第94話「王子の決意なのじゃ」
ザイル連邦 ロイカタル宮殿 謁見の間 ──
ロイカタル宮殿の謁見の間に諸大臣たちや、主な軍人たちが集まっていた。クルト帝国から一枚の書状が届き、バルドバ王が重臣たちを招集したのである。
玉座に座るバルドバ王は顔に皺を寄せながら牙をむき出しにしている。そして、手にした手紙をラドン王子に向けて投げつけた。
「ラドンよ、読んでみよっ!」
「何だって言うんだ、親父殿?」
ラドン王子は飄々とした様子で手紙を拾いあげると、それを広げて読みはじめた。
「貴国の王子が率いる艦船が、非戦闘状態の我が国の軍艦を沈めたことについて、明確な証拠を得るに至った。我が国は、責任者として王子の出頭を求める。返答がない場合は、一戦を辞さない覚悟である。……はっ、上等じゃねぇか!」
ラドンは手紙を投げ捨てたが、諸大臣たちはざわめきはじめた。ラァミル王子は、ラドンに詰め寄ると彼の肩を掴む。
「ラドン、貴様っ! 本当にクルト帝国の艦船を沈めたのかっ!?」
「あぁ貧弱な戦艦が何を思ったか無防備に近付いてきたからな、蜂の巣にしてソマリの無念を晴らしてやったぜ」
「なんという事をしてくれたんだ……」
ラァミル王子は天を仰ぐように顔を上げると、首を横に振りながら信じられないといった素振りを見せた。それに合わせて諸大臣たちも騒ぎはじめたが、バルドバ王が玉座の肘掛を思いっきり打ちすえ、その爆音で静まり返った。
「静まれっ! 起きてしまったことは仕方がなかろう。息子を引き渡すわけにはいかんのだ、覚悟を決めよ!」
王の一喝に、諸大臣たちは姿勢を正して固まってしまう。それでもラァミル王子は王に対して進言する。
「しかし、我が王よ!」
「くどいぞ、ラァミル! もはや問題はラドン一人のものではないのだっ」
ラァミル王子は、まだ何か言いたそうだったがグッと我慢して口を閉ざした。バルドバ王は顔を歪めさせると、師団長のヴィークに尋ねる。
「ヴィーク、予想される敵戦力はどの程度だ?」
「はっ、クルト帝国の北方艦隊はもともと壊滅状態であり、西方艦隊は再建中だったはず……多くても二百隻ぐらいかと」
バルドバ王は、牙をむき出しにすると改めて尋ねる。
「我が方の戦力はどうだ?」
「我が方は、大型船三十隻、中型船四十隻といったところでしょうか」
「むぅ、半分以下か……」
ザイル連邦は完全に陸軍国家で、今まで大陸外に討って出たことはない。国内にある船のほとんどは商人たちの商船なのだ。バルドバ王が唸り声を上げると、ラドン王子が前に出て自信有り気に答える。
「親父殿、今こそアレを使う時だろう。アレを使えば、逆にムラクトル大陸を制することも可能なはずだっ!」
「ガトゥム要塞のことか? 確かにあの要塞であれば、数の不利はなんとかなるだろうが……まだ試運転ではなかったのか?」
「なぁに問題はねぇ、大丈夫さっ」
バルドバ王は少し考え込むと立ち上がり、手をラドンのほうへ向けた。
「よし、わかった! お前に任せる、必ずや勝利するのだ」
「おおよっ、任せておけっ!」
こうしてザイル連邦側も開戦を決め、その準備に取り掛かるのだった。
◇◇◆◇◇
ザイル連邦 ロイカタル宮殿 第一王子私室 ──
謁見の間から戻ってきたラァミル王子は、早々に頭を抱えていた。その傍らには外務大臣ココロットとヴィーク師団長が心配そうな様子で立っていた。
「クルト帝国と正面衝突だと!? 父上も一体何を考えているのだ!」
「しかし、ガトゥム要塞が機能すれば、五分以上には持っていけるんじゃないか?」
ラァミル王子の苛立ち混じりの発言に、ヴィークは冷静に答えた。ヴィークも歴戦の猛者である戦力分析に私情を挟んだりはしない。
「そんな兵器と帝国艦隊が正面からぶつかってみろっ! 双方ともかなりの被害が出て、引くに引けなくなるではないか!」
「殿下は、早々に講和に持ち込むべきだと考えているのですね?」
ココロットが尋ねると、ラァミルは小さく頷いた。
