第89話「母親なのじゃ」
リスタ王国 王城 応接室 ──
謁見を終えたリリベットが応接室で待っていると、扉をノックする音が聞こえてきた。マーガレットが取り次ぎ、近衛と共にコウジンリィが入ってくる。リリベットは立ちあがると、再びハグを求めるように両手を広げながら近付いていく。
「よく来てくれたのじゃ!」
「主上、本当に大きくなりましたな」
改めて再会を喜ぶ二人を、マーガレットは微笑みながら見つめていた。その後、しばらくリリベットとジンリィが歓談していると、再びノックする音が聞こえてきた。
マーガレットが扉を開く前に、マオリィが飛び込んでくる。
「師匠~!」
ジンリィはソファーに座ったまま、跳びかかってきたマオリィを片手で受け止めると、一回転させてソファーに座らせた。
「マオは相変わらず元気だねぇ……この国に流れて来ているとは聞いていたよ」
「師匠がボクを置いていくからだろっ! なんでボクを置いてったのさっ!」
マオリィが頬を膨らませてジンリィに突っかかると、ジンリィは微妙な顔をして首を傾げる。
「何を言ってるんだい、しばらくリョク家の護衛を引き受けたから、実家に戻るように言っただろう?」
「聞いてないよっ!?」
ジンリィは深くため息を付くと、マオリィの頭を撫でてからギリギリと締め上げる。
「人の話はちゃんと聞くように言ってるだろっ!」
「いたたた!」
マオリィがもがき苦しんでいると、少し息を切らしたミュゼが部屋の中に入ってきた。
「マオ! 私を置いてかないでよっ!」
「おぉ、ミュゼじゃないか! 元気にしてたかい?」
ジンリィはマオリィを解放すると、その手を振ってミュゼを呼ぶ。ジンリィの姿を確認したミュゼは、パァと明るい顔になると駆け寄って敬礼をする。
「ジンリィ隊長! お久しぶりです」
「あはは、今の隊長はお前さんだろう? しかし、元気そうでなによりだよ」
再会を喜んでいる三人に、リリベットは微笑みながら席を立つと離席する旨を伝えた。
「ふむ、今日は私は席を外すのじゃ、三人で積もる話もあるじゃろう。ジンリィ、明日の晩餐は共に取らぬか? もちろんリョク殿も一緒になのじゃ」
「私は喜んでご相伴に預かるけど、トウキ殿には聞いてみないとねぇ」
リリベットは頷くと、さらに付け加えた。
「それではリョク殿の了承が取れたら、メイドか執事に伝えるとよいのじゃ」
「あぁ、わかったよ」
ジンリィの返事を聞くと、リリベットは三人の嬉しそうな顔をもう一度見てから、マーガレットを連れて部屋を後にするのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 大工房『土竜の爪』 工房長室 ──
急遽発生した議案は翌朝から会議を行うことが決まっており、宰相フィンはドワーフたちの大工房を訪れていた。伝統的に仲が悪い森人と鉱人だが、この国においては特に敵対しているわけではない。
フィンが工房長室に入ってくると、工房長ガウェインは両手を上げて驚いた素振りを見せる。
「なんじゃぁ、こんな穴倉にのっぽが来よったぞぉ!」
「久しぶりだな、ガウェイン。……十年ほどぶりか?」
ガウェインはその顔中を覆っている髭を擦りながら豪快に笑う。
「がっはははは! そうだなぁ、それぐらいになるかぁ? ロードスがいた頃は、もっと来よったがのぉ」
どこか懐かしそうな声色で言うガウェインだったが、相変わらず髭に隠れて表情は窺い知れない。フィンはミリヤムから預かってきた宝珠をガウェインの前に置く。
「これを見てもらいたいのだ」
「なんじゃぁ、こりゃぁ?」
ガウェインは首を傾げながら、宝玉を持ち上げて様々な角度で観察している。そして、それをテーブルに置くと、今度はフィンがその上に手を置いた。
「これは魔力式の記録装置だ」
フィンの手が微かに光ると、宝玉が輝きだしミリヤムが見た要塞の映像が映し出される。ガウェインはマジマジと、それを見ているのか顔を近付けている。映像が終ったあと、フィンが改めて尋ねた。
