第98話「老海賊なのじゃ」
ノクト海 デイタ島沖 ──
すでに白兵戦になっていたため、同士討ちを避けグレートスカル号は手が出せない状態だったが、突如北西から現れたノーマの海賊の船団は、そんなことは気にせず敵味方関係なく砲弾を撃ち込みはじめていた。
白兵戦をするために停船していた双方の海賊たちに、それを回避する手段はなく次々と轟沈していってしまう。
その有り様をみた、クレイジースカル船長のガイルは歯軋りをしてから叫ぶ。
「ふざけんな、この野郎がぁ! 応戦だ、てめぇら!」
「お……親分、船がめり込んでてすぐには出せねぇぜ!?」
「ぶっ壊してでもいいから、さっさと引っこ抜けやっ!」
ガイルはそう叫びながら、めり込んだ船首を外すために、他の船員たちと一緒になって押しはじめるのだった。
グレートスカル号の甲板では突如現れた増援に対して、ログスが慌てた様子で命令を叫んでいた。
「すぐに援護に向かうぞ!」
「で、ですが、向かったところでアレほど入り乱れていちゃ、何も出来ませんぜ!?」
「盾になれればいい、いいから向かうんだよっ!」
「りょ、了解!」
グレートスカル号の攻撃はどれもこれも高威力なため、このような状況で味方に被害を出さずに攻撃する手段がない。単体では最強の船であっても、集団戦では諸刃の剣でもあったのだ。
◇◇◆◇◇
ノクト海 デイタ島沖 ノーマの海賊 旗艦『サバナ』 ──
北西から現れたノーマの艦隊の中に、旗艦『サバナ』がいた。鉄の装甲の大型船で、多数の砲台を装備している。兵装だけ見れば、クルト帝国旗艦ノインベルクと同等程度の戦力を誇る船だ。
その甲板上で、白い毛で覆われた虎顔の男が楽しそうに笑っていた。
「がっははは、どんなに数がいようが動きが止まってりゃ、沈め放題だぜぇ!」
この男こそコロズ・ノーマ、ノーマの海賊の頭領である。そんなコロズに狐顔の副長が心配そうに尋ねる。
「確かに当て放題ですが、味方にも被害が出てますぜ?」
「あぁ、そんなもん当たる奴が悪いだろ」
心底どうでもいいといった様子で答えるコロズに、狐顔の副長は何も言えなくなっていた。ここで文句を言おうものなら、彼の顔と胴体は永遠の別れを告げていただろう。
コロズはニタニタと笑いながら、狐顔の副長の肩に手を回して尋ねる。
「しかし、あの巨船もなさけねぇな。味方が気になって攻撃もできねぇ。海賊がそんなこと気にしてどーするよ? なぁ?」
「へ……へぇ」
ノーマの海賊は、先代であるコロズの父親が築き上げたものである。こんな味方のことを何も考えていないようなコロズが、頭目としてノーマを率いることができているのは、この傍若無人の振るまいに海賊として魅力を感じる者もいたが、先代であるコロズの父への義理立てであるところが大きかった。
その時、サバナの見張り台から叫び声が聞こえたきた。
「敵襲っ! 北西方向!」
高笑いをしていたコロズは、その報告を聞いて牙を向きだしにして怒鳴り散らす。
「敵襲だぁ? 旗艦を引き付けてた連中が突破されたのかぁ!?」
コロズが望遠鏡で北西方向を覗きこむと、真っ白と真っ黒な船が1隻ずつ、並んでサバナに向かって進んできていた。
「敵襲って、たった二隻じゃねぇか! 応戦だ、さっさと沈めてんぞっ!」
「了解っ!」
こうしてサバナを中心とした艦隊およそ五十隻は、攻撃を止めて白黒の船に向かって進みはじめた。
◇◇◆◇◇
ノクト海 デイタ島沖 海賊『シー・サーペント』・海賊『ブラック・スカル』──
海賊『シー・サーペント』の甲板では、女船長リンダが向かってくるノーマの艦隊五十隻を見て、豪快に笑いながら隣を併走している黒い船に話しかける。
「がっはははは、おい耄碌ジジイ! 連中、こっちに向かって来たよ」
黒い船の甲板上ではオルグ・ハーロードが腕を組んでおり、同じように豪快に笑って答える。
「がっはははは、丁度いいじゃねぇか! このまま突っ込むぜっ! ビビってんじゃねぇーぞ、ババア!」
