第91話「爆弾なのじゃ」
ノクト海 北方海域 海賊船『海熊』 ──
海賊船『海熊』が率いる海賊連合の艦隊二十隻は、ノクト海北方海域を進んでいた。日頃ちょっかいをかけてくる、ノーマの海賊に対抗するための哨戒任務である。これは海賊連合の船が何組かに分かれておこなっているものだった。
この船の船長トク・ベアは自慢の虎ひげを擦りながら、メインマスト上の見張りに向かって叫ぶ。
「おーい、何か見えたかぁ?」
「へい、とんと見えませんぜ!」
見張りからの返答に、ベア船長は訝しげに首を捻る。
「う~む、この辺で見たって情報があったんだがな? この数にビビって出てこれねぇのか?」
それから一時間ほど経過した時、北の水平線から数十隻の船影が現れた。
「お頭ぁ! 右舷にノーマの連中だ! 三十以上はいやがるぜっ!」
「おぉ、やっと来やがったかぁ!」
ベア船長は、その厚い胸板をバンバンっと叩くと嬉しそうに笑う。そして、子分の海賊たちに向かって叫んだ。
「てめーら、戦だっ! しっかり準備しろよ! 面舵いっぱいだっ!」
「あいあいさー」
信号旗を掲げて周辺の艦隊に指示を出しながら、海熊は北に向かって舵を切りノーマの艦隊に向かって進みはじめた。
◇◇◆◇◇
数刻後、ノクト海 北方海域 ──
海賊船『海熊』率いるシー・ランド海賊連合二十隻と、ノーマの海賊三十六隻の海戦がはじまっていた。開戦当初は船足と切り上がり性能が勝り、数も多いノーマの海賊が風上を取り優勢だったが、船の性能と砲の数や射程距離、そして船乗りとしての練度で勝っていたシー・ランド海賊連合が徐々に盛り返していた。
海賊船『海熊』の右舷の海上に着弾した弾が、大きな水柱を上げると船体が大きく揺れた。
「うぉっと、あぶねぇなっ! 状況どうだぁ!?」
「被害はありやせんっ!」
ベア船長は見張り台のほうを見上げて、再び叫ぶ。
「全体の被害状況っ!」
「こっちは二隻航行不能、あっちは八隻はやりましたぜ!」
「よぉし、いいぞ! このまま一気にいくぞっ!」
「おぉぉぉ!」
勢いに乗った海賊連合は、一気に攻勢に出ようと雄叫びを上げた。しかし、その時である……海熊から見て北東の方角から轟音が響き渡った。
「な、何の音だっ!?」
「ラ……ラッセル号が、燃えていますっ!」
ベア船長が音のした方角を見ると、船の右舷が吹き飛び大きく傾いたラッセル号が、燃えながら沈みかかっていた。
「何が起きたぁ!? 弾が飛んできたのかぁ?」
「わ、わかりやせんっ!」
突如の出来事に混乱を極めた海熊のクルーたちは、喚きながらも状況を確認するため周辺の警戒をはじめた。しかし、それを嘲笑うかの如く、今度は左舷後方の船が突如爆発し横倒しになって転覆してしまう。
その船を睨むように見たベア船長は、眉を吊り上げると船員たちに大声で命じる。
「弾は飛んできてねぇ! ダメージが船底の辺りだ、てめーら海面を見ろっ!」
その声に船乗りたちは慌てた様子で海面を凝視する。そして、船乗りの一人が何かを発見したようでベア船長に駆け寄った。
「親分、海面に樽みたいのが多数浮かんでやがる!」
「なにぃ!?」
ベア船長は、その部下を押しのけるように船縁まで走ると、身を乗り出すように覗き込む。確かに樽のようなものがプカプカと浮かんでいた。
「なんだ、ありゃ? あれが爆発してやがるのか? よくわからんが浮かんでるだけなら回避しろ。取り舵いっぱいだ!」
「あいあ……お、親分! 樽が突っ込んできます!?」
「なんだ……」
その瞬間、海賊船『海熊』の船尾で、先程までと同じ爆発が起きたのだった。
煙に包まれた甲板でのそりと立ち上がったベア船長は、周辺を見ながら声を張り上げる。
「おめーら、無事か!?」
「へ……へい、なんとか……」
他の船乗りたちものそりと立ち上がると、周りを確認しはじめる。しばらくして、状況を確認した船乗りたちがベア船長のところへ戻ってきた。
「どうだっ?」
「へい、右舷船尾から浸水をはじめてやす。今、総出で排水と補修をしてやすぜ」
ベア船長はギリギリと歯軋りをすると、操舵士に向かって叫ぶ。
「動かせそうかぁ?」
