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第92話「提督なのじゃ」

 シー・ランド海賊連合 海都 オクト・ノヴァ 会議室 ──


 海熊の船長トク・ベア率いる海賊艦隊が撤退してから、二週間が経過していた。現在シー・ランド海賊連合の首都に当たる海都で、停泊中のオクト・ノヴァの会議室には主だった海賊が集まっていた。


 ベア船長の艦隊は引き際を間違えなかったため被害は極小だったが、哨戒任務についていた他の艦隊ではかなりの被害を受けており、全体で見ればシー・ランド海賊連合が受けた損害は大きなものだった。


「ふざけやがって、ノーマどもめっ!」

「こんなところで話してても意味はねぇぜ、さっさと攻め込んで砲弾をぶち込むんだ!」


 比較的若い船長たちは血気盛んに物騒なことを口にするが、この船の船長であるピケルやベア船長のようなベテラン船乗りは、考えながら場が落ち着くのを待っていた。


 しばらくして若い船長たちが喚き疲れて大人しくなると、ようやくピケルが口を開いた。


「ようやく静かになったか……喚き散らしたって何にもならんのだ。それでベア船長、あんたがやられたって兵器についてもう一度話して欲しい」

「おぉよ、樽みたいのがな……いつの間にか海上に浮かんでたんだ。そいつに触れるとドカンって寸法よ」


 ベア船長は苦々しい表情を浮かべながら、自慢の虎ヒゲを擦っている。そこにベテラン船長の一人が当然の疑問を投げかけてくる。


「海上に浮かんでるのが見えるんなら、避けりゃいいだろうが?」

「それがよぉ、避けたら避けたで樽が突っ込んできたんだ」


 ベア船長の言葉に海賊たちは少しざわめいた。様々な海戦をこなしてきた海賊たちだったが、そんな兵器は聞いたことがなかったからである。


「ベア船長の船の損傷を見てきたが、その樽……とりあえず樽爆弾とでも名付けておくが、並みの船なら一発で沈んじまいそうだったな」

「あぁ、旋回中じゃなきゃ。俺の船もやられてたかもしねぇぜ」


 グレートスカル号や、このオクト・ノヴァ号が積んでいる魔導砲を除けば、大砲を食らったところで海賊船であれば一発で轟沈することはない。そう考えれば、今回の樽爆弾はかなりの脅威的な兵器だった。


 樽爆弾については海賊たちによって様々な対策案が出されたが、結局効果がありそうな対策は出てこなかった。そして、最後に諦めた様子のピケルが口を開いた。


「仕方がないな、オクト・ノヴァを出そう。この船の装甲ならおそらく樽爆弾も大丈夫だろう」


 オクト・ノヴァ号は、グレートスカル号のダウンスケール版であり、サイズ以外は装甲も含めてほぼ同じ物を使用している。グレートスカルと同様に並みの攻撃では、傷一つ負わせれない船なのだ。


「おいおい、この船は海賊連合(おれら)の旗艦だぜ? 万が一のことがあったら士気に関わるだろうがっ」


 ベテラン船長がピケルを諌めると、若い船長が自信満々に提案してきた。


「グレートスカル号に来てもらうのはどうだ? あの船がいりゃ百人力だし、リスタ王国(あいつら)だって、ノクト海の制海権を奪われたら困るんだろ?」

「海賊が海賊以外に助けを求めるだぁ? ふざけてんのか!?」


 ベア船長の怒声が響き渡ったが、船長たちの何人かはその提案について一考の価値を見出していた。その中の一人がピケル・シーロード、海賊連合の主である。


「一理あるかもしれないな。オクト・ノヴァを出すのがダメなのであれば、グレートスカル号に頼るのも悪い話じゃない」


 ベア船長は、苦々しい表情を浮かべると首を横に振った。


「まったく、信じられねぇぜ。海賊の誇りはねぇのか!? ノーマの連中なんて、あれこれ考えず総力戦でぶっ潰せばいい」

「当然、総力戦になれば数が勝る連合が勝つだろうが、樽爆弾なんてもんがあるなら、こっちも無事じゃすまないだろう。戦力が削がれたあと大国連中に攻められたらどうする?」


