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『最後の日』~息抜き短編小説集~

作者: 神城弥生

「ミナミ……」


 俺はTVを消し急いで上着を着て携帯にイヤホンをさし耳に着けて外に出る。街はすでに大騒ぎになっているかと思ったらまだ静かだ。まだ朝五時だもんな。


 どうしてこんなことになってしまったのか。それは神のみが知る、というやつなのだろう。俺はバイクにまたがり携帯の音量を上げ、キーを差し込み発信する。


「……であるからに皆さま最後の日をどうか落ち着いてご家族と過ごされてください。もう一度繰り返します。現在宇宙で直径10kmの隕石が地球に向かって落下してきています。最早直撃は免れないでしょう。世界各国の科学力をしても発見できなかったことは悔やまれますが、もう時間は残されていません。この隕石が地球に直撃すると地球上の生物に未来はないでしょう。ですから皆さま。最後の一日をどうか落ち着いてご家族と……」


 ラジオでも先ほどから大統領の最後の言葉を繰り返し流している。信号待ちしている間にミナミに連絡を入れるが出ない。恐らくまだ寝ているのだろう。俺は新聞配達のバイトをしている為休みの日でもそれなりに早く起きてしまう習慣がある。だが彼女は夜勤の看護師をしている為いつも起床時間が遅い。間に合え、そればかりを祈りながら俺はハンドルを強く握りしめる。


 東京から京都までバイクで七時間くらいか。俺はすぐに高速に乗ると速度なんか気にしないで一気にアクセルを回す。


 隕石の落下まであと十二時間くらいらしい。それまでに、最後に彼女に会いたくて、彼女の笑顔が見たくてそれだけの為に俺はバイクを走らせている。こういう状況の時は家族に会って最後の挨拶をするのが普通なのかもしれないが俺にはそれよりも大事な人が居る。母さんたちには悪いが俺はミナミを優先した。


 だがそれから事が起きるまではそう時間がかからなかった。俺の目の前で車が転倒し大爆発を起こした。それから次々に車が突っ込んでいき、車が大破していく。不謹慎ながら「クソ、こんな時に」と思いながらなんとかそれらを避けて先へ進む。だがすぐにまた事故現場を目にすることになる。


 普通じゃない。いや、普通の状況ではないのだがこんなに事故が多発するか?もしかしたら皆ラジオを聞いて気が動転してハンドル操作を誤ったのかもしれない。そう考えると高速道路は危険なのかもしれない。


 だが俺にはどうしても合わなくちゃならない人が居る。震える手を何とか押さえつけ、燃える車を横目にバイクを走らせて行く。


 だが今度はわざと車を道路に横並びにして通行止めしている若者たちが目に入る。俺はどうしようんもなくバイクを止めると先に止まっていた車から男が二人降りてくる。


「おい君達!こんな時に何をしている!早く道を空けなさガッ!?」


 注意しに行った男二人を若者たち五人はいきなり鉄パイプのような物で殴りつけ倒れたところを袋叩きにしている。突然の出来事に俺は唖然としてしまい何もすることが出来ないでいた。倒れた男達はもう生きてはいないだろう。出てはいけない物が頭から流れ出ている。


「きゃああああ!?」


 今ここに来たばかりの家族を乗せた車の中から女性の悲鳴が聞こえた。運転席から父親らしき男が出てきて勇敢にも若者たちに何かを注意し、そして殴られ恐らく死んだ。なんなんだこれ。これが日本か?


「おいおい、見ろよ!いい女が乗ってるぜ!?」

「ギャハハ!マジかよ!やっちゃう?朝からやっちゃう!?」


 他数台の車と俺の事を無視して若者たちは死んだ父親の車に乗り込みその奥さんと、中学生と高校生くらいの少女二人を引きずり出すと道路で堂々とレイプをしようとする。


 無理やり女性の服を脱がし自らの下半身も丸出しにして行為に及ぼうとしている。泣き叫ぶ女性は不意にこちらを見て助けてと叫ぶ。俺は無意識にバイクのアクセルを回すとそのまま女性に跨っていない若者を思いっきり轢き殺す。


「「「……は?」」」


 若者たちは俺の行動に固まり何が起きたか分からないでいる。俺も分かっていない。人を轢き殺すなんて虫すら殺せない俺がやったとは信じられなかったが確かに俺は今人を轢き殺した。だが俺は泊らずバイクから降りると無意識に落ちていた鉄パイプを拾い女性に跨っている若者の頭に思いきり振り下ろす。鈍い音がした後男はそのまま女性に覆いかぶさるように倒れ、絶命する。


