第90話「選出なのじゃ」
リスタ王国 王城 会議室 ──
翌朝、女王リリベットと重臣たちの会議が行われていた。議題はリョクトウキが持ち込んだ提案についてだった。
最初に議長であるフィンが、議題について話をはじめる。
「本日集まって貰ったのは、クルト帝国とザイル連邦についてだ。私が集めている情報によると、近く戦争になる可能性が高い。そこで我々の進む道について意見を出して欲しい」
まず軍務大臣のシグル・ミュラーが挙手をした。それに対して、フィンは手で示し話すよう伝えた。
「我が国の方針としては……このまま静観するか、どちらかに加担するケースが考えられます。どちらかに加担するのであれば、陛下との縁故もありますので、クルト帝国に加担することになるかと」
その言葉に対して、リリベットは首を横に振りながら答えた。
「……私やフェルトの血縁に関しては、一先ず置いて考えてよいのじゃ。私たちも我が国の不利益になることは望まないのじゃ」
その言葉にフェルトが腕を組んだまま頷くと、続いてヘルミナが発言の機会を求める。
「財政面から見れば、他の大陸であるザイル連邦との交易は重要な位置を占めています。無論、隣国であるクルト帝国も同様です。我が国にとって、どちらか一方に加担するのは得策ではないかと」
「プリスト卿の言う通りだ、わざわざ火中に飛び込むことはない。このまま静観すべきではないでしょうか?」
この発言は、国務大臣エイルマー・バートラムである。彼は主に内政面の政務に従事しているため、わざわざ他国の争いに関わることはないと考えている様子だった。
それに対して、フィンが付け加える。
「二人の意見はもっともだ。私もそのつもりだったが、他の問題が発生したのだ」
「……と言いますと?」
エイルマーが尋ねると、フィンは小さく頷いてから答える。
「昨日、非公式ではあるがジオロ共和国から使者が訪れた。彼らは我々に二国間の調停を依頼してきたのだ」
「どういうことですか? 我が国より、ジオロ共和国のほうが力関係が近いでしょう」
諸大臣たちは当然の疑問を持ったが、シグル・ミュラーだけは小さく頷いて呟いた。
「なるほど……」
それに対して、内務大臣クロノス・ポートランが首を傾げる。
「ミュラー卿、どういうことですかな?」
「ジオロ共和国は三国間のバランスを維持したいが、表立って動いてしまうと三国間の争いになるのを恐れているのです。それにもし上手く調停できたとしても大きな貸しを作ることになり、三国間の力関係が崩れる可能性がある」
シグルの考えに、フィンは頷く。
「おそらくミュラー卿の考えで正しいだろう」
「先ほどから調停と仰いますが、戦争を回避するために動くということでしょうか?」
エイルマーの質問に、フィンは首を横に振った。
「いや、おそらくだが……ジオロ共和国は戦争回避は無理だと考えているようだ。この意見は、私も同様である」
フィンも密偵を放って情勢を探っている間に、すでに戦争回避は難しい状況に陥っていることを悟っており、最近は起こってしまった後のことを考えはじめていた。
「開戦後に頃合いを見て講和を……ということですか?」
「おそらくはそうなるな。地政学的にも最初の数戦は海戦になるはずだが、一方的な戦にならなければ、この時点で講和に持ちこむことは可能かもしれない」
フィンは敢えて要塞については発言しなかった。要塞の戦力は未知数だが、クルト帝国の艦隊も西方と北方の連合艦隊を準備していることを考えれば、双方とも戦力差はさほど無いと考えていた。
「ジオロ共和国からの申し出を断ったら、我が国の外交面にも影響が出そうですね」
ヘルミナの発言に、今度はフェルトが頷く。
「その可能性は高いね。非公式の訪問とは言え、国力では圧倒的に向こうが上だし、関税などの交易面での締め付けは考えられるね」
「むぅ……やはり面倒な問題になったのじゃ」
リリベットは、心底面倒そうな顔で呟く。
