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第88話「使者なのじゃ」

 リスタ王国 王城 子供部屋 ──


 リリベットたちが、一緒にヘレンと遊んでいると部屋をノックする音が聞こえてきた。マリーが扉を開けると近衛隊長のラッツが入ってきた。


「あら、ラッツじゃない! 久しぶりねっ」

「ミリヤム隊長っ!? いつ戻ったんですか?」


 ミリヤムは苦笑いをしながら、手を横に振って答える。


「もう隊長じゃないわ、隊長なのは貴方でしょう。しっかりやってるんでしょうね?」

「当然ですよ、陛下たちの安全は我々でしっかり守っています」


 ラッツが自信満々に答えると、ミリヤムはチラリとリリベットの方を見る。それに気が付いたリリベットは小さく頷いて答えた。


「うむ、ラッツは、しっかりやってくれておるのじゃ」


 リリベットの言葉にようやく安心したのか、ミリヤムは納得したように頷き、夫が褒められたマリーも誇らしげに微笑んでいた。


「して……ラッツよ。何か用があったから来たのじゃろ?」


 リリベットが首を傾げながら尋ねると、ラッツはハッと思い出したように頷くと改めて敬礼をした。


「あぁ、そうでした! 先ほど地下専用港に、グレートスカル号が入港しました」

「ふむ? 確か今回は定期便じゃろう? わざわざ私に報告するまでもないのじゃ」


 フェルトが外交から帰ってきた時や、予定された賓客が訪問する時以外は、リリベットと言えどグレートスカル号の動向にあまり気をかけていない。そんなリリベットの問いに、ラッツは頭を下げて答えた。


「予定された方ではないのですが……ジオロ共和国からお客様がいらっしゃっており、陛下に謁見を求めています」

「ふむ……誰じゃろうか?」


 ラッツは申し訳なさそうに答える。


「申し訳ありません。報告にはジオロ共和国のリョク氏としか確認してまいります」

「いや、よいのじゃ……半時後に会うと伝えるのじゃ。ログスが船に乗せたということは、身元がしっかりしておるのじゃろう」


 ログスはいい加減だが規則は守る男として、リリベットからは信頼されていた。リリベットは抱き上げていたヘレンをマリーに渡すと、ヘレンの頬に軽くキスをしてから、ラッツを伴い部屋から出て行った。


 残されたミリヤムは、ヘレンの頭を優しく撫でながら尋ねる。


「よし、お姉ちゃんと一緒に遊ぼうか?」

「あそぶのじゃ~!」


 遊んで貰えると聞いて、ヘレンは嬉しそうに笑うのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 謁見の間 ──


 着替えを済ませたリリベットは、謁見の間の玉座に来ていた。傍らには宰相のフィン、外務大臣フェルト、近衛隊が二十名ほど控えている。


 フェルトは首を傾げながら尋ねる。


「その人物は、リョクと名乗ったのかい?」

「うむ……リョクと名乗ったそうなのじゃ」


 フェルトは少し考えると口を開いた。


「ジオロ共和国で、リョク家と言えば大統領を含む政治家の一族の名前だね」

「ほぅ……そうなのじゃな。やはり重要人物じゃろうか?」


 リリベットたちがそんな話をしていると、扉のところで待機していた近衛の一人が訪問を報せる合図を送ってきた。リリベットは右手を軽く上げながら入室を許可する。


 そして扉が開かれると一人の青年と、その護衛と思われる女性が入ってきた。その女性を見たリリベットは大きく目を見開くと玉座から飛び立つ勢いで立ち上がり、向かってくる女性に対して両手を広げながら近付いていく。


「ジンリィ! あはは、ジンリィなのじゃ!」

「主上、長らくお暇しておりました。コウジンリィ、ただいま戻りました」


 ジンリィはリスタ王国式の敬礼をしたが、リリベットは構わずジンリィに抱きついて、彼女の背中を軽く叩く。


「本当に久しぶりなのじゃ!」


 リリベットがジンリィとの再会を喜んでいると、玉座の方から咳払いの音が聞こえてくる。リリベットが振り返ると、フィンが物凄く渋い顔をしながら彼女を見ていた。


「ぐぬ……」


 フィンの無言の圧力に負けたリリベットはジンリィから離れると、玉座に戻って取り繕うように口を開いた。


「うむ……失礼したのじゃ。私がリスタ王国女王リリベット・リスタなのじゃ」


 リリベットが先に名乗ると、ジンリィの横にいた青年はジオロ式の敬礼で答えた。


「お初にお目にかかります。ジオロ共和国大統領リョクサイキが弟、リョクトウキと申します。お見知りおきを」

「うむ、よろしく頼むのじゃ」


 リリベットは頷くと、トウキと名乗った青年を見る。


「しかし、随分と突然の訪問なのじゃ。貴国とは交易などを通じ友好関係を築いており、今後もそうでありたいと思ってはおるのじゃ。だが、些か外交的にも欠礼に当たると思うのじゃが……」