「あぁ、こうなれば早急に講和に持ち込むのが得策だ。あの愚弟め! こうなるのがわかっていて、クルト帝国に喧嘩を吹っ掛けたのだ。この戦で功績を打ち立て、王位継承を確実のものにするつもりなのだ! そう考えれば、ひょっとしたらソマリの件も奴が、裏で糸を引いているのかもしれぬ」
ラァミル王子が捲くし立てるように言うと、ココロットは落ち着くように諌めた。
「落ち着いてください、王子。今は状況を変える手を打たなければ……」
「う~む……しかし、もう衝突は避けられん。争いを無理にでも止めれる力でもなければ、どうしようもないではないか!」
気持ちばかり焦ってしまっているラァミル王子の肩を、ヴィークが宥めるように叩く。
「ラァミル王子、俺はそんな力を一つだけ知ってるぜ」
「なんだと、それはなんだ!?」
「あるだろ、一隻の船でありながら艦隊に勝る力を持った船が」
ヴィークの発言に、ラァミル王子とココロットはハッと気がつく。
「し……しかし、彼らは力を貸してくれるだろうか?」
「そいつぁ、交渉次第だな」
ラァミル王子は少し考え込むと、ココロットを見つめる。
「ココロット、行ってくれるか?」
「はっ、身命を賭して説き伏せてみます! ヴィーク、連絡船では時間がかかりすぎてしまいます。運んでもらえますか?」
ヴィークは目を細めると、小さく頷いた。
「あぁ、必ず送り届けてやるぜ」
開戦に向かうザイル連邦の中で、ラァミル王子の一派だけは講和に向けて動き始めたのだった。
◇◇◆◇◇
クルト帝国 西方都市ノイスターン ──
帝都から戻ったエリーアス提督は、自身の執務室で書類に目を通していた。
「弾薬は十分、水、食料も抜かりないようだ」
そんなことを呟きながら、次々と書類に目を通すが書類を持ち上げた瞬間、間から手紙のようなものがヒラヒラと床に落ちた。不思議に思ったエリーアス提督は席を立つと、その手紙を拾い上げる。
「なんだ、この手紙は? 宛名も封蝋の印すらないぞ?」
再び執務机の席に座ると、引き出しからナイフを取り出して封を切る。そして手紙を広げると、驚いた表情を浮かべつつ、手元の呼び鈴を鳴らした。
ほどなくして一人の青年が入ってくると、エリーアス提督に対して敬礼をして命を待つ。
「補給担当官を呼んでくれ」
「はっ!」
青年は再び敬礼すると、速やかに部屋から出て行った。
しばらくして、補給担当官の中年男性が部屋を訪れ敬礼をする。
「お呼びでしょうか、提督?」
「あぁ、ここにあるリストのものを船に積んでくれ」
エリーアスはそう言うと必要な物を書いたメモを手渡す。補給担当官はそれを見ながら尋ねる。
「拝見します……これは、船に火がついた際に致命傷になりませんか?」
心配する補給担当官に対して、エリーアスは首を横に振って答える。
「どうしても必要なのだ、揃えられそうか?」
「えぇ、何とかなるとは思いますが……」
補給担当官の言葉に、満足したのか大きく頷く。
「それでは、よろしく頼む」
「一応訳を聞かせていただいても?」
エリーアスは先程の手紙を、補給担当官に渡しながら答えた。
「どうやら、お節介な奴がいたようでな……」
補給担当官も手紙を読むと、納得したように頷くと敬礼をした。
「わかりました。二日以内に必ずや揃えてみせます」
こうしてクルト帝国側でも開戦に向けて、着実に準備が進められていた。
◆◆◆◆◆
『有翼輸送』
ザイル連邦の獣人には有翼、つまり翼が生えている種族がいる。それほど長くは飛べないが、ザイル連邦では彼らを使って、海路ではなく空路を使う輸送方法を確立していた。
ヴィークに抱きかかえられたココロットは、ノクト海に浮かぶ小島に到着していた。
「俺はここまでだ、後はよろしく頼むぜ」
「任せなっ」
ヴィークは長時間抱きかかえられながら海を越えて、衰弱しているココロットを鷲頭の青年に引き渡すと、ザイル式の敬礼をする。鷲頭の青年は大きく頷き翼を広げると、次の島に向かって飛び立ったのだった。