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第86話「小人なのじゃ」

 幽霊船騒動が治まってから約二週間が経過していた。その間リスタ王国にも、その周辺国にも大きな動きはなく、リスタ王国は今日も平和である。



 リスタ王国 王城 中庭 ──


 現在ラリーはヘルミナの授業を受けており、外で遊びたがったヘレンはマリーと中庭に来ていた。マリーは少し離れたところで見守っており、ヘレンはいつものように周辺を駆け回って遊んでいる。


「ヘレン殿下、あまりはしゃぎすぎると転びますよ!」

「わかってるのじゃ~……っぷ!?」


 忠告の甲斐もなく物の見事に転んだヘレンだったが、幸い柔らかい芝生で黒猫のノワを抱きしめていたからか怪我はなく、再び笑いながら走り回りはじめた。


「ほっ、大丈夫そうね」


 マリーは安堵のため息を付くと、ヘレンが疲れて戻ってくるまでの間に、おやつの準備をはじめている。




 しばらくして走り回ることに飽きたのか、ヘレンは近くにノワを置いて土弄りをはじめていた。小虫を見つけては追いかけるように跳びかかるが、なかなか捕まえられなかった。


「えぃなのじゃ!」


 それでも繰り返している内になんとか捕まえたが、じーっと見てからそっと解放する。そんなことを繰り返していると、草の陰に何かがいるのに気が付いた。


 それは子供のような姿をしてるがとても小さく、ヘレンの掌に乗れるほどの大きさだった。ヘレンと目があった小人は、完全に固まってしまっている。ヘレンはガシッと小人を掴むとマジマジと見つめ、抱きかかえるとノワを拾いあげて、マリーの元に駆けていく。


 駆け寄ってきたヘレンに、マリーは微笑みながら尋ねる。


「あら、ヘレン殿下。休憩ですか? そこの盆で手を洗ってください、オヤツにしましょう」

「オヤツなのじゃ!」


 ヘレンは小人をテーブルに置くと、手を洗って椅子に座った。マリーはお茶の用意をして、焼き菓子と一緒にヘレンの前に置いた。そして小人の存在に気が付くと、首を傾げて尋ねる。


「あれ、ヘレン殿下? その人形はどちらから持ってきたのですか?」

「ひろったのじゃ!」


 ヘレンは焼き菓子を頬張りながら元気良く答えた。


「誰かの落とし物でしょうか? ……なっ!?」


 マリーは小人を拾い上げると驚きの声を上げた。人形と思っていたそれは、生き物のような温かみがあり、緊張した様子で表情を強張らせていたのだ。


「これ、生きてるじゃないですか!?」

「ヘレンの~!」


 ヘレンが両手を差し出して渡すように求めてきたが、マリーは首を横に振ってそれを拒否した。


「いけません! このような得体も知れないもの!」

「ヒャ-!」


 掴んでいる手の力が僅かに入ってしまったのか、小人は痛みを訴えはじめた。


「しゃべった!?」


 それに驚いたマリーは思わず手を離してしまう。テーブルの上に落下した小人は、ヘレンのほうに駆け寄ると彼女はそれを抱き締めた。


「かわいいのじゃ!」

「ヘレン殿下、返してください」

「やっ!」


 ヘレンが首を横に振って抵抗したので、マリーは焼き菓子の乗った皿を持ち上げる。


「それでは焼き菓子はお預けです!」

「やぁ~やぁなの~!」


 ヘレンは激しく抵抗したが結局お菓子の誘惑には負けてしまい、小人をマリーに差し出した。マリーは小人をリボンで、ぐるぐる巻きにするとヘレンの側に置いた。


「こんな生物を見たのは、私も初めてです。とりあえず拘束しますが、あとで詳しそうな方に聞いてみましょう」

「あーんなのじゃ~」


 ヘレンが、拘束されている小人に焼き菓子の欠片を差し出すと、小人は小動物のように食べはじめた。その姿に興奮したのか、ヘレンははしゃぎだすのだった。


「可愛いのじゃ~!」



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 女王執務室 ──


 リリベットが宰相と話していると、マリーがヘレンを連れて執務室に現れた。仕事中はあまりくることがない二人に、リリベットは少し驚いた様子で尋ねる。


「ど……どうしたのじゃ、何かあったのか?」

「いえ、それが……中庭で、このような者を発見しまして……」


 マリーはそう言いながら、リボンでグルグル巻きになっている小人をリリベットたちの前に置いた。リリベットは首を傾げながらそれを持ち上げると、驚いて宙に投げ捨てた。マリーは慌ててそれを空中でキャッチして、再びリリベットたちの前に置いた。


