第82話「船の手配なのじゃ」
リスタ王国 王城 食堂 ──
その日はリスタ王家が揃って晩餐を取っていた。ヘレンにはマリーが付いて食事の手伝いをしている。晩餐時の話題は日々の出来事になることが多いのだが、食事の中盤でリリベットがレオンに尋ねた。
「そう言えば、レオン? お主仲間たちと『幽霊船』を追っているそうじゃな?」
その質問に、レオンはビクッと震えると固まってしまった。これまでレオンは、この話題を意図的に避けていた、漠然とだが母には止められると思っていたからである。リリベットは、黙っているレオンに改めて尋ねる。
「どうなのじゃ?」
「は……はい、母様。友人と一緒に授業で発表するために、いろいろ調べてます」
おずおずと答えるレオンは少し縮こまっている。リリベットが何かを言いたそうにしていると、フェルトが間に入ってきた。
「リリー、『幽霊船』ってアレだろ? 子供たちのちょっとした冒険になら丁度いいんじゃないかな?」
「しかしじゃな……やはり危ないじゃろう?」
フェルトは、クスッと笑いながらウィンクをする。
「君も小さい頃は、結構無茶なことをしてたと思うけど?」
「むむむ……そんなに無茶なことはしてないのじゃ」
その言葉に、マリーは顔を背けて笑っている。リリベットは一度咳払いをすると、改めてレオンに告げる。
「ごほんっ! とにかくじゃ、あまり危険なことはしないようにするのじゃぞ?」
「えっ、あ……はい、わかっています、母様」
レオンが慌てながら返事をすると、リリベットは心配そうな眼差しのまま頷いたのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 ラフス教会 ──
翌日の放課後ラフス教会の一室に『幽霊船』を追っているメンバー、レオン、シャルロット、ジェニス、カミラ、ジーク、ラケシス、イシスの七人が、今後の方針を決めるために集まっていた。
サーリャはシャルロットが、たくさん友達を連れてきたことに大喜びでお茶の準備をしている。その様子にカミラが呟く。
「あんたのおねーさんって、なんだかお母さんっぽいよね?」
「うちのマ……母さんは、あんなことしてくれない」
シャルロットの母、つまりピケルの妻になるが、彼女も女海賊であり、海賊オクトノヴァ傘下の海賊団の頭目の一人である。およそ家庭的な感じはなく、シャルロットが海賊になりたいと言えば、大喜びするような女傑だ。
基本的に放任主義で、あまりオクトノヴァに戻ってこないが、定期的に手紙を送って娘の様子を確認しているらしい。
みんなのおしゃべりが一区切りついたところで、サーリャがキッチンより戻ってきた。そして、テーブルにお茶と焼き菓子を用意する。
「みんな、ゆっくりしていってね」
サーリャはそう言い残すと、シャルロットにウィンクを送ってから部屋を後にする。その後、レオンが昨日気が付いたことを話しはじめた。
「そう言えば、父様と母様は『幽霊船』のことを知ってるみたいなんだ」
「女王陛下とフェルト様が?」
ジークが改めて尋ねるとレオンがゆっくりと頷く。ラケシスはあまり考えずに首を傾げる。
「女王陛下なら、この国で起きていることを把握しているのは当然じゃないかしら?」
「う~ん、どうだろう? 聞けなかったけど正体を知っている感じだったんだ」
カミラは少し震えながら尋ねる。
「ひょっとして国家機密が関わってたり?」
それに対して、面白そうに笑ったジェニスが口を開いた。
「国家機密か……なかなか面白い発想だね。でも悩んでいても仕方がないし、今後の方針を決めていこう」
全員が頷くのを確認してから、ジェニスは用意した紙を全員に見せる。紙には今日までに調べた情報の概略と、今後必要なことが書いてあった。ジークはそれを見て興味深く頷く。
「ジェニス君は、お母様と一緒で文官の才能がありそうだね」
「はは、ありがとうございます」
ジェニスが照れながら笑っていると、ラケシスとカミラが手を上げてきた。ジェニスは首を傾げながら、彼女たちに発言するように手で示す。
「前回とペアを替えよう!」
「うん、替えよう!」
かなりの勢いで言われ、ジェニスは驚いて後ずさりする。
「えっと僕は発表をするために、まとめる準備をやろうと思う。だから残りの人たちで、ペアになって船の調達組と調査組を二組作りたいと思うから、自由に決めてもらっていいけど……シャルロットさんは調達組になってもらいたいかな? オルグさんと話せそうなの君だけだしね」
