第81話「開発なのじゃ」
ジオロ共和国 港町セイコー ──
港町セイコーはジオロ共和国南西にある町で、共和国内最大の港町でもある。ここにもグレートスカル号級が停泊できる大型の施設があり、大陸間の移動の窓口として大いに栄えていた。
現在グレートスカル号は、この港に停泊している。船長のログス・ハーロードは、荷を降ろしている船乗りたちに声をかける。
「おい、荷降ろしの方は順調か?」
「へぃ、もう少しで終る予定でさー」
テキパキと働く船乗りたちを見ながら、満足そうに頷くログスに一人の青年が声をかけてきた。その青年は身なりがよく、歳の頃は二十半ばから後半といった感じで、美しい黒髪と整った顔を持つ美男子だった。
ログスは首をコキコキと鳴らしながら尋ねる。
「ん~? なんだ、お前さんは?」
青年は、ログスに対してジオロ式のお辞儀をする口を開いた。
「貴方が船長ですね、私はリョクと申します。大至急ムラクトル大陸へ行きたいのですが、この船に乗せていただけないでしょうか?」
ログスは眉を吊り上げてながら首を横に振った。
「あんたは商人か? 悪いが船に乗れるのは、リスタ王国の女王陛下の許可を得た奴だけだ、許可がない奴ぁ乗せられないぜ」
「ふむ……やはりそうですか、どうにかなりませんか?」
青年は再び懇願するが、ログスは首を横に振って答える。
「悪いが無理だな……っと!?」
その時、二人の間に突然何かが飛んできた。咄嗟にそれを手にするログスはそれを確認する。
「酒……上等なもんだな? あぶねぇだろ! 誰だ、こんなもん投げやがったのは!」
飛んできたものは上等な酒瓶だった。ログスが怒鳴りつけると、一人の女性が二人のところに近付いてくる。ログスは彼女を見て驚いた表情を浮かべた。
「あ、あんたは……随分と久しぶりじゃねぇか?」
「この人は私の連れなんだ……乗せてもらえないだろうか、船長?」
女性の言葉に、ログスは豪快に笑い出す。
「がっはははは、アンタは陛下の許可が出てるだろ? いいぜ、あんたの連れだってんなら、そいつも乗せてやるぜ」
「ありがとうございます、船長」
青年が丁寧にお辞儀をすると、ログスは近くにいた船乗りを呼び出して、客室に案内するように伝えた。その二人を見送りながら、ログスは先ほど渡された酒瓶を開けてラッパ飲みで煽る。
「カァァァ、うっめぇーな、こりゃ! それにしても……相変わらずいい尻だぜ!」
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 女王執務室 ──
リリベットが執務室で書類に目を通していると、前室から来客を報せるメイドの声が聞こえてきた。マーガレットが取り次ぎ、リリベットの元まで来ると報告をする。
「陛下、ドロシアさんが御目通りをご希望しておりますが?」
「ふむ、なにか問題でもあったのじゃろうか? よいのじゃ、通せ」
マーガレットは頷くと再び扉のところまで行き、ドロシアを連れて戻ってきた。
「女王陛下、御目通り感謝致します」
ドロシアが丁寧にお辞儀をすると、リリベットは右手を軽く上げて返した。
「今日はどうしたのじゃ? いつもは報告書で済ませるじゃろう、何かトラブルでも?」
「いいえ、ついに温泉を掘り当てることができましたので、ご報告に来ました」
自身満々で答えたドロシアに、リリベットは大きく目を見開いて驚いた。
「おぉ、それは凄いのじゃ! 若干半信半疑であったが、お主が言っていた通りだったのじゃ」
「ありがとうございます」
「して……今後はどうなるのじゃ?」
リリベットが首を傾げながら尋ねると、ドロシアは手にした資料をリリベットに差し出しながら答えた。
「まずは人体に問題がないか水質の調査です。続いて資料にある通り温度が高すぎるので水温の調整や、宿泊施設の建造などですね」
「ふむ……そうなると、以後はエイルマー大臣の指示に従って進めて欲しいのじゃ。エイルマーには、私から指示を出しておくから心配はいらぬのじゃ」
「わかりました。それでは私はガルド山脈に戻り、引き続き水質調査を行います」
ドロシアはそう答えると、部屋から出て行ったのだった。それを見送ったリリベットは、温泉というものを想像しながら呟いた。
「情勢が安定したら、ゆっくりしてみたいものじゃな……」
リリベットはドロシアが置いていった資料に目を通しながら、マーガレットに国務大臣エイルマーなどを呼ぶように頼んだ。マーガレットは頷くと、そのことを伝えに部屋を後にするのだった。