「これは愚妹がザイル連邦で撮ってきた映像だ。この軍事施設には『竜の心』が、二つ使用されている可能性があるという話だ。お前から見てどう思う?」
「ふむぅ……ちょっと待っておれぇ」
ガウェインは近くにあった樽から、巻かれた紙を引っ張り出すとテーブルに広げた。そして、ペンを取り出すとなにやら図面のようなものを描きながら、フィンに改めて再生するように催促する。
何度か再生された映像に対して、ガウェインは頷きながらペンを走らせ、図面らしいものを完成させてしまった。
「こんなもんかのぉ?」
「これは……要塞の図面か?」
「まぁなぁ、わかる範囲でだがぁ……ここを見ろぉ」
ガウェインは太い指で図面の一部を指差す。フィンが首を傾げながら尋ねる。
「そこに何が?」
「おそらく……ここと反対側からこんな感じに、エネルギーがぁ流れておるなぁ」
ガウェインは指を動かしてエネルギーの流れの説明を開始するが、頭脳明晰なフィンと言えど機械については、造詣が深いわけではないので首を傾げていた。
「つまり……どう言うことだ?」
「この要塞……おそらく動きよるわぃ!」
ガウェインが髭を擦りながら出した答えに、フィンは驚きの表情を浮かべるのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 子供部屋 ──
応接室を出たリリベットたちは、再び子供部屋に戻ってきた。子供部屋にはマリーとヘレンの他にミリヤムが残っており、さらにレオンとラリーが帰ってきていた。
ミリヤムの膝の上にはヘレンが寝ており、ミリヤムは微妙な表情でリリベットたちを出迎えた。
「リリベットちゃん、この子離れてくれないんだけど?」
「あははは、随分と気に入られたようなのじゃ」
リリベットは軽く笑いながら、ミリヤムが座っているソファーに座る。
「どれ……貸してみるのじゃ」
リリベットが手を差し出すと、ミリヤムはヘレンを抱き上げて彼女に手渡した。リリベットに抱きかかえられたヘレンは目を覚ましたが、リリベットの胸に顔を埋めると安心した表情で再びに眠りに付いた。
「ふふ……眠いようじゃな」
優しく微笑むリリベットに、ミリヤムは少し驚いた表情を浮かべてクスッと笑った。そんなミリヤムにリリベットが尋ねる。
「どうしたのじゃ? なにか面白いことでも思い出したのか?」
「あはは、違うよ。そうしていると、リリベットちゃんも母親なんだなって思ってね」
からかわれたかと思ったのか、リリベットは澄ました顔で
「当然なのじゃ……この子もそこにいるレオンも、私の可愛い子供なのじゃ」
と答えた。それに対して、ミリヤムは伸びをしながら口を開いた。
「子供か~、自分の子供とかまったく想像できないわ」
「あはは、私も産む前まではそうだったのじゃ」
リリベットは軽く笑うと改めて尋ねる。
「お主たちは長生きじゃからな、世継ぎを残すイメージは希薄なのじゃろうな。今まで気になる人とかは、いなかったのじゃろうか?」
「う~ん、いなかったわけじゃないけどねぇ……今もいるしね」
最後の方は独り言のような小さい呟きだったので、隣にいたリリベットも聞こえていなかった。彼女は微笑むとミリヤムの肩を軽く触れた。
「まぁ、また気になる人物と会うこともあるじゃろう。私で力になれることがあればいつでも申すのじゃ」
「ふふふ、万が一そうなったらお願いするわ」
ミリヤムはそう答えると、優しく微笑むのだった。
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『臣下の矜持』
リョク家のサイキ、つまりジオロ共和国の現大統領の依頼を受け、一時的な雇われとしてリョク家の護衛をすることになったコウジンリィは、オフィシャルな場所での行動が増えることから、実家に戻るようにマオリィに伝えた。
リョク家は、すぐにコウジンリィの強さに惚れこみ、正式に仕えるように要望したが
「お誘いはありがたいが……私は離れていても、リリベット・リスタ陛下の臣でございます」
と言って、これを断ったのだった。