第97話「白兵戦なのじゃ」
ノクト海 デイタ島沖 グレートスカル号 ──
グレートスカル号の船首付近で何かが爆発したのか、甲板上からでも煙が立ち込めているのは視認できた。
揺れが治まるとログスは落ち着いた様子で、船や船乗りたちの安否を確認する。
「……状況は?」
副長は慌てた様子で、伝声管で各所と確認作業をしている。そして、それがまとまるとログスに報告を開始した。
「船首右舷装甲に軽微な損傷、航海に問題はないようです。それと周辺に多数樽が浮かんでるのを確認!」
「やっぱり誘い込まれてたかっ! まったく小賢しい連中だぜっ!」
ログスは忌々しいといった表情で歯軋りをする。そんなログスに副長が尋ねる。
「船長、どうしますか?」
「もちろん、そのまま突っ切るっ! 連合の連中は船尾に回るように信号を送れっ」
「了解っ!」
グレートスカル号は、そのまま樽爆弾に接触しながら進んでいく。その後を海賊連合の船がついていった。
その結果、何度も爆発を繰り返したが、予想通りグレートスカル号への損傷はほぼ無いに等しかった。しかし、いくつか漏れた樽爆弾が後続の船団と接触して、何隻かが犠牲になってしまっていた。
グレートスカル号と付いていった船たちは、そのまま北東へ向かったノーマの海賊を追いかけたが、オクト・ノヴァを含む後続船団は、南東に向かった一団を追うため、そちらに舵を切っていた。
グレートスカル号の艦隊が樽爆弾が、仕掛けられていた海域を抜けると波が荒くなってきていた。メインマスト上の見張りは、高波に揺れながらも望遠鏡で前方を覗き込む。
そして敵艦の状況を確認すると、伝声管の蓋を開けて状況を大声で伝える。
「敵艦反転! 敵艦反転!」
グレートスカル号の前方では、逃げていたノーマの海賊が百八十度回頭して陣形を組みはじめていた。その数は二百程度で、旗艦らしい姿は確認できていない。
ログスは、その前方に現れた艦影を確認すると、ニヤリと笑って指示を出していく。
「ようやく覚悟を決めたらしいなっ! よしグレートスカル号は、そのまま進んで射線を確保するぞ」
「随伴船に送る信号は、どうしましょうか?」
「あれこれ指示を出す必要はねぇ。『好きに暴れろ、援護する』だ」
「了解!」
こうしてグレートスカル号が率いた船団とノーマの海賊は、この海域で衝突することになった。
◇◇◆◇◇
ノクト海 デイタ島沖 旗艦オクト・ノヴァ ──
先行しているグレートスカル号の遥か後方にいたオクト・ノヴァは、前方で爆発しながら突き進むグレートスカル号を横目に見ながら、もう一つのノーマの海賊の一団を追いかけることにした。
メインマストの見張りは、何かに気がついたようで甲板に向かって大声で叫ぶ。
「前方の敵艦隊、左舷回頭! 北北東に針路を変更しましたっ!」
ピケルは望遠鏡を覗き込み、それを確認すると少し考えたあとに呟く。
「……合流するつもりか? 全船回頭だ、追うぞっ!」
「あいあいさー」
オクト・ノヴァから発せられた命令は直ちに、信号旗や手旗信号などで周辺の海賊船に送られ、北北東に向かっている船団を追いかけはじめる。
ピケルたちがそのまま一時間ほど追いかけると、水平線から陣形を組んだ海賊船団が姿を現した。正確には先程まで逃げていた船団が、百八十度回頭して戻ってきたのだ。
「どうやら逃走は、ここまでのようだ。野郎ども戦の始まりだっ!」
「おぉぉぉぉぉ!」
ピケルの号令に海賊たちは雄叫びを上げる。そして、各々が砲弾を用意したり、落水しないようにロープを張るなどの準備をはじめていく。
海賊たちの戦いは、基本的に単純なものだ。接近しながら砲弾を撃ち合い、接触すれば白兵戦になだれ込む。小規模であれば船長か頭目を、殺すか捕えるかすれば勝利だ。
海賊たちも、そのつもりで準備を進めている。せっせと砲弾を倉庫から引っ張り出し、火矢を放つための種火と消化用の水を用意する。船は基本木造なので火矢を使用するときは、即座に消化できるよう水もセットで用意するのだ。
そうしているうちにシー・ランド海賊連合の船団は、ノーマの海賊を射程に捉えていた。
「放てっ!」
ピケルの号令のもと、オクト・ノヴァが砲撃をはじめると周りにいた海賊船も一斉に砲撃を開始した。それに対してノーマの海賊も、距離を詰めつつ応戦してくる。響き渡る轟音に乱れ散る砲弾、無数に上がる水柱を掻い潜りながら、双方の艦隊が蛇行しながら近付いていく。
