心配していた。
時雨とめぐみが、仲良く笑いあっているとき。
二人の世界にいられている意味がなくなったとき。
いつも俺を助けてくれた。
自分自身の顔は、見えない。透には、今の俺がどう写ってたんだろうか。
俺は、言った。
「もういいんだ」
透は、そのあと何かを言おうとした。それを無視して、その場を去った。
「みんな、京兄のことを心配してるんだよ。素直になったら」
と、空が言った。
「そんなこと、分かっている」
「じゃあ、何でしないの? 」
と、空が言った。
「うるさい」
「恐いんでしょ?言葉にしたら、現実になるから」
と、空が言った。
「そうじゃ……」
「ないって、言わさない! 」
と、空が言った。
「じゃあ、どうしたらいいんだよ!! 」
俺は、怒鳴った。
「みんなが、言ってたでしょ? 」
と、空が言った。
「何を? 」
バチッン
俺の頬が、痛くなった。
「いいんかげんにして! 」
と、空が言った。
「痛い」
俺は、頬をおさえた。
「めぐみさんには、時間がないの! 」
と、空が言った。
「時間がない? 」
「何寝ぼけたことを言ってるの?知ってるくせに!今日、めぐみさんは時雨さんと結婚式するの!事件とかいって、式が近づいたら家に帰らなくて。みんな、心配していたの!なのに、なんで、みんなを傷付けるの? 」
空は、泣き崩れた。
「ごめんな」
俺は、言った。
「想いが、実のならくなくてもいいから。めぐみさんに、言葉を送って。じゃないと、絶対にお互いが後悔するから。お願い」
と、空が言った。
「ごめんな。いってくるよ」
俺は、言った。
「うん」
空が、言った。
そうだ。思い出した。これは、時雨とめぐみが入籍をする当日だ。役所に、婚姻届を提出しに行く。
そのあと知り合いの店を借りて、小さなパーティーをする。それが、二人にとっての結婚式だ。
俺が、二人のものに着いたときには、めぐみが、車に乗り込もうとしたときだった。
「めぐみ! 」
めぐみは、驚いた顔をしていた。でも、嬉しそうだった。
「京ちゃん」
「少しだけいいか? 」
「うん」
これが、自分の想いを告げたことになるか分からない。
俺たちの関係をハッキリさせないといけない。
「二人の結婚を祝いたいんだ。だから、友として、隣にいてもいさせて欲しい」
「もちろんだよ! 」
めぐみは、笑顔で答えてくれた。
時雨はというと、車の助手席で目頭をおさえている。
「って、こともあったな」
「懐かしいね。京ちゃん? 」
「そうだな」
今日は、時雨とめぐみの結婚記念日だ。俺は、たまたま仕事が非番だった。二人に連絡をとり、一緒にご飯を食べに行った。そして、二人の結婚に至ったことを、当時を振り返りながら話に花を咲かせていた。
「京介。空ちゃんに、感謝しないとな」
「そうじゃないと、お互いに後悔してたと思う」
「うん。友としてって言ってたけど。私にとって、京ちゃんは大切な家族だよ! 」
俺は、家族ってやっぱり分からない。でも、なんだか嬉しかった。
「ありがとう! 」
あぁ、幸せだ。二人が、生きてる。二人がいなくなったって、嘘だ。
これは、夢じゃない。そうだろう?
「きょう……す」
嫌だ。夢から覚めたくない。
「きょうすけ」
「透か?京介。そろそろ、俺たちはいくからな」
時雨は、助手席の窓を開けて言う。めぐみは、車に乗り込む。
エンジンをかける。
「逝くな! 」
車が、どこかへ進んでいく。
「逝くな! 」
二人に、向かって手を伸ばす。当然、二人には、届かない。
二人は、ドンドン離れていく。
でも、伸ばした手に感触があった。目を開くと、透の顔があった。
「透? 」
透は、俺の手を掴んでいた。そして、その瞳には涙があった。
「泣いてんの? 」
透は手を放し、目元の涙を拭う。
「アホ。泣いてないわ。どっかの誰かと違ってな」
そう言われて、自分の目元を触る。冷たい。それは、頬にも流れている。
「無理するなよ? 」
「あぁ」
俺は、起き上がる。今更なことを聞くことにした。
「何で、俺の部屋にいる? 」
「それはな。心配したからだ。紘季くんたちの両親が、亡くなったんだ。その二人は、京介にとっても大切な人だから。空と一緒に、お前を慰めたとしても。そんな簡単に、気持ちの整理出来ないだろ?京介のことだ。寝れたとしても、うなされるだけだからな」
「それは、お前もだろ? 」
透は俺の言葉が何に対するものなのかが、分かったようだ。
「あぁ。そうだな」
透も、少し辛い顔をしていた。彼にとっても、大切な人たちが突然亡くなったのだ。
「心配してくれて、ありがとうな」
「いいんだ」
透は、ため息をした。それには、どんな意味があるのか分からない。
「藍李は空のとこで、海李は俺と一緒に寝てた。でも、藍李ちゃんが途中で起きてぐずってな」
と、透は唐突に話し始めた。京介は、慣れているので文句を言わない。
『おかあさん、おとうさんどこ?』
と、泣く。無理もない。藍李はまだ幼い。それと、いつも一緒に寝てた紘季たちもいない。
隣にいるのは、会ったばかりの空で余計に心にくるものが、あったんだろう。
空は、なかなか泣き止まない藍李を、透のところにつれていく。
藍李は、熱が出ている。だが、精神的なものだ。透は、うつる心配はないと判断した。そのため、海李だけ一人はかわいそうと、二人を紘季の部屋に連れて行った。そのほうが、紘季たちも安心すると想ったからだ。
「えっ?紘季は、大丈夫なのか? 」
「あぁ。大丈夫だ。紘季くんも、起きてくれてな。今は、仲良く一緒に寝てるよ」
「そうか」
と、京介は安心する。
時雨の心友として隣にいた、友としてめぐみの隣にいた京介。
時雨とめぐみの親子として、隣にいた紘季と藍李と海李。
今夜は、京介たちにとっても、紘季たちにとっても、大切な人を失った日だ。
もう、隣にいない。
どれだけ、探してもめぐみと時雨もいないのだ。
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次回は、ショッピングモールに行きますよ。