「なんじゃそれは……生暖かいのじゃ!?」

「ほぅ?」


 宰相フィンが小人を持ち上げると、じっと見つめてからテーブルの上に置いた。


「これは精霊種ですな、妖精族です。エルフの森には沢山いるのですが、このような人里では珍しいな」

「それは何なんですか、宰相閣下?」

「多少悪戯好きではあるが、可愛いもので害はさほどない。それに気に入った人に懐く習性もある。精霊種の中でも珍しく、実体化に契約がいらない種族で、普段は五人~八人ぐらいで集団生活をしてるのだが……」


 フィンは不思議そうに首を傾げていた。


「それで、どこで見つけてきたのじゃ?」

「ヘレン殿下が中庭で見つけまして、たいそう気に入ったようで一緒にいたいと申しておるのですが……それで陛下の許可をいただきにきました」


 リリベットが微妙な顔をしていると、ヘレンはテーブルの上から小人を拾いあげて抱きしめる。


「ともだちなのじゃ~!」


 小人も特に抵抗する様子はなく、ヘレンにすり寄っていた。それを見たフィンは小さく頷く。


「どうやら王女殿下に懐いているようですな」

「う~む……害はないのじゃな?」

「はい、逆に気に入った者を守ったりしますよ」

「うむ、ならばよいじゃろう。ヘレン、大事にするのじゃぞ?」


 リリベットの許可を得たヘレンは、にぱーっと笑うとリリベットに抱きついた。


「かぁさま、だいすきなのじゃ~」


 こうしてヘレンの友達に小人の精霊種が加わることになり、名をシブと付けられたのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 衛兵詰所 隊長室 ──


 リスタ王城に最も近い衛兵詰所は、衛兵隊長のゴルドがいる詰所である。そんな彼を尋ねて客が一人訪れていた。それを受けて若い衛兵が、ゴルドの元にやってきた。


「隊長、お客様です。何でも隊長の友人だとかで……」

「あ~友人だと? 知らん、知らん、俺は夜勤明けで疲れてんだ。わりぃが出直してきてもらえ」

「ちょっと、私を門前払いしようだなんて、いいご身分ねっ!」


 その声は若い衛兵の真後ろから聞こえ、衛兵が驚いて振り返った。


「こ……困ります、勝手に入ってこられては!?」


 そして慌てた様子で抗議するが、その声の主は腰に手を当てて答える。


「私は困らないわ!」


 その様子に、ゴルドは豪快に笑いながら衛兵に告げる。


「がっははは、相変わらずだな。おぅ、もう行っていいぞ、そいつなら問題ない」

「えっ、あ、はい!」


 若い衛兵は敬礼をするとゴルドの部屋から出ていき、そしてゴルドは椅子に腰掛けると客人にも椅子を勧めた。


「おぅ久しぶりだな、まな板!」

「相変わらず口が悪いわね、筋肉!」


 フードを脱ぐと美しい金髪に長い耳を持った美少女、冒険者ミリヤムの顔が現れた。それを見たゴルドは軽く笑いながら答える。


「がっははは、お前さんは本当にまったく変わらんな」

「アンタはふけたんじゃない? 白髪が目立つわよ?」

「うるせぇよ、老いてますます精悍になっただろうが」

「はいはい、そうですね~」


 まったく心がこもってない返答にゴルドは苦笑いを浮かべると、ベッドの脇から酒瓶をジョッキを取り出すと、酒を注いでミリヤムの前に置いた。


「いつ帰ってきたんだ?」

「本当に今さっきよ、真っ先に来てあげたんだから感謝しないさよねっ!」


 二人はジョッキを持ち上げると、軽く打ち鳴らして一気に煽った。


「うえっ、まずいわ……もう少しまともな酒を飲みなさいよ」

「文句言うんじゃねぇよ」

「仕方がないわね……ほら、これお土産よ」


 ミリヤムは、そう言いながらカバンから酒瓶を取り出すと、ゴルドに差し出した。ゴルドは嬉々してそれを受け取ると、ラベルを見て口笛を吹く。


「ひゅ~♪ これは上等な酒だな、愛してるぜミリヤム」

「なっ……何言ってるのよ、この筋肉がっ!」


 ゴルドの軽口に、ミリヤムは耳まで真っ赤にしながら怒鳴りつけた。ゴルドは楽しそうに笑うと、さっそくその酒瓶を開けて、自分とミリヤムのジョッキに注いだ。


「じゃ、改めて再会に!」

「ぐぬぬ……再会に!」


 二人は再びジョッキを打ち鳴らして、一緒に飲みはじめるのだった。





◆◆◆◆◆





 『衛兵隊長の噂』


 その晩ゴルドと酒を酌み交わしていたミリヤムは、完全に酔い潰れてしまった。ゴルドは仕方が無くミリヤムを隊長室に泊めることにしたのだが、この出来事がのちに若い衛兵たちの間で噂になった。


「隊長が女を連れこんだって、本当なのか?」

「あぁ、結構な美人だったぜ」


 そんな不祥事とも取られかねない噂だったが、ゴルドがいつまでも結婚しないことを気にしていた隊員たちも多く、比較的好意的に受け取られたのだった。

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