第79話「調査開始なのじゃ」
リスタ王国 王立学園 中等部の教室 ──
中等部は初等部と違い、昼食後の午後も授業があり終って放課後になると、夕方にはちょっと早いぐらいの時間になる。『幽霊船』の噂を調査することになった七人は、生徒たちが帰っていく教室に残っていた。
レオンを中心に集まっているメンバーたちは、今後の方針を話し合いを始めていた。
「さて……せっかく人数がいることだし、分担したほうがいいだろうね?」
そう提案してきたのはジークである。この中では最年長であり、騎士家でしっかり教育を受けているため、リーダーシップも申し分がない。それに対してジェニスが頷きながら答える。
「そうですね、とりあえず情報がまったく足りてませんから、まずは噂や情報を集めるのがいいんじゃないでしょうか? それと海に出る必要がありそうですから船の手配ですね」
「噂を集めるとして、どこがいいだろう?」
レオンが首を傾げながら尋ねると、シャルロットが目を輝かせながら答える。
「やっぱり港や市場で、船乗りたちには聞いたほうがいいよ! それに噂好きそうな人とか? 船は海運ギルドに聞いてみるのがいいんじゃないかな?」
レオンとジークが納得したように頷くと、ラケシスが前に出て提案してくる。
「それじゃ、二、二、三の三組で別れれて調査を進めましょ」
「はい、ラケシス。これで決めましょ?」
イシスはいつの間にか作ったクジをスッと差し出した。ラケシスは笑顔でそれを受けると
「さすがイシス! 用意がいいわねっ!」
と言って、クジを皆の前に差し出す。
「じゃ私から引くわ!」
そう言いながら我先にクジを引いたのはカミラだった。引いたクジを天高く掲げると、そのクジには『一』と書かれていた。
「これは同じ番号を引いた人が、ペアな感じかしら?」
「そうね、一から三の番号が入っているわ」
カミラの質問に、イシスが微笑みながら答えてくれた。それを聞いたカミラはレオンを見つめながら、詰め寄る勢いで自分の希望を伝える。
「レオンさま、一番ですよ!」
「あははは、じゃ次は僕が引こうかな?」
笑っているレオンにラケシスはクジを差し出した。レオンがクジを引いて皆に見せると、そこには『三』と書かれていた。カミラががっくり落ち込んでいると、その横でシャルロットがカラカラと笑う。
「なによ、アンタだってレオンさまと一緒になれるかわからないんだから!」
カミラが悔しそうに言うと、シャルロットは自信満々にクジに手を伸ばす。
「来てっ!」
気合と共に引いたクジには『三』と書かれており、シャルロットは跳びはねながら喜ぶ。
「やった! これでレオンさまと二人で調査できるっ!」
「ぐぬぬ」
カミラが悔しがっていると、次にクジを引いたジェニスが苦笑いを浮かべている。
「どうやら……そうもいかないみたいだ」
と言いながら皆にクジを見せた。それを見たシャルロットは、がっくりと肩を落として抗議する。
「なんで『三』が三枚も入ってるのよっ!?」
「全部で七人だからね。どこかが三人だとラケシスさんが、言っていたじゃないか?」
「ぐぬぬ」
こうしてレオン、シャルロット、ジェニスで一組が完成した。続いてジークが引くと、そこには『二』と書かれていた。
「私は『二』のようだ。そうなると……エアリス姉妹のどちらかが私とペアだね」
ジークのその言葉によって、ラケシスとイシスの目から火花が散り始めた。
「こう言うのは、お姉さまに譲るのが筋じゃないかしら、イシス?」
「あら、ラケシスお姉さま、可愛い妹に譲ってくれるなんて嬉しいわ」
二人は牽制しながら、同時にクジを取ると一斉に引いた。その結果ラケシスが『一』でカミラと、イシスが『二』を引いてジークと組むことになった。
ラケシスは心底悔しそうに、イシスの手を握る。
「抜け駆けは禁止よっ!」
「抜け駆けなんて……ふふふ」
そんな二人のやり取りを余所に、ジークとジェニスは担当を話し合い始めていた。
「噂に関しては、カミラ君とラケシスさんのペアが得意そうかな?」
「そうですね。ギルドはちょっとコネが必要ですから、レオン殿下がいる僕たちの班がいいと思います」
「じゃ、私たちは市場や港で調査か」
班分けと目的地が決まると、さっそくそれぞれの班で行動することになった。
◇◇◆◇◇
噂好きな人を捜すことになったカミラとラケシスだったが、真っ先に思いついたのは狐堂の店主ファムだった。しかし、情報を聞き出すのにお金がかかりそうなので除外することになり、次に目星をつけたのが、白毛玉の店員メアリーだった。
リスタ王国 教授通り 白毛玉 ──
白毛玉に入ると、すぐにメアリーを見つけることができた。メアリーも店に入ってきた二人に気が付くと、軽く手を振りながら近付いてきた。