「ふ、ふざけるなおっさん!!」


 若者は何が起きたか理解し俺に殴りかかってこようとし、背後から鉄パイプで殴られ絶命した。若者の背後には四十過ぎのおじさんが息を切らしながらこちらを見ていた。


「わ、私達には行くところがある。そうだろ君!」


 おじさんは俺にそう言っているのか自分自身にそう言っているのかわからないが、そう叫ぶと他の若者に向けて鉄パイプを振り下ろす。それを見ていた他の車に乗っていた男たちが一斉に若者たちに襲い掛かり殴りつけ、そして殺した。


「はぁはぁ。あなた方はどこへ?」

「私は大阪です。最後に家族に会いに」

「そうですか。私は名古屋へ。私も家族に会いにです」


 皆今自分たちがしたことは許される、こんな時だからこそ力を合わせましょうと言い若者たちの車を路肩に寄せ自分達の車に戻っていく。


「お父さん……」

「何でこんなことに……」


 助かった女性家族は死んだ父親に覆いかぶさるようにして泣いていた。普通なら救急車を呼んで最後まで付き添うのが礼儀なのかもしれない。だが俺たちには等しく時間がなかった。


「あ、あの。その、ご愁傷様です」

「いえ、助けて下さってありがとうございます。なんでこんなことになったんでしょうね」


 その問いには誰も答えられないだろう。ある意味人間の本質は狂喜なのかもしれない。そんなことを考えていると他の車たちは俺達のわきを通って何事もなかったかのように目的地に向かっていく。俺は女性たちを何とか慰め車に戻すと、バイクにまたがり出発する。彼女達は最後には「家族に会いに行きます」と言い彼女たちも何とか前に進むことが出来た。


 他人が普段どう考えているかなんてわからない。だがこんな状況だからこそ人は人であることを止め、そのリミッターを外し犯罪に平気で手を染める。そう考えると普段から犯罪は身近な所にあるんだなと何とかくそう思った。


 だがまたしても高速道路上では事故が多発し前に進むことが困難になっていた。車は渋滞し、事故が起き、そして人々は殴り合っていた。俺は今度は巻き込まれまいと引き返し、高速を降り市街地を進むことにした。


 時刻はすでに七時を回っていた。隕石落下まで十時間を切っているだろう。いた、その時間さえ推測に過ぎない。もっと早いかもしれないのだ。


 市街地に降りるとそこはすでに戦場と化していた。人々は殴り合い、路上で平気で女性を犯し燃えている民家まであった。


 俺は思わず吐き気がしてバイクを止め路肩で吐く。これが日本か?これが人間の本質なのか?一体何なんだこれは。


「おらテメェも死ね!」


 頭に衝撃が走る。そして気が付けば俺は地面に寝転がっていた。何が起きたかはすぐにわかった。俺の隣にニヤニヤと笑いながら金属バットを手にしている若者が立っていたのだ。


「へへへ、これで18ポイントだ。あと少し、あと少し……」


 そんなことを呟きながら若者はバットを振り下ろす。慌ててそれを転がりながら避ける。


「あ、ポイント逃げんなよ!」


 意味不明な事を言いながら男は何度もバットを振り下ろすが俺はそれらをよけお立ち上がり男にタックルをする。男が転んだ隙にバイクにまたがり急いでフルスロットルでバイクを走らせる。後ろから「ポイントがー」などという言葉を耳にするが気にせず走る。だが走り出してすぐに頭が痛み視界がぶれていく。


 ヘルメットをしていたおかげで致命傷は免れたがそれでも衝撃で脳震盪を起こしたのかもしれない。気が付けばヘルメットの内側から何か冷たいものが流れてきた。恐らく血だろう。だがそれを確認する暇もないし、確認すれば心が折れそうだったので気にせず走る。路上でもいくつもの車が事故で転倒し、煙を出し暴行や強姦を何度も目にした。だが俺には行くところがあるんだ。心の中で謝りながらアクセルを回し、再び高速に乗る。


 時刻は8時を周ろうとしていた。隕石落下まであと9時間。

 

 高速に乗るといよいよ本格的に意識がもうろうとしてきた。どうやら先ほどの若者の攻撃が効いてきたのかもしれない。このままでは事故にあい彼女どころではなくなってしまう。俺はインターチェンジでバイクを止め近くの草むらに寝転がるとそのまま意識を失った。