 リリベットの叱責に、トウキは再びジオロ式の礼を取ると大きく頭を下げた。


「まことに申し訳ありません、女王陛下。されど火急の用件にて、このような運びとなりました」

「うむ、まぁよいのじゃ。して……此度の訪問の用件はなんじゃろうか?」


 リリベットが改めて尋ねると、トウキはゆっくりとした口調で話しはじめた。


「女王陛下はザイル連邦とクルト帝国の情勢が、予断を許さぬ状況にになりつつあることは、ご存知でしょうか?」

「はて……予断を許さぬとは、随分と大仰な言い回しなのじゃ」


 リリベットは、まるでわからないといった様子で答えたが、ジンリィはクスッと笑う。


「あの可愛かった主上が、そんな腹芸ができるようになっているとは……ククク」

「むぅ……見透かされておるのじゃ」


 バツの悪そうな表情を浮かべると、リリベットは改めて口を開いた。


「帝国と連邦が一触即発の状況であることは、もちろん把握しておるのじゃ」

「やはりご存知でしたか、貴国の領土は小さくとも諜報に関しては天下一品と噂ですからね」


 トウキが笑いながら言うと、リリベットは面白くなさそうにフィンを一瞥して頷く。フィンは頷いてから一歩前に出る。


「これからは私が窺おう」

「そのお姿、貴殿がリスタ王国宰相フィン閣下でございますね? 貴殿のお噂はかねがね」

「それで何が言いたいのだ? 帝国と連邦は我が国にとっても重要な国であるが、その二国間の争いと我が国は関り合いを持つつもりはない」


 フィンがきっぱり言うと、トウキは少し困った表情を浮かべた。


「どうやら私が言いたいことは、すでにわかっておいでのようだ。我がジオロ共和国も二国間の争いを望みません」

「ふむ?」

「クルト帝国とザイル連邦に、太いパイプを持つ国は我が国と貴国だ」


 三大国家であるクルト帝国、ザイル連邦、ジオロ共和国はそれぞれの大陸を治めている覇権国家である。当然外交的には太い繋がりを持っている。そんな中でリスタ王国は小国なれどノクト海の航海権を駆使して、その三国とも友好関係を築いている。


「貴国には両国が衝突した場合、その調停役をお願いしたいのです」


 その言葉に、リリベットは少し驚いた表情を浮かべていた。しかし、フィンはジオロ共和国の要請がわかっていたのか、特に驚いた様子はなかった。


「我が国としても両国の争いは望むところではないが、何故貴国がそれをなさらないのですかな? 我が国より容易かと思われるが……」

「確かに国力から考えれば、我がジオロ共和国が調停を行うのがよろしいでしょう。しかし、外交にはバランスというものがあります……お分かりでしょう?」


 リョクトウキの話では、ジオロ共和国は現状維持を希望しており、その為に調停役としても戦争に介入すべきではないと考えているようだった。クルト帝国とザイル連邦が戦争をした場合、どちらかが大勝すると勝利国の力が増加する可能性を考慮して、講和を望んでいるのだ。


 フィンは少し考えたあと、リリベットに耳打ちをする。リリベットは小さく頷くとトウキに向かって告げる。


「リョク殿、貴国の要請は理解したのじゃ。しかし、突然の話で臣下と相談する必要があるのじゃ」

「心得ております」

「では、しばらく滞在すると良いのじゃ。誰か彼らを貴賓室へ、お連れするのじゃ。ジンリィは後で私の部屋に来て欲しいのじゃ」


 トウキはお辞儀をする。そしてジンリィは微笑みながら頷くと、トウキと一緒に謁見室から出ていくのだった。リリベットはそれを見送ると、ため息をついて玉座に深く腰掛けて呟く。


「また面倒ごとが増えた気がするのじゃ」





◆◆◆◆◆





 『師匠の帰還』


 謁見が終ると、リリベットはすぐに南の城砦に伝令を送った。コウジンリィの帰国を、彼女の弟子であるコウマオリィと同じく部下だったミュゼ・アザルに報せるためである。


「えっ、師匠が見つかった!?」

「ジンリィさんが戻ったですって!?」


 食事中だった二人は急いで口に詰め込む、と急いで出掛ける準備を始めるのだった。

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