「はっ、誰に物言ってんだい。最近まで引退してたジジイと違って、あたしは今でも現役だよっ」
この黒い船『ブラック・スカル』は、オルグがグレートスカルに乗り換えるまで乗っていた船で、シー・ランド海賊連合の海都で保存運用されていた船だった。乗員は船が修理中の海賊『海熊』の船員が担当しており、副長はトク・ベアが務めていた。
どこか楽しそうな二人の船長だったが、戦力比は二隻対五十隻である。トク・ベアは心配そうに尋ねる。
「キャプテンオルグ、相手の方が数が多いですぜ、このまま突っ込むんですか?」
オルグは豪快に笑いながら、トク・ベアの背中を叩くと答える。
「がっはははは、あったり前だろうがぁ、ババァの船に遅れんじゃねぇーぞ!」
しばらくして射程内に入ると、相手の艦隊からの砲撃が開始された。無数の砲弾が飛んでくるが、白黒の二隻は構わず全速で突っ込んでいく。
「がっははは、砲弾の大売り出しだなぁ!」
「ビビッてんのかい、ジジイ? 怖いなら手ぇ握ってやろーかね?」
「ケッ、言ってろ、ババアがっ!」
悪態をつきながらも砲弾の雨を笑い飛ばす二人に、他の海賊たちは驚きながらも憧れの眼差しを送る。
「これが伝説の海賊キャプテンオルグとキャプテンリンダか……二人ともどれだけ豪胆なんだ」
砲弾の雨を突破した二隻は、そのまま敵艦隊に突撃していく。
「そのまま突っ込むぞ、全砲門開けぇ! 交差した瞬間全弾叩きこめぇ!」
「あいあいさー!」
無茶苦茶な号令だったが、海賊たちは覚悟を決めてやけくそ気味に返事をする。そして、敵の艦隊の間を突き進みながら、二隻は左右の砲門を放ちまくる。これには鉄の装甲を誇る旗艦サバナ以外の船では、とても耐えられずはずもなく次々と轟沈していく。
今の交差で半数あまりを沈められたノーマの海賊は統制が乱れ、船同士がぶつかりさらに被害が拡大していた。
それを見たオルグは鼻で笑う。
「はっ! ノーマの海賊とやらも大したことねぇなぁ」
「調子に乗ってんじゃないよ、ジジイ! 相手の旗艦は無傷じゃないか、どうすんだい?」
オルグは少し考えるとニヤリと笑う。
「おい、ベアの小倅!」
「へ、へぇ!?」
「あの旗艦に突っ込むぜぇ、装甲が抜けねぇなら仕方がねぇ! ババア、てめーは援護だぁ」
「ちぃ、仕方ないねぇ……ブラック・スカルを援護するよっ!」
リンダは舌打ちをしながらも、オルグの指示を部下の海賊たちに命じていく。オルグの指示に従うのは癪だったが、彼女もこの方法が一番確実だと感じていたのだった。
「ジジイ、さっさとケツにまわりなっ!」
「がっははは、汚ぇケツだぜっ!」
悪態をつくオルグだったが、ブラック・スカル号も素直にシー・サーペント号の後についた。
「はっ、昔はしょっちゅう触って来たくせによく言うよ!」
「がっははは、汚ぇがいいケツだっ!」
シー・サーペント号を先頭に二隻は、混乱から回復しつつあるノーマの艦隊に突撃していく。
◇◇◆◇◇
ノクト海 デイタ島沖 ノーマの海賊 旗艦『サバナ』 ──
突っ込んでくるシー・サーペント号に向かって、コロズ・ノーマは怒りのまま叫ぶ。
「突っ込んでくるぞ、撃て、撃てぇ!」
その命令でサバナの砲撃をはじめると、残りの艦隊も遅れて砲撃を開始する。
次々と白い船体に砲弾が当たるが、シー・サーペント号は勢いは止まることなく突っ込んでくる。
「ぶつかるぞ、避けろっ!」
サバナの進行方向に割って入るように舵を切ったシー・サーペント号に、サバナの船乗りたちは慌てて帆から風を抜いて減速した。
しかし、その脇腹にシー・サーペント号の影から出てきた、ブラック・スカル号が突撃を慣行した。
◆◆◆◆◆
『キャプテンリンダ』
シー・ランド海賊連合の中でも古株の海賊シー・サーペントの船長で、実はログス・ハーロードの母親でもある。
海賊グレート・スカル時代のオルグとは、ライバルでもあり恋人のようでもあった彼女だったが、最後まで海賊であることを望み、オルグとは結婚することはなかったという。