 彼女が呼んでいるようないるような気がした。


 俺は目を覚ますと目の前には血だらけの男性と女性たちが鉄パイプを手に持ち息を切らしていた。


「おや、起きられましたか。良かった」

「おじさん大丈夫?速くしないと時間無くなっちゃうよ?」


 起き上がるとそこには何人もの男が血だらけで倒れていた。俺は状況が分からず彼らに聞こうとしてそして思い出す。彼らは先ほど父親を殺された女性達とその時に若者を殺したオジサン達だった。


「何で……?」


 どうやら俺は彼らに助けれれたらしい。


「先ほどのお礼です。貴方がここで寝ているのを発見したとき、すでに周りには鉄パイプを持った男たちが取り囲んでいました。ですがこのおじさんが近くにいたので助けを依頼して一緒に戦ったのですよ」

「おじさんには恩があったからね。これで貸し借りなしだよ」


 女性たちはそう言うと人を殺したことなどなかったかのように優しく微笑み車へと戻っていく。


「私は家族の元へ早く行きたい。だが人が殺されそうになっているのを見逃しては家族に会ったときに怒られてしまいますからね。怖いんですよ。うちの女房は」


 おじさんはそう言い笑いながら車へと戻っていった。


 俺は自分が情けなくなり、そして彼らの優しさに涙が零れた。これまで俺は何人もの人々を見てみないふりをしてきた。だが彼らは人は殺したがそれでも大切な物を、人であることを止めずに戦っている。


 俺は情けなくなり泣いた。俺も困難で彼女にあったとして誇れるのだろうか。いや、駄目だ。そんなんじゃ彼女に合わせる顔がない。


 俺は気合を入れてバイクに走り跨ってアクセルを回す。


 時刻はすでに10時を回り、隕石落下まで7時間を切っていた。


 それからはできるだけ見かけた暴行している奴らをバイクの上から蹴り飛ばし、何とか逃げてくれと願いながら京都まで急ぐ。そんな時だった。


「タカシかい?今どこにいる?」


 母親からの電話が鳴った。


「今高速を走ってる。ごめん母さん。最後に会いたかったけど、俺はミナミの元に行くことにした。心配だし最後に会いたいからね」

「そう、それでいいわ。私も最後は父さんと二人きりで過ごすことにしたの。そっちは大丈夫?TVでは色々な所で事件が起きてるって言ってるけど」

「大丈夫だよ。そっちは変わりない?」

「いつも通りよ。ちょっと外が騒がしいけど、でも父さんもいつも通り元気にラジオ体操してたし、私もなんだか今日は体の調子がいいの。だからタカシ、最後に彼女に会ってしっかり抱きしめてあげなさい」

「分かった。今までありがとうね。母さん。俺母さんの息子でよかったよ」

「私もあんたにあえて良かったわ。じゃあまた来世で会いましょう」


 母さんからの電話を切った後俺は泣きながらバイクを走らせる。母さんに初めてありがとうと言えたことが何だか恥ずかしくもあり、そして母さんに会えてよかったなんて言われて嬉しかった。俺は言い家族に巡り合えたんだな。こんな状況だけど、こんな状況じゃないと分からないこともあるもんだ。

 

 その時ミナミから電話で「あの場所で待ってる」と連絡が入り、俺は急いで目的地へ向かう。


「血だらけだね。大丈夫?」

「そっちこそ」


 とある山の中腹にある公園で俺とミナミは再会した。ミナミにも色々あったのだろう。彼女も血だらけでベンチに腰を掛けていた。だが話を聞くとこの血は彼女の物じゃないらしい。俺はほっと胸をなでおろす。


「なんだか最後って突然来るんだね。ずっと来ないもんだと思ってた」

「俺もだよ。それに街の皆おかしくなっちゃって怖かったよ」

「私も。でもこんな時でも助けてくれる人もいて、彼氏に会えるといいねって言ってくれる人もいて、人間ってあったかいなって思った」

「確かにね。俺も助けられてここまでこれたんだ。ミナミに会えてよかった」

「私も」


 春ならばここは桜でいっぱいになる場所なのだが残念ながら今は冬で葉は散って寂しい風景となっていた。ここは俺とミナミが付き合った場所。告白した場所だ。


「ミナミ。俺と結婚してくれ」

「ふふ。いいわよ」


 俺とミナミはこうして結ばれ、キスをした。


 その瞬間世界に一筋の光が走り、そしてすべては消えた。


 他人の本質は分からないもの、だが最後まで人であり続ける事はとても大事な事だと思う。


 この物語はこうして幕を閉じた。

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