「あら、ラケシスちゃんと、カミラちゃんじゃない。珍しい取り合わせね?」
「お久しぶりです、メアリーさん」
ラケシスやイシスは小さい頃、リリベットが主催するお茶会の給仕をしていたマリーに連れられて参加していたため、メアリーとも顔見知りなのだ。
「今日は何の用? 新しい服を見に来たのかな?」
「いいえ、実は……」
ラケシスとカミラは、最近噂になっている『幽霊船』の話をメアリーに尋ねてみた。それを聞いたメアリーは、微妙な顔をして問い質すように尋ねる。
「あんたたち……ひょっとして、私が噂好きなオバサンか何かと思ってるんじゃないでしょうね!?」
「あはは……嫌だな~そんなわけないじゃないですか」
ラケシスは冷や汗をかきながら返事をすると、取り繕うようにカミラが改めて尋ねた。
「それでメアリーさん? 何か知ってることはあるんですの?」
「私が詳しいのは恋の噂なんだけど……お客さんが、何か話してたな~、えっと確か……」
メアリーは、少し思い出すように考え込むと口を開いた。
「あぁ、そうそう確かその人の話では、漁師の旦那さんが王城より西側の漁場の近くで、それらしいものを見たって言ってた気がするな~。霧が酷くてよくわからなかったけど、とにかく大きいらしいわ。その人は旦那さんが酔っ払って見た幻だって思ったみたいだけど」
彼女自身も世間話程度の噂話で半信半疑と思っており、その声色からは疑いの色が強く出ていた。それでもカミラたちは、その話をメモするとメアリーにお辞儀をする。
「メアリーさん、ありがと~参考になったよっ!」
「そう? それはよかったけど、今度は何か買っていってね」
ラケシスとカミラは、メアリーの営業スマイルに見送られて店をあとにするのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 リスタ港 市場 ──
一方ジークとイシスはリスタ港の市場に来ていた。市場は朝がもっとも騒がしいが、もうすぐ夕方に差しかかろうという時間では、人がまばらにいるだけだった。
「さすがに、あまり人がいないな」
「……そ、そうですね」
ジークの言葉に、少し緊張した様子のイシスが答える。よくよく考えてみれば、いつも姉のラケシスと行動を共にしているイシスである。さらにジークと二人きりというシチュエーションに、緊張するのも無理はなかった。
それでも二人は、片付けをしていた若い漁師の一人を見つけると声をかける。
「あの、すみません。ちょっとよろしいですか?」
「ん? なんだい、学生さんがこんなところで珍しいな」
若い漁師は片付ける手を止めて、話しかけてきた学生をじっと見つめる。ジークは端的に授業で『幽霊船』をテーマに発表をすることを伝え、知っていることを聞いてみた。
その若い漁師の話では自分は見たことがないが、遭遇したという船乗りを知っているらしい。その船乗りによると、濃い霧が出ている早朝に見たという。現れる時は突如高波になり、漁船のような小船は転覆しそうになるらしい。それでも近くに来るまでは、音がほとんど聞こえないらしいのだ。
ジークたちは漁師の話をメモに取り、お礼を言うと若い漁師と別れた。
「聞いた感じだと大きな船なのに、音があまり聞こえないから幽霊船扱いなのかしら?」
「うーん、そうだね。濃い霧で全容が見えないっていうのも関係しているかも?」
イシスの疑問に、ジークが自分なりの考えを答える。二人とも物事を考えることが好きなのか、その後も情報を集めながらお互いの意見を話している内に、いつの間にかイシスの緊張も解けジークとも普通に話せるようになっていた。
「ジークさん、次はどうしますか?」
「そう言えば言うのを忘れていたけど、私のことはジークと呼んでくれて構わないよ。歳もさほど離れているわけでもないしね」
ジークがウインクをしながら言うと、イシスは顔を少し赤くしながら答えた。
「そう? では、ジ……ジーク。私のこともイシスで構いませんわ」
「わかった、イシス。で、次はあの人に聞いてみようか?」
その後もジークとイシスは、調査を続行したのだった。
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『仲のよい姉妹』
マリーとラッツの子であるラケシスとイシスは、産まれたときから一緒にいる姉妹だった。
明るく活発なラケシス、大人しく冷静なイシスと、性格は違うからか皮肉を言ったりはするものの、とても仲のいい姉妹である。
レオンの婚約者にとの声もあるが、本人たちは弟のように思っており、どちらかと言えば歳が近いジークに夢中である。