第96話「デイタ島沖海戦なのじゃ」
ノクト海 グレートスカル号 後部格納庫 ──
時間は少し遡る。
シー・ランド海賊連合を援護するために北に向かった、グレートスカル号の後部格納庫にログス船長とオルグが立っていた。
「親父、本当にいくのか?」
「おうよ、これからドンパチはじめるのに、この船ってわけにもいかねぇだろ?」
オルグは親指で自身の背中側を指して、黒鮫号を示した。
「そんなに心配しなすんなって、俺が生きている内にこんな大規模な海戦はもうねぇだろ? だったらあの船にも、最後の晴れ舞台を飾らしてやりてぇってだけだ!」
オルグはニカッと笑うと、ログスは小さくため息をつく。そして手を大きく振りながら、待機していた船乗りたちに命令を発した。
「親父が出るぞっ! アームを下ろせ、ハッチを開けろっ!」
その命令に伴い、床が開き海面が見えるようになると、黒鮫号を固定していたアームが徐々に降りて着水させると、今度は後部ハッチが開きはじめた。そして、オルグは黒鮫号に乗り込んでいく。
現在のノクト海上に、このような複雑な機構を持つ船は他には存在しておらず、船乗りたちも半分以上は理解していないが、動かし方だけはわかっているといった感じだった。
「出航っ!」
ログスが出した命令に、最後の係留索が切り離されると黒鮫号は、そのままグレートスカル号の後部から出航していく。
彼は閉まっていくハッチを見つめ、船長帽を取ると祈るように目を閉じるのだった。
◇◇◆◇◇
デイタ島 ── 岩ばかりの島だが、海水の侵食であちらこちらに空洞が出来ており、シー・ランド海賊連合の支配領域北側の補給基地になっている場所である。
グレートスカル号が海域に近付く頃には、同じようにこの海域に向かっていた海賊たちが、この船に寄り添うように奔るようになり、着くころには大船団になっていた。そのため、すでに集まっていた海賊も大いに盛り上がり、士気は最高潮まで膨れ上がっていた。
ノクト海 デイタ島沖 グレートスカル号 甲板 ──
ログスは甲板に立ち、大歓声をあげている海賊たちを見回す。大小様々な形をした海賊船、およそ五百隻が集まっており壮観といった様子だった。
この数の多さが三大派遣国家すら、ノクト海に手を出せない主な理由であり、逆に自由な航海が約束されているリスタ王国の利点にもなっていた。
「すげぇな、前回の大海戦の倍ぐらいはいるぜっ」
「そうですな、それでも全船集まったわけではないですが」
ログスの言葉に、副官が付け加えるように答えた。
「これ、統率取れるのか?」
「はははは、そりゃ無理でしょうや。出来て『進め』と『戻れ』ぐらいでしょうか? 元々海賊たちは命じられるのが嫌いですからな」
「だよなぁ、ピケルの旦那はどうするつもりなんだか?」
ログスはそう呟きながら、改めて北方海域を望遠鏡で覗き込んだ。
「あれがノーマか……三百から四百ってところか? 大型船はほとんどねぇな、俺らが出てかなくても楽勝じゃねぇか?」
「どうでしょうか? 奴らは機動力を活かした戦い方が得意らしいですから、それに樽爆弾ってのもあるらしいですし」
「樽爆弾ねぇ?」
ログスは疑うような表情で髪をボリボリと掻くと、手を振りながらその場から離れていく。副長は、そんなログスの背中に問いかける。
「船長、どちらに?」
「どうせ、しばらくは何もやることねぇから俺は寝るわ、何か動いたら起こしてくれ」
「はい」
ログスは、そのまま船室のほうへ歩いて行ってしまった。そしてログスの予想通り、その後三日間は何事もなく過ぎていった。
◇◇◆◇◇
ノクト海 デイタ島沖 グレートスカル号 ──
その日の夜明け前、のちに『クイーンリリベットの奇跡』という物語にもなる戦いの前哨戦であるデイタ島沖海戦が、突如はじまりを告げた。
「敵襲~! 敵襲~!」
グレートスカル号のメインマスト上の見張り台から、敵襲を知らせる声とともに警鐘と発光弾が打ち上げられたため、周辺で停泊していた船も一斉に反応して行動しはじめた。
ログスも船長室から甲板に出てくると、北の水平線から横一列に並んだ船が、一斉にこちらに向かって進んで来ているのが見えていた。
それを見たログスは豪快に笑う。
「がっははは、いきなり全面戦争か? いい度胸だ、野郎どもいくぜっ!」
「あいあいさー」