それからしばらくあと、リリベットの執務室に国務・内務・財務の三大臣が訪れていた。
国務大臣エイルマー・バートラムは、ドロシアと共に温泉街計画を立てた人物である。その横には内務大臣クロノス・ポートランという中年男性が立っている。彼は前内務大臣から推挙された人物で、宰相フィンの忠実な部下であり、主にリスタ王国の内政面を支えている。
大臣衆の中で最も目立たない大臣などと揶揄されることもあるが、王都の都市計画などは彼や先代の内務大臣の実績と言える。
そして、財政面を司っている財務大臣のヘルミナ・プリストだ。
「お呼びでしょうか、女王陛下?」
「うむ、よく来てくれたのじゃ。早速じゃが、先ほどドロシアが来て温泉を掘り当てたと報告があった」
エイルマーは事前に報告を受けていたのか頷いていたが、クロノスとヘルミナは驚いていた。
「それは凄い、本当に存在していたのですね? 私なんてガルド山脈の開発予算を、どう縮小させようかと考えていました」
ヘルミナの冗談とも本気ともわからない言葉に、エイルマーは信じられないといった表情を浮かべている。
「ごほんっ! まぁとにかくなのじゃ……温泉が掘れた以上、有効活用するのがよいじゃろう。そこでエイルマーを中心に開発を進めて欲しいのじゃ」
「ありがとうございます、必ず国益となるよう務めてまいります」
エイルマー大臣が敬礼をすると、クロノスとヘルミナもそれに続いた。
「うむ、よろしく頼むのじゃ。資金面や何かトラブルがあれば、相談に来るとよいのじゃ」
「はっ!」
三大臣は再び敬礼をすると、計画を練るために部屋を後にするのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 子供部屋 ──
リリベットがマーガレットを引きつれて子供部屋に来ると、そこにはヘレン、ラリーの二人と子守のマリーがいた。
リリベットがソファーに座ると、ヘレンが飛びついてきた。
「かぁさまなのじゃ~」
「こら、ヘレン! あぶないのじゃ」
リリベットに叱られても特に気にした様子はなく、ヘレンはリリベットの腰に抱きついて甘えている。リリベットは諦めたようにため息をつくと、彼女の頭を優しく撫でる。
ラリーも近付いてきて、リリベットにお辞儀をする。
「ふむ、ラリーも元気そうじゃな? そう言えばラリーは、六つになったそうじゃな? 王立学園へは入学するのじゃろうか?」
いきなり尋ねられたラリーがモジモジしていると、マリーが代わりに答えた。
「はい、陛下。この子には、次の受け入れから通わせようと思っています」
「ふむ……ヘルミナに聞いた話では、ラリーも中々優秀らしいのじゃ。すぐにレオンたちがいる中等部に上がれるじゃろうな」
リリベットに褒められてラリーは照れたように笑っている。
「そう言えばミュゼに預けたマオリィも、次の受け入れからと言っていた気がするのじゃ。少々問題のある子じゃがいい子なのじゃ、ラリーも仲良くすると良いじゃろう」
「は……はい、女王陛下」
ラリーが恥ずかしそうに頷くと、リリベットも満足そうに頷くのだった。
リリベットは、猫のように膝の上で寛いでいるヘレンの頭を優しく撫でながら、少し心配そうな顔をする。
「しかし、ラリーが学校に通うことになれば、しばらくヘレンが一人になってしまうのじゃな」
ヘレンは、そんな母をキョトンとした顔で見上げているが、リリベットは先のことを考えると少し不安になるのだった。
◆◆◆◆◆
『マオリィの学力』
南の城砦の一室にミュゼとマオリィがいた。マオリィは退屈そうに椅子の上で胡坐をかいている。
「王立学園の入学には、学習塾で習う読み、書き、簡単な計算程度の学力がいるんだけど、マオはどれぐらいできるのかしら?」
「それぐらいなら簡単なのだ」
マオリィはミュゼが用意した問題をスラスラと解いていく。
ミュゼが答え合わせをしていると、読みと計算は問題なかったが書きの部分で首を傾げた。
「マオ、この字は……?」
「完璧だろ?」
マオリィは自信満々に答えたが、ミュゼは困った表情を浮かべながら首を横に振った。
「これはジオロの文字ね? 三大陸共通語で書かないとダメよ」
マオリィはポカンとした顔で固まっている。その後、色々と書かせたりしてみたところ、どうやら彼女は『三大陸共通語』を読めるが、名前以外は書けないようだった。
「これは……勉強が必要ね。今から始めるわよ!」
「えぇ!?」
マオリィは不満げに文句を言っていたが、ミュゼには逆らえず渋々勉強を始めるのだった。