「舵は利いてますぜ、親分! 後は浸水さえなんとかなりゃいけるぜ!」
北の海を警戒していたメインマスト上の見張りは、甲板に向かって叫ぶ。
「親分、奴ら動き始めたぜ! 真っ直ぐこっちに向かってきてやがる!」
旗艦である海熊が爆破炎上したため、シー・ランド海賊連合側の艦隊は止まっていた。それを見たからか、ノーマの海賊が動き始めたのである。
ベア船長は顔を真っ赤にしながら拳と拳を打ち付けると、船乗りたちに大声で命じた。
「てめぇら! ずらかるぞっ!」
「あいあいさー!」
船乗りたちはベア船長の命令に一切の疑問を持たず、それぞれの役目に戻っていった。全員が煮え湯を飲まされた気分だったが、船長が逃げると言えば逃げる。それが海賊たちが守ってきた、生き残るための知恵なのである。
こうして全速で逃げ始めた海賊連合の船には、さすがのノーマの海賊も追いつけず、シー・ランド海賊連合とノーマの海賊との初戦は、ノーマの海賊の勝利で幕を下ろしたのである。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 食堂 ──
海賊たちがそんな争いをはじめているとは知らず、リスタ王国ではジオロ共和国からの使者であるリョクトウキとの会食が行われようとしていた。
参加しているのはリスタ王国から女王リリベットと、その夫であるフェルト、宰相フィン、軍務大臣シグル・ミュラー、財務大臣ヘルミナ・プリスト、ジオロ共和国からはリョクトウキと、護衛のコウジンリィである。
外交的な意味合いが強いため、リリベットの子供たちは別室で食べることになった。全員が席に付くと、リリベットが口を開いた。
「少々重苦しい席になってしまったのじゃが、紹介するのじゃ」
リリベットは自分と宰相を除く、大臣たちを紹介していく。そして一通り紹介すると、トウキはジオロ式のお辞儀をした。
「ジオロ共和国大統領リョクサイキが弟、リョクトウキです。共和国での役職は、武門長ということになっております」
「武門長? 浅学で申し訳ないのじゃが、どのような役職なのじゃろうか?」
「共和国はジンリィ殿のコウ家を筆頭に、武術が盛んでしてね。それを取りまとめるのが武門省です。その長になります」
「なるほど、ジオロ共和国独特の役職なのじゃな」
そのような会話ではじまった会食は、コック長コルラード・ジュスティの絶品料理もあり、終始和やかに進んだ。会食の途中でジオロ共和国の要請を受ける話をするとトウキは大層よろこび、ヘルミナやシグルの要求を可能な限り考慮することを約束した。
二国間の争いに首を突っ込まなくていいのであれば、そのような要求など些細な問題のようだった。
トウキは酒を煽ってから、上機嫌な表情で喋りはじめた。
「いや、お受けいただき心底ほっとしました。この国の方々は聡明な人ばかりで話が早い! 賢王と名高いリリベット陛下を筆頭に、そちらの大臣方も有能な人物ばかりのようだ、実に羨ましい!」
褒めたたえられて少し恥ずかしかったのか、照れた様子でリリベットは返事をした。
「貴殿の兄上であるリョクサイキ殿も、民からも慕われた名君だと聞いておるのじゃ」
「兄上は確かに凄いのですが……」
そこでトウキは口を噤んだが、大国は大国で色々と問題がある様子なのが窺えた。トウキは首を横に振ると
「少し飲みすぎてしまったようだ……失礼ですが、私はここまでにさせていただきます。ジンリィ殿は、このまま陛下のお相手を」
「あぁ、わかったよ」
ジンリィが頷くと、トウキは少しふらついた足取りで部屋から出て行った。こうしてリスタ王国はジオロ共和国の要請を受け、クルト帝国とザイル連邦の関係修繕に向けて、行動を開始することになったのである。
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『武門省の仕事』
ジオロ共和国はかつての帝政時代から多くの武家が存在し、現在の国政にも大きな影響力を持つ。
その武家の統括や管理が武門省の主な仕事であり、四年に一度の大きな武術大会や大小様々な大会の運営も取り仕切っている。