ついに砲弾がオクト・ノヴァに届く距離まで近付くと、ごわんっ! と鈍い音を響かせてるが、グレートスカル号と同じ装甲を誇るオクト・ノヴァが傷つくようなことはなかった。揺れるオクト・ノヴァ、その甲板上でピケルは戦況を把握するように目を細めている。
「全体で見れば、こちらが押しているが……かなり被害も出ているな」
「はい、相手も伊達に海賊を名乗ってませんぜ」
ピケルの言葉に、副長は難しい顔をしながら答えた。ピケルは左舷を見ながら命じる。
「左舷はまだスペースがある。左舷の船を廻りこませて、敵の後背を突かせろっ!」
「了解っ!」
副長は、そのまま左舷に向かって指示を出しに走っていった。ピケルはそれを見送りながら呟く。
「こっちはなんとかなりそうだが、グレートスカルの方はどうだ?」
◇◇◆◇◇
ノクト海 デイタ島沖 ──
グレートスカルが率いている船団でも、ノーマの海賊と衝突が起きていた。こちらはピケルの指揮とは違い、海賊船団は好きに動き、それを遠距離からグレートスカル号の砲撃が援護する形で推移していった。
現在はシー・ランド海賊連合とノーマの海賊が入り乱れる状況になっており、一部の船では白兵戦になっている。
海賊連合の海賊船『クレイジースカル』が相手の船舷にぶつかっていく。破壊音とともに船首はひしゃげ、相手の船舷もグシャグシャに破壊した。
「おらぁ、乗りこっめぇぇぇ!」
「おぉおぉぉぉぉおぉ!」
クレイジースカル船長の命令に、海賊たちは一斉に腰のサーベルを引き抜くと、次々と相手の船に乗り込んでいく。
「押し返せぇぇ!」
ノーマの海賊はザイル連邦の出身者が多いため、当然船乗りたちも亜人か獣人が多い、この船の船長と思われる一際大きな男も、全身黒い毛に覆われた豹の獣人だった。
その豹の船長は戦斧を振り回し、乗り込んでくる海賊たちを吹き飛ばしている。海賊たちも何とか踏みとどまっているが、身体能力が高い獣人たちの相手は、さすがに分が悪そうだった。
痺れを切らしたクレイジースカルの船長も乗り込んできて、金棒を豹の船長に突きつける。
「おぅおぅ、この猫野郎、やるじゃねぇか! 俺様の名はガイルだ、てめーの相手は俺様が相手してやるぜっ!」
クレイジースカル船長はそう言うと、船長服を脱ぎ捨てて自慢の筋肉を膨らませて挑発する。それに対して豹顔の船長は戦斧を両手で高らかと掲げて雄叫びを上げた。
「うぉぉぉぉぉ! 俺はヴェーだ、かかってこぉいっ!」
ヴェーが戦斧を振り回して叩き付けると、ガイルは金棒でそれを受け止める。あまりの威力にガイルの足元の甲板は、メキメキと音を立てて悲鳴を上げはじめる。
「ぬぉらっ!」
ガイルは掛け声と共にヴェーの戦斧を弾き飛ばすと、そのまま金棒を振り下ろすと、戦斧の柄をへし折ってヴェーの頭蓋を割らんと迫る。
しかし、ヴェーはバックステップで、それを躱すと金棒が甲板にめり込んでいる間に、右ストレートをガイルの顔面にぶち込んだ。
「ごぉっ!?」
堪らずガイルは金棒を離したたらを踏んで後退するが、なんとか踏みとどまると鼻血を吹きだしながら、自分の胸板を叩いて健在をアピールする。
「効いてねぇぞ、ごらぁ!」
二人とも武器を失っていたが、お互い拳を握りしめノシノシと近付いていく。そして、拳を一発ずつ交わすような殴り合いをはじめた。双方ともいつ死んでもおかしくない威力のパンチを繰り出しながら、何とか踏みとどまっていたが、徐々にガイルが攻める時間が長くなっていった。
そして、渾身の一撃がヴェーの鼻面を捉えると、ついにヴェーは大の字になって倒れた。ガイルは両手を天高く掲げて雄叫びを上げる。
「うぉぉぉぉぉぉぉ、俺様の勝ちだっ!」
「おぉぉぉ、さすが親分っ!」
船長同士の一騎打ちを見守っていた海賊たちも大きな歓声を上げ、対するノーマの海賊たちはがっくりと肩を落として、武器を捨てて降伏をはじめたのだった。
各所でこのような戦いが巻き起こり勝敗は五分五分といった感じだったが、北西の方角から突如轟音が鳴り響き、どこからともなくノーマの海賊の増援が現れたのだった。
◆◆◆◆◆
『国民へのお知らせ』
その頃リスタ王国ではビラや高札などで、国民に対してとあることが伝えられていた。
『この日時、リスタ港にてリスタ王家から発表があるので、国民の皆様は是非見物にきてください』
ビラの概略はこんな感じである。国民たちはまた何やら面白いことが起きると期待しながら、この話でもちきりになったのだった。