ログスの号令の元、起きてきた船乗りたちも一斉に配置につきはじめ、ついにグレートスカル号が動き出した。副長は念のために尋ねる。
「船長、他の船と足並み揃えなくていいんですか?」
「はっ、わかりきったこと聞くんじゃねぇよ! 奴らは海賊だ、勝手にやるさ。それより、一発目はでかいの行くぜ!」
「了解、船長!」
ログスの意を汲んだ副長は、伝声管を通して全艦に命令を伝えていく。海賊連合の艦隊は、グレートスカル号を先頭に、それを追いかける形で続いていく。そして最後尾には、旗艦であるオクト・ノヴァ率いる船団が後詰として付いていた。
切り上がり気味に風上を押さえにくるノーマの海賊に対して、海賊連合側は風下を大きく回って相手側の裏を取るような針路である。右舷に見える大船団に対してログスはニヤリと笑うと、手にしたサーベルをそちらに向けて命じる。
「放てぇ!」
まだかなりの距離があったが、グレートスカル号の長射程であれば届く距離である。船の揺れを抑える用に帆とスラスターを廻して、放たれた砲弾は爆音と共に真っ直ぐとノーマの海賊の船団に突き刺さった。
その中心で大きな水柱と共に発生した高波で船が次々と転覆していく。
「状況はっ!?」
見張り台から伝声管を通して報告された状況は、直ちに副長を介してログスに伝えられた。
「多数転覆! 航行不能も多数出ている模様。船団は二つに割れ、南東方向と北東方向へ移動中、両方とも距離を取るつもりのようです」
「がっははは、当たり前だな。魔導砲の威力を目の当たりにすりゃなっ! よし、そのまま追いかけるぞっ!」
ログスの号令でグレートスカル号は風上を切り上がり、北東に向かった一団の方に向かって進みはじめた。しかし、グレートスカル号の砲撃に勢い付いた海賊船団も、我先にと突撃を敢行しはじめてしまった。これにはログスも歯軋りしながら毒づく。
「おいおい、お前らが先に行ったら盾にならねーだろうが!? 行かせるなっ! 信号旗……いや、砲弾をぶち込め!」
「了解っ!」
副長は敬礼をすると、伝声管に向かって叫ぶように伝える。
「右舷、砲撃用意だ! 狙いは先行している海賊連合の船の前方っ! 準備が出来次第ぶっ放せっ!」
即座に放たれた砲弾は、先行していた海賊連合の艦船の鼻面に水柱を撒き上げた。それに驚いた海賊船は、すぐに船足を落としグレートスカル号に足並みを揃えはじめた。
大海賊オルグ・ハーロードの息子だけはあり、ログスは海賊の扱いがわかっていた。調子に乗った海賊には口でいくら命令しても無駄で、力ずくで止めなければいけない。彼は世が世であれば、海賊連合の長を担っていてもおかしくない人物なのである。
グレートスカル号は船足が出る船ではないので、逃げはじめたノーマの海賊との距離が殆ど変わらないまま、一時間ほど経過していた。
丁度先ほど粉砕したノーマの艦隊の残骸が見えてきたころ、ログスは苛立ちながら副長に尋ねる。
「まだ追いつけねぇのか?」
「はい、何しろあいつらの方が速いですから、何とか付かず離れずってところです」
「砲撃も無理か?」
「はい、射程ギリギリです。撃っても離されるだけかと……」
ログスは舌打ちをしてから、何かに気が付いたようで副長に確認を取る。
「ちぃ……いや、待て? 向こうの方が速いって言ったな?」
「ノーマの連中は縦帆船が主体ですから、切り上がりだとどうしても向こうが……」
副長がそこまで言うと、ログスは大きく目を見開いて叫んだ。
「じゃ、なんで離されてねぇんだ? おい、全周警戒だ! 海面も忘れるなっ!」
「りょ……了解!」
副長が伝声管によって指示を伝えると、手隙の船乗りたちも周辺を確認しはじめた。その瞬間、大きな爆音とともにグレートスカル号に衝撃が走ったのだった。
◆◆◆◆◆
『大頭目の面影』
「さすがグレートスカルだぜぇ!」
グレートスカル号から放たれた一撃は、大きな水柱とともに敵艦隊を分断させていた。それを見た海賊連合の海賊たちは一気に突撃を開始した。
「俺らもいくぜぇ!」
「おぉぉぉぉ!」
しかし、その船先にグレートスカル号の砲弾が着弾する。
「あぶねぇな、味方でも容赦なしかよ! 仕方がねぇ、船足をグレートスカルに合わせろっ!」
「りょ、了解っ!」
吹き飛びそうになっていた船長帽を手で押さえながら、その船の船長はグレートスカル号を見上げる。
「キャプテンログス……やはりキャプテンオルグによく似てやがるぜ!」