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第74話「帝国の方針なのじゃ」

 クルト帝国 エンドラッハ宮殿 謁見の間 ──


 フェルトが前回訪問した際は多くの皇軍や大臣たちが居並んでいたが、今回はサリマール皇帝の他には、兄であるレオナルド宰相と貴族が数名、あとは護衛に少数の兵士がいるだけだった。


 フェルトが玉座の近くまで進んで、傅こうとした瞬間サリマールが口を開いた。


「今日はうるさいのもおらぬし略式でよい。よく来たなフェルト、元気だったか?」

「はい、サリマール陛下もお変わりないようで」


 サリマールは頷くと改めて尋ねる。


「それで今日は何をしに来たのだ?」

「はい、此度のアイゼンリストの件を聞き及びまして、女王リリベット・リスタの名代としてお見舞いの言葉と品を持ってきました。どうぞお納めください」


 フェルトが手にした目録を差し出すと、兵士の一人がそれを受け取りレオナルド宰相に渡した。そして彼は、その目録を読み上げる。


「貴国より贈り物感謝する。余の名において、必ずアイゼンリストの復興に使うと約束しよう」


 リスタ王国が見舞い品として提供したものは、強大なクルト帝国にとっては些細な贈り物であったが、サリマールは素直に感謝の言葉を口にした。そして玉座を立つとフェルトに向かって


「少し話がしたい、余の部屋までくるがいい。レオ、お前も来い!」


 と告げると、そのまま奥へ向かって歩いて行ってしまった。



◇◇◆◇◇



 クルト帝国 エンドラッハ宮殿 皇帝の私室 ──


 フェルトとレオナルドは、サリマール皇帝に連れられて彼の私室に入った。一緒に付いて来ていた執事は、サリマールが「三人で話したい」と告げると、丁寧に頭を下げて部屋を後にした。


 サリマールがソファーに腰を掛けると、二人には対面のソファーを薦める。サリマールが、どことなく疲れた顔をしていたので、フェルトは心配そうