#6 アイドル復活!セトリのカギは視床下部!?
ということで、俺はさいたまスーパーアリーナ的な所にやって来た。理由は至極単純、アイドルのライブに参加するためだ。
なんていうアイドルのライブかって?そりゃあみんなもよく知ってるあのユニットだ。5人組清楚系アイドルグループ『逆転流罪☆ベイビーキッス』だ。な、知らないだろ?
数ヶ月前、メンバーの1人がそれなりの近隣トラブルを起こしてしまい謹慎になっていたのだが、つい最近活動を再開した。今日はその復活祝いのライブだ。
公演名は『Return to me ~怒りの落とし前~』
「桐生氏、遅いですぞ!とっくに会場は開場しておりますからにぃぃぃ!!!」
うん、分かりやすいオタクがいるね。たまにいるよね、こういうの。ネタバレしてしまうとライブ仲間であり、小学校時代からの親友だ。名前は忘れた。
「悪い、なんか変な人に呼び出されてな」
「まったくゥ~~~こゥの我が輩が最前列を勝ち取ったからよかったもののゥ~~~If、このライヴが先着順で前から座席が埋まってく式だったら、あ・間違いなく戦犯ゆえ極刑モノですぞ桐生氏~~!!!??」
彼の発言の9割程は理解できないだろうけど、人生にとってなんら支障はきたさないから安心して。
「ほらっ早く会場に入りますぞ桐生氏!この会場の中で、ルナたそが待っておるのだグェハハハハハ!!!」
『ルナたそ』というのはこのオタクの推しメン、『忖度紅茶 瑠菜』の愛称だ。おととい辺り、飼ってた金魚を食べてしまったらしい。
「みんな~~~~今日は来てくれてありがと~~~~!!!!」
「「「よぉぉぉ~~~っっっこいしょぉぉぉ~~~!!!!!」」」
というわけでライブが始まった。『よっこいしょ~』とかいうクソほど暑苦しいかけ声は、『逆転流罪☆ベイビーキッス』略して『逆ビー』のライブ恒例のコールアンドレスポンス。誰が考えたのか知らんけどセンスねぇな。ないよな?
「久々にみんなに会えて嬉しいよ~~~っっ!!!」
リーダーの『自演生姜 真織』が思ってもないことを叫ぶ。握手会の際、顔を要所要所で曇らせていたことを、俺は忘れていないからな。
「じゃあ早速1曲目いってみヨーカドーーー!!!!」
『恫喝西瓜 藍子』が引き起こした近隣トラブルに対する被害者およびファン・関係者に対する謝罪もなしに1曲目のイントロが流れる。
謝罪はしない。これが彼女らのスタイル。悪いことをしても決して謝らないのだ。清楚ってなんだろう。
「ちょっHO・RU・MO・NN足りてナ~~イ♪」
「「「ラッシャァァァァァイ!!!」」」
復活ライブ1曲目は『視床下部とか要らなくナ~イ?』。彼女らのデビューシングルだ(オリコンランキング239位)。
そんな1曲目を聴きながら、俺は放課後のことを思い出していた。シーリンに屋上に呼び出さた件についてだ。何を言われたか、簡単に説明しよう。
『5限目の英語教師、なかなか面白いことを言う人なのね』
以上だ。シーリンはそれだけ言って、屋上から去っていった。それを告げるためだけに、20時近くまで屋上に拘束しようとしていたとは、心底頭がおかしくなりそうだった。
まぁ、この際そんなことはどうでもいい。問題は、シーリンが『英語教師の発言を面白い』と言ってきたことだ。当然のごとく、5限目の男性英語教師の発言も文字化けをしていた。俺には前席に『高飛車』がいて、逐一翻訳してくれるから教師の発言を理解することができる。
しかし、シーリンは違う。彼女は誰かから翻訳されるわけでもなく、ずっと1人で授業を受けていた。英語教師が何か面白いことを言ったのだとしても、彼女にその内容を読み取ることなどできないはずだ。まさかシーリンも、高飛車と同じように文字化けを瞬時に翻訳することができるのか?
それともう一つ、なぜシーリンはわざわざそんなことを俺に伝えてきたんだ?あの一言を伝えるために、屋上に呼び出すなんて理解に苦しむ。あの呼び出しには、何か意味があったのか?たとえば・・・
「桐生氏っっ、ペンライトの色が違いますぞ!!!」
突如、俺の思考は中断された。隣にいる親友の、その・・・名前忘れたけど親友くんが、俺の持つペンライトの色と曲の相違を指摘してきたのだ。いつの間にか1曲目が終わり、2曲目『もはやお前に存在価値なんてない』のBメロへと差し掛かっていた。この曲の色は『黄色』ではなく、『水色』だ。
「あぁ、悪い」
なにせここはライブ会場だ。何かを考えようにも、やかましくて仕方ない。考えるのはライブが終わってからにしよう。ええい、さっさと終われよライブ。
一応補足しておこう。俺はライブなんか好きじゃないし、このアイドルにも興味なんか微塵もない。あくまで俺の隣にいるこの親友の、え~と・・・あーやっぱダメだ、思い出せない。この親友くんが1人でライブに行くのは寂しいって言うから、仕方無くついてきてやっているだけなのだ。
「みんな~~~まったね~~~!!!」
アンコール曲も終わり、ようやくライブが終わった。最年長の『達観林檎 美玖』と最年少の『寡黙餃子 麗華』が俺の方を見ながら手を振る。俺は手も振らずに棒立ち。だってファンじゃないからなぁ。
「よし、帰るぞ」
俺は親友くんに呼びかける。ライブが終わったんだ、あとは帰る以外に選択肢などない。
「なっ、何を言っておられる桐生氏ぃぃぃ!!?ライブの余韻がまだ会場に残っておられるのだぞ!!?」
・・・などと意味不明な供述をしており、会場から一歩も動こうとしない。いや、親友くんだけじゃない。他のファンたちも当然と言わんばかりに動かない。あれ、俺の感性がおかしいのかな?
「そうか、じゃあな」
こんなむさ苦しい空間にわけもなく留まり続けるのは不快の極みだ。親友くんを置いて1人で会場を出た。
「遅いぞ、メイソン」
会場の外で女性に声をかけられた。夜だというのにサングラスをかけ、車の運転席から不機嫌そうな顔を覗かせている。俺に似た金髪の髪を揺らすその女性の正体は『桐生・ミラルーシア・クルス』、通称『ミラ』、俺の母親だ。前にも言ったとおり、アメリカ人だ。
「悪い、なんか余韻があるとかないとかで・・・」
「いいからさっさと乗れ。寄るとこがあるんだ」
急かされたので、そそくさと後部座席の扉を開く。するとそこには、手足を拘束された見知らぬ男が横たわっていた。
「悪いが助手席に乗れ。ここに来る途中に指名手配犯の男を見つけてな、こいつを署に放ってから帰る」
母はライブ会場に息子を迎えに行くついでに、指名手配犯を捕まえたそうだ。言い忘れていたが、母の職業は警察官。男勝りな性格の彼女にぴったりの職業だとつくづく思う。指名手配犯の横に座りたくなどないから、大人しく助手席に乗る。
「よし、じゃあ飛ばすぞ」
シートベルトを締めるやいなや、母はアクセルを思い切り踏む。警察官だというのに法定速度を守る気はないそうだ。母の操る『GT-R』は夜の繁華街を猛スピードで駆け抜けていった。