 それはシー・ランド海賊連合にとって最悪のシナリオであり、ベア船長も唸り声を上げながら虎ヒゲを擦るしかできなかった。


「それで、奴らの動向はどうなんだ?」


 ピケルの問いに、最後まで哨戒に残っていた船長が答える。


「哨戒ラインを突破した奴らは、ザイル連邦とジオロ共和国間の航路付近で集結中だぜ」

「数は?」

「正確な数はわかんねーが、三百はいそうだったぜ」


 ピケルは唸り声を上げると、決意したように告げた。


「全船に伝えろ! 第二哨戒ラインを防衛ラインとする、デイタ島に集結しろ! 私とベア船長は、リスタ王国へ向かって女王と話してくる」

「おぉぉぉぉぉ!」


 普段は若干頼りない様子のピケルだったが、覚悟を決めた際はまさに海賊の頭目としての顔が表に出てくる。その様子に海賊たちも覚悟を決め、雄叫びを上げると拳を振り上げるのだった。



◇◇◆◇◇



 クルト帝国 エンドラッハ宮殿 謁見の間 ──


 謁見の間の玉座にはサリマール・クルト皇帝、宰相レオナルド・フォン・フェザー。その周囲には諸大臣と護衛の皇軍兵がいた。


 サリマールの前には一人の中年貴族が立っていた。初老の大臣がスクロールを広げながら、その貴族の名前を読みあげる。


「西方艦隊提督エリーアス・フォン・アロイス伯爵、陛下の前に」


 名前を呼ばれたエリーアス提督は、一歩前に出てから傅く。サリマール皇帝は右手を軽く上げると口を開いた。


「遠路ご苦労だったな、面を上げよ」


 エリーアス提督は顔を上げると、サリマール皇帝をじっと見つめてから挨拶をする。


「お久しぶりでございます、皇帝陛下」

「うむ、よく来てくれた。すでに勅令は出し、準備を進めて貰っておるから存じておるとは思うが、貴公にはザイル連邦への遠征に出て貰いたい」

「はっ、お任せください」


 エリーアス提督は、姿勢を正し帝国式の敬礼をする。それに対してサリマール皇帝は、険しい顔をしながら話しはじめた。


「此度の遠征はザイル連邦を、征服するのが目的ではない。しかし、アイゼンリストを襲撃した海賊どもを引き渡さなかったばかりか、奴らはその要求を行っていた我が国の艦船を沈めたという!」


 興奮した様子のサリマール皇帝に、宰相レオナルドが落ち着いた口調で諌める。


「陛下……落ち着いてください」

「……わかっている!」


 レオナルドの小言が嫌だったのか、サリマールは首を横に振りながら答えた。


 帝国がザイル連邦への派兵を決めた理由は、連邦がノーマの海賊の引渡しを拒否したこともあるが、連邦の艦隊が会話を求めた帝国艦を沈めたのがもっとも大きかった。この事件の目撃者はいなかったが、ザイル連邦の船乗りが、酔って武勇伝として語った話が遅れて帝都まで届いたのだ。


 それを聞いた時のサリマール皇帝の怒りは、アイゼンリストの惨劇を聞いたとき以上だったと言われており、ザイル連邦との衝突を避けようとしていたレオナルドにも止めれなかったほどである。


「エリーアス・フォン・アロイスよ、改めて貴公を連合艦隊司令官に任ずる。余の敵を討ち、帝国の威光を取り戻すのだ」

「はっ!」


 サリマール皇帝が玉座から立つと、宰相レオナルドは大臣から装飾の施された剣を受け取ると、それをサリマール皇帝に差し出した。剣を受け取りエリーアス提督のところまで歩く。


 そして、剣をエリーアス提督に突き出しながら告げる。


「必ずや勝利せよ。勝利のあかつきには貴公に侯爵位を与え、我が領土の一部を下賜することを約束しよう」

「はっ、ありがとうございます。必ずや陛下に勝利を献上いたします」


 エリーアス提督は頭を下げながら、剣を受け取りそう宣言した。こうしてクルト帝国のザイル連邦への派兵が本格的に決まったのだった。





◆◆◆◆◆





 『クルト帝国連合艦隊』


 元々エリーアス提督が再建していた西方艦隊に、完全に瓦解してしまった北方艦隊、そして特に外敵が存在しない南方艦隊からも一部、それらが集結した艦隊。旗艦はエリーアス提督の艦であるノインベルグである。


 ここ数ヶ月は西方都市ノイスターンを拠点とし、日々訓練に明け暮れていたため、その練度もかなりのものになっている。しかも歴戦の提督であるエリーアス提督が率いていることもあり、数も質も現在帝国内では最大の海軍戦力であると言えた。


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