第93話「援軍要請なのじゃ」
シー・ランド海賊連合の代表としてピケル・シーロードと、海賊『海熊』の船長トク・ベア、そして海洋ギルド『グレートスカル』からオルグ・ハーロード、同じくギルドからグレートスカル号の船長ログス・ハーロードがリリベットを尋ねてきた。
当初は女王執務室で対応していたが、むさ苦しい大男が三人もいるうえ、持ち込まれた話が厄介ごとだったため会議室に移動することになった。
リスタ王国 王城 会議室 ──
リリベットは会議室に移動する前に、宰相フィンと軍務大臣シグル・ミュラーを呼び出し同席させることにした。
全員が席に着くと、リリベットはピケルに再び話を聞かせるように頼む。
「先程の話を宰相たちにも聞かせたいのじゃ。すまぬが、もう一度話してくれぬじゃろうか?」
「はい、わかりました」
リリベットの要求を受けて、ピケルが改めて海賊連合の状況説明と要求を伝えた。まずシー・ランド海賊連合とノーマの海賊が戦争状態であること、初戦では相手の樽爆弾に敗れたこと、デイタ島沖で決戦を計画していることが伝えられ、その上で援軍としてグレートスカル号の助けを求めたものだった。
この話には、フィンやシグルも眉を寄せて困ったような表情を浮かべている。それでもシグルは重々しく口を開いた。
「お話はわかりました。しかしグレートスカル号をですか、海賊連合の危機は我々の危機でもあるが……正直、今はタイミングが悪い」
「……と言いますと?」
ピケルが首を傾げてて尋ねると、シグルは小さく頷いて訳を話しはじめた。
「近々戦争が起こる可能性がある……という話は知っていますか?」
「えぇ、クルト帝国とザイル連邦の争いですか? 聞いた話では、ザイル連邦がクルト帝国の艦船を沈めたとか?」
「えぇ、その調停を我が国がすることになったのですが、その作戦にグレートスカル号を使う予定だったのです」
それを聞いたオルグは、豪快に笑い出した。
「グレートスカル号を突きつけて、喧嘩はやめろって? がっははは、どっちが海賊かわからねぇな!」
「シグルの旦那、悪いが俺たちは連合に助けて貰った恩もある。奴らの危機を救わなきゃ、俺らの矜持が許さねぇ」
そう啖呵を切ったのは、オルグの息子であるログスだった。元々グレートスカル号は国有ではなく、ハーロード家の所有なので、原則的には所有者の要望が優先される。これを撤回させるにはリリベットによる王命が必要になるが、そうすればハーロード家との関係を悪化される恐れがあった。
「見たことはないのじゃが、お主たちの旗艦、名は確か……」
「オクト・ノヴァです、陛下」
「あぁ、そうじゃったな。その船ではダメじゃろうか? 確かグレートスカル号の姉妹艦じゃったな?」
リリベットが当然の疑問を口にすると、ピケルは弱った表情を浮かべながら答える。
「女王陛下、オクト・ノヴァは我々にとって城のようなものです。勝利したとしても、万が一轟沈したら連合は体制を保てないかもしれない」
「故に弾除けには、使えぬと申すのじゃな?」
リリベットの問いに、ピケルが頷くとオルグが目を覆いながら天を仰いで嘆く。
「かぁぁぁ、情けねぇ! それでも海賊か? 海賊船団の旗艦なんて、真っ先に敵に突っ込んでくもんだぜっ!」
ベア船長は大きく頷いているが、ピケルは首を横に振った。それに対してログスは擁護するように発言する。
「まぁグレートスカルとオクト・ノヴァは同じ装甲を使っているが、オクト・ノヴァは舵周りの強化をしてないだろ? 俺らは前の大戦のあと狙われても平気なように、かなり強化してあるぜ」
「つまり耐久性では、グレートスカル号の方が上と言いたいのだな」
それまで沈黙を保っていたフィンが、ようやく口を開いた。
「ふむ……グレートスカルが海賊連合に救援に行ったとして、戻ってくるまでにどれぐらいかかる?」
「そうだな、向かうのに七日、準備や戦に十日、戻ってくるのに七日ってところか? すぐに始まっちまえば、もう少し早く帰ってこれるがなぁ」
ログスの答えにフィンは少し考え込む、リリベットはそんなフィンに尋ねた。
「両国の状況はどうなのじゃ?」
「はい、先程受けた報告では五日前ノイスターンから、エリーアス提督が帝都に向かったそうです。おそらく今頃は、皇帝よりザイル連邦征伐の命が下されているでしょう。侵攻する航路まではわかりませんが、半月~一月以内には開戦する可能性が高いかと」
自身の予想より状況が遥かに進んでいたことに、驚いたリリベットは頭を抱えながら呟いた。
「それでは間に合わないのじゃ、グレートスカルが二隻あればよいのじゃが……」
その言葉にフィンとシグル、それにオルグが何かを思い当たったのか、お互いの顔を見合わせると豪快に笑いはじめるのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 女王執務室 ──
シー・ランド海賊連合、海洋ギルド『グレートスカル』、そしてリスタ王国の三者で行なわれた会議は、あの後もしばらく続いたが、最終的にグレートスカル号をデイタ島沖に派遣を許可することになった。
大陸連絡船の役割を果たしていたグレートスカルが長期間別の任務に付くため、交易が滞ることが予想されていた。リリベットは、それを調整するために執務室に海洋ギルド会長のレベッカ・ハーロードと、財務大臣ヘルミナ・プリストを呼び出していた。
リリベットから一通り話を聞いた、レベッカが少し考えたあと確認するように尋ねた。
「つまり、しばらくグレートスカル号が使えないから、その期間何とかならないか? って話だね」
「うむ、そういうことなのじゃ」
「確かに、以前からの懸念事項でした。通常時でもメンテナンス期間など、交易が止まってしまいますし……」
ヘルミナの言葉に、レベッカはさらっと答える。
「まぁ新造船なら、大陸間の航海でも何とかなると思うよ。最近の船は性能がいいからねぇ。ただグレートスカルのほうが安全かつ大量に運べるから、今まで試したことはなかったが……」
「ほぅ? それは何隻あるのじゃ?」
「最近の船と言うと、あの船を除けば……去年は大型船三隻、中型船二隻、小型船三隻でしたか?」
ヘルミナが確認するように尋ねるが、造船に関しては国の支援も行なっているので、彼女は完全に把握している。レベッカは間違いないと肯定すると、付け足すように答えた。
「その中で大型船の三隻は、おそらくいけるだろうよ」
「ふむ、その三隻を運用するとしてグレートスカルと比べると、どんな感じじゃろうか?」
「そうだねぇ……風にもよるが片道十日、運搬性能は三分の一程度かねぇ」
レベッカが出した見積もりに、ヘルミナは難しい顔をして尋ねた。
「船足は仕方ないとしても……三分の一ですか、もう少し何とかなりませんか?」
「う~ん、船団として比較的新しい輸送船を付けて、半分ってところかねぇ? ただし船足は落ちるから片道十五日は見といたほうがいい」
ヘルミナが迷っていると、リリベットが意を決したように命じる。
「レベッカ、とりあえず船団を手配して欲しいのじゃ。ヘルミナは、今後は大陸間を航海することを考慮した船を建造することを、方針としてまとめるのじゃ」
「わかったよ、任せなっ」
「わかりました、陛下」
二人が頷くのを確認すると、リリベットは深くため息をついてソファーに深く腰を掛けた。
「考えることが多くて、大変なのじゃ」
◆◆◆◆◆
『密書』
海賊連合との会談後、一人執務室に戻ったフィンは手紙をしたためていた。
書き終えるとペンを置き、引き出しから封筒と蝋を取り出して手紙を封筒に入れる。蝋を熱して封をすると、いつも使用している印は使わず、そのまま冷えるのを待つ。
そして執務机の鈴を鳴らすと、どこからともなく中年男性が現れた。
「お呼びでしょうか、閣下?」
「うむ、この手紙をここに届けてくれ」
フィンは手紙と一緒に行き先が書いてあるメモを渡す。中年男性はチラッとそれを見ると、静かに頷いてその風のように消えたのだった。