リスタ王国は規模のわりに、かなりの影響力を持つ国家だが、それでも三大覇権国家に対しては慎重にならざるをえなかった。
ヘルミナは少し考えたあと、まとめるように口を開いた。
「断れないのであれば、最大限譲歩を引き出す方向で考えるしかありませんね。陛下、使者との交渉には私も同席させてください」
リリベットは頷くと、シグルを一瞥して尋ねる。
「シグル、お主の考えはどうなのじゃ?」
「私のですか……そうですね。宰相閣下の言う通り初期は海上戦になるでしょう。海上戦であればグレートスカル号を有する我が国なら、力ずくでも講和の席に着かせることも可能かもしれませんが……」
シグルは、そこまで言うと少し考えはじめる。リリベットは首を傾げながら尋ねる。
「どうしたのじゃ?」
「いえ、少し気になることがあっただけです。私もジオロ共和国の使者と話すときは、同席させていただきます」
「うむ、わかったのじゃ。では、宰相、ヘルミナ、シグル、そしてフェルトは、本日の会食に参加するのじゃ。その場で話を聞いてから、我が国の方針を決定しようと思うのじゃ」
こうしてジオロ共和国の使者、リャクトウキとの会食に参加するメンバーが決定したのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 中庭 ──
その日の昼頃、マリーとヘレンが中庭で遊んでいると、そこにジンリィとマオリィが通りかかった。
「おや、そこにいるのはマリーじゃないか」
「あら……ジンリィさんじゃないですか、帰ってきているとは聞いていましたが、お久しぶりですね」
マリーが丁寧にお辞儀をすると、ジンリィもジオロ式に挨拶をした。マオリィは、その脇を抜けるように一直線にヘレンの方に向かっていった。
「ヘレンなのだっ!」
「マオリィなのじゃ!」
ヘレンは両手を上げながらマオリィに飛び掛り、マオリィはその脇を掴んで持ち上げる。そしてクルクルと廻ると、ヘレンはキャッキャと笑っている。
「あはは、ぐるぐるなのじゃ~」
そんな子供たちの様子に、ジンリィは目を輝かせながら尋ねる。
「マオ、その可愛らしい子は誰だい?」
マオリィは廻るのを止めて、ヘレンをひっくり返すとジンリィに突きつけるように持ち上げた。
「ヘレンなのだ!」
「ヘレンなのじゃ!」
マオリィと一緒にヘレンも名乗ると、ジンリィは微笑みながら彼女の頭を撫でて自分も名乗った。
「私はコウジンリィだよ、ヘレンちゃん」
「こうじぃ?」
「あはは、爺さんじゃない。マオもコウだからね、私のことはジンリィでいいよ。いや~本当に可愛い子だねぇ」
ジンリィはそう言いながら、頬をプニプニと押しはじめる。ヘレンはその手を掴んで嫌がると、ようやくマリーから紹介があった。
「この方は、ヘレン・リスタ王女殿下ですよ。ジンリィさん」
「あぁ、やっぱり主上の娘さんか! どおりで似ていると思ったよ。確か息子もいただろ? 名前は確か……」
ジンリィが思い出そうとしていると、マリーは頷いて答えた。
「はい、三つ上にレオン・リスタ王太子殿下がいらっしゃいます」
「ふむふむ、その子もきっと可愛いのだろうな」
「まぁ、そうですね。まだ可愛らしいといった感じです。今は学園の方へ行ってますが」
「ボクの友達なのだっ!」
マオリィが自慢げに答えると、ジンリィはマオリィの頭を優しく撫でると
「どうやら、この国で良い出会いがあったようだねぇ」
と嬉しそうに呟くのだった。
◆◆◆◆◆
『師弟対決』
ヘレンたちと別れたジンリィとマオリィは、そのまま修練所を訪れていた。通常は近衛隊と王族だけが使用できる修練所だが、ラッツから許可を取って使用が許されたのだ。
「さて、マオ。その様子では随分修練を積んだようだねぇ」
「はっははは、もう師匠にだって負けないのだ!」
マオリィは腕を組んで自身満々に答える。ジンリィはニヤリと笑うと手をクイクイと動かす。マオリィは意気揚々と構えを取った。
その日の修練は小一時間ほどで終了したが、午後のマオリィは妙に大人しかったという。