第87話「竜の心なのじゃ」
リスタ王国 王城 宰相執務室 ──
ミリヤムがリスタ王国に戻ってきた翌日、リリベットはミリヤムの訪問の報せを受けて宰相執務室を訪れた。
入室するなりミリヤムを見つけると、リリベットは両手を広げて彼女に近付く。ミリヤムもそれに合わせて近付くと軽くハグを交わした。
「ミリヤム! よく来たのじゃ。変わり無いようじゃな?」
「リリベットちゃん、お久しぶり! 一段と美人になったわねっ!」
かつてはミリヤムの方が大人びていたが、現在は逆にリリベットのほうが大人びて見える。これは森人などの寿命が長い所属と、人族の成長速度が違うために起きる現象である。
ミリヤムと離れたリリベットは、眉を吊り上げてから首を少し横に振った。
「ミリヤム、お主……少し酒臭いのじゃ」
「あはは、昨日筋肉のところで少し飲んでねぇ」
ミリヤムは軽く笑っていたが、兄であるフィンは呆れた様子で口を開いた。
「まったく、この愚妹が……」
「あら兄さん、私だって子供じゃないんだから、お酒ぐらいいいじゃないっ!」
「飲みすぎだと言っているのだ」
ちょっとした兄妹喧嘩に、リリベットがクスッと笑うと両手を広げながら二人の仲裁をする。
「まぁ、よいじゃろう。たまにはハメを外すこともあるのじゃ」
フィンはため息を付くと執務机の席から立ち上がり、二人にソファーを勧めて自身はミリヤムの隣に座った。
「それで話が途中だったが……何か報告があるんだったな、ミリヤム?」
「あっ……うん。どこから話せばいいかな」
ミリヤムは少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「ザイル連邦の遺跡を冒険してたときなんだけど……」
ミリヤムの話は、友人になったドラゴンの話から始まった。そのドラゴンの話では、バルドバ王が若い頃に一度ドラゴンの征伐を行ったこと、その時討たれたドラゴンの兄弟が、復讐のために首都ロイカを襲撃した。しかし、バルバド王の息子で第二王子のラドン・バルバドによって、討伐されてしまったという。
そして、この語ったドラゴンも危うく討伐されかかり、重傷を負って遺跡に隠れているところをミリヤムと出会ったそうだった。。
「ふむ、ザイル連邦にはドラゴンを倒すほどの武力や、軍事力があるという話じゃろうか?」
リリベットが首を傾げながら尋ねると、ミリヤムは首を横に振った。
「そうじゃないの……二回の討伐で彼らは『竜の心』を手に入れたらしいのよ」
「な……なんだと!?」
ミリヤムの言葉に、普段は取り乱すことがないフィンが驚きの声を上げる。リリベットも驚いてはいたが、どちらかと言えばフィンが取り乱したことの方に驚いていた。
彼らがこれほど驚くのには理由があった。『竜の心』とはドラゴンから稀に獲れる鉱石で、常に不思議なエネルギーを放っており、魔導帆船グレートスカル号のメイン動力でもある。
グレートスカル号の強さは装甲も含め、それだけではないが『竜の心』は強さの一端であるのは間違いなかった。『竜の心』は、それほど危険な存在だと言える。
「『竜の心』を手に入れても、あの国に有効活用できるほどの技術力があるのじゃろうか?」
リリベットの言う通り、ザイル連邦は肉体的な強さを誇示するあまり、技術的にはさほど発展していないイメージがあるのだ。
ミリヤムは頷くと、宝玉とザイル連邦の地図をテーブルに広げた。
「私もそう思って、調べてみたんだけど……使っていそうな施設はここね」
首都ロイカより、やや北寄りの大陸西部に位置する場所を指差しながらミリヤムが答えた。
「そこには何があるのだ?」
「これを見て」
フィンが尋ねると、ミリヤムは宝玉を指で軽く叩いた。それに呼応したように宝玉には映像が映し出される。
「ほぅ、これは珍しいのじゃ」
「いいでしょ、魔力を使って見たものを記録する宝玉よ」
映像には、かなり物々しい軍事施設が映し出されており、フィンたちは唸りながらそれを見ていた。
「どうやら城砦のようだな? しかし……なぜ、こんな海上に?」
「他の大陸からも離れておるし、何から守るための砦なんじゃろうか?」
二人の疑問はもっともであり、ミリヤムも同じ感想を抱いていた。
「どうやら戦争の噂もあるようじゃない? とにかくこの砦には注意したほうがいいわ」