「わかった、じゃあたしがキャプテンオルグと話してみるよ」
シャルロットが承諾すると、カミラがレオンに近付き手を上げた。
「じゃ、私とレオンさまで噂の調査に行ってくるわ!」
「あっ……こらカミラ、ズルいぞっ!」
シャルロットが文句を言うと、カミラは舌を出してからかうように言う。
「前はシャルロットが、レオンさまと一緒だったんだからいいじゃない!」
「ぐぬぬ……」
シャルロットが悔しがっていると、ジークが手を上げて
「じゃ私がシャルロット君と……」
と言いかけたが、今度はラケシスが間に入って邪魔をする。
「ジークさんは、私と一緒ねっ!」
「いや……わかった、そうしようか」
ラケシスの懇願するような瞳にジークが折れて承諾すると、イシスはため息をつく。
「まったくラケシスは仕方ないわね。じゃ私がシャルロットと一緒でいいかしら?」
「……よろしくお願いします」
シャルロットは納得いかない様子だったが、仕方なくイシスと組むことを承諾するのだった。
◇◇◆◇◇
ラフス教会を出発したメンバーのうち、レオンとカミラが貴族街、ジークとラケシスは移民街、そしてシャルロットとイシスは、オルグに会うためにリスタ港へ向かっていた。
リスタ王国 王都 リスタ港 ──
港に辿り着くと船乗りたちが荷降ろしをしていた。イシスは少し怯えた顔をして、シャルロットの後に隠れている。
「イシスさん、どうしたの?」
「船乗りさんって、なんだか怖いのよね。粗暴そうで……」
「あはは、全然大丈夫だよ。おーい、そこのおっちゃ~ん!」
シャルロットは軽く笑うと、近くにいる船乗りに声をかける。
「なんだ、小娘? こんなところにいちゃあぶねぇぞ」
「あたしたち、キャプテンオルグを捜しているんだけど、どこにいるかな?」
忠告を完全に無視された船乗りは微妙な顔をしたが、顎で桟橋の先を示す。
「オルグの旦那なら、たぶん桟橋の先にいると思うぜ」
「ありがと~おっちゃん!」
シャルロットとイシスはお辞儀をすると、そのまま桟橋の先に向かって歩いていく。シャルロットは後を振り向く。
「ほら、いい人だったでしょ?」
「まぁ、そうね……ちょっと顔が怖かったけど」
二人がそのまま桟橋を進むと、一人の老人が釣り糸を垂らしていた。
「キャプテンオルグ!」
シャルロットが声を掛けるとオルグは顔だけ後ろに向けて、声をかけてきた少女を睨み付ける。
「ん~……あぁ、ピケルの娘じゃねぇか、えっと……確か名前は」
「シャルロット・シーロード!」
シャルロットが怒りながら言うと、オルグは思い出した様子で頷いた。
「おぉ、シャルロット、そうだったな! そっちの娘は見たことないと思うが……ワシが忘れているだけかのぉ?」
「いいえ、はじめまして。私はイシス・エアリスです。キャプテンオルグ、お会いできて光栄ですわ」
名前を聞いて眉を少し動かすと、ジーっと見つめて頷きながら豪快に笑った。
「エアリスって、お前さん……マリー嬢の娘か? すげぇ似てるなっ! がっははは」
シャルロットたちは、そのまま『幽霊船』のことを話して、船を出してくれないか頼んでみた。オルグは当初微妙な顔をしていたが、目を輝かせながら語るシャルロットを自分の若い頃を重ねたのか、最終的には了承してくれたのだった。
「船出すのはいいんだが……おめぇーら、面倒くせーことにならないように、ちゃんと親の許可は取ってこいよ? 特にレオンの坊主は絶対取って来い、それが守れるなら乗せてやるぜ。次に霧が濃くなるのは、たぶん三日後の朝だ。それまでに許可取って来い」
「すごい! いつ霧がでるなんかわかるんだ?」
シャルロットは、オルグを憧れの瞳で見つめながら尋ねる。オルグは豪快に笑いながら答える。
「がっはははは、当たり前だっ! ワシが何年海で生きてると思ってやがる!」
こうして船を出して貰う許可を取れたシャルロットたちは、オルグと別れ集合場所の教会に向かうのだった。
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『その他の調査』
レオンがいることで貴族街でも邪険に扱われることはなかったが、まだ貴族たちの間では『幽霊船』の噂は届いておらず、他愛もない世間話で終ってしまった。
ジークたちが向かった移民街でも同様で、目ぼしい情報を入手することはできなかったが、ジークと一緒に歩けたラケシスは嬉しそうだった。