「ふむ……この宝玉を少し借りるぞ。ガウェインに相談してみよう、何かわかるかもしれない」
「割らないでよ?」
「誰に言っているのだ」
フィンはそう言うと、宝玉を手に部屋から出ていってしまった。リリベットは取り残されたミリヤムに微笑み掛ける。
「ふむ……ミリヤムは、ヘレンは会ったことがなかったじゃろう?」
「リリベットちゃんの娘さんだっけ? そう言えば会ったことはなかったわね」
「是非会ってやってほしいのじゃ」
「もちろん! 子供の頃の陛下みたいに生意気なのかしら?」
ミリヤムがクスクスと笑うと、リリベットは笑いながら答えた。
「とてもいい子なのじゃ。時々とんでもないことをするのじゃが……」
「あはは、子供なんてそんなものよ」
リリベットは、そのままミリヤムを連れて子供部屋に向かうことにした。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 子供部屋 ──
リリベットたちが子供部屋を訪れると、中にはヘレンとマリーがいた。ヘレンは小人のシブと遊んでいるため、リリベットたちに気が付かなかったが、マリーは一瞬驚いた顔を浮かべるとお辞儀をしてリリベットたちを出迎えた。
「陛下、珍しい方をお連れですね?」
マリーが澄ました顔で尋ねると、ミリヤムはニヤリと微笑んだ。
「久しぶりね。みんな結構変わってるけど、あんたはあんまり変わらないわね」
「ミリヤムこそ、お変わり無いようですね。いつ戻られたので?」
「昨日、着いたばかりよ」
マリーたちが話していると、ようやくリリベットにヘレンが気が付いたようで、シブを手にしてリリベットに駆け寄ってきた。
「かぁさま~」
「ヘレン、こちらにくるのじゃ」
リリベットはヘレンを抱き上げると、ミリヤムに顔が見えるように向ける。ヘレンは一瞬驚いた顔をしたが、首を傾げながら口を開いた。
「ふぃん!」
「あははは、違うのじゃ。こやつはミリヤム、フィンの妹のなのじゃ」
リリベットに紹介されたミリヤムは、マジマジとヘレンの顔を覗きこむ。
「この子がヘレンちゃん? 可愛いらしい子ね。リリベットちゃんに似てるかな、目元はフェルト君に似てる気がするよ」
「ふむ……ミリヤムよ、あまり顔を近づけぬほうがいいのじゃ」
「えっ……きゃぅ!?」
ヘレンに、突然耳を触られたミリヤムは思いっきり後ずさる。
「ヘレンは長い耳が気になるようなのじゃ。フィンも最初の頃は、よくやられておったのじゃ」
「兄さんが子供の相手をしてる姿が、想像できないわ!?」
ミリヤムは耳を擦りながら、再び近付くとヘレンの頬をプニプニと突く。
「悪戯っ子だね、君は~」
「やぁっ!」
突かれるのを嫌がってヘレンが手で払いのけると、ミリヤムはスッと手を引っ込めた。その拍子にヘレンが手にしていた、小人のシブの存在に気が付いたミリヤムは興味津々に呟く。
「その子、妖精族よね? 珍しいのを連れているわね」
「ピャー!」
見つめられているのに気が付いたのか、シブは甲高い声を上げる。ミリヤムはシブを摘み上げると、マジマジと観察する。
「妖精族は普通に喋れるはずだけど、この子はまだ子供かしら? この子たち、見た目で年齢がわからないのよね」
「ほぅ、詳しいのじゃな?」
「まぁね、エルフが住むような森には、この子たちも住み着くから子供の頃はよく遊んだわ」
懐かしそうに語るミリヤムに、ヘレンが不満げに手を差し出す。
「かえしてっ」
「はいはい、ごめんね」
ミリヤムがシブをヘレンに差し出すと、彼女はシブを抱き締めるように引き寄せた。その様子を見てミリヤムが呟いた。
「随分と懐いているわね」
その言葉にヘレンは特に気にした様子はなく、シブとジャレながら笑顔を浮かべるのだった。
◆◆◆◆◆
『妖精族』
輝きの森など森人などが住む森に、同じように生息している精霊種。
五人から八人程度の集団生活し、周辺の環境に合わせて同じ言語を話すようになる。しかし、彼ら同士のコミュニケーションには言語による会話が必要ないようで、鳥の鳴き声のような音が聞こえてくるだけである。
空気中の魔力で勝手に実体化するなど、精霊種の中ではかなり珍しい性質を持つ種族でもある。
いつの間にか増えていることから、学名では増殖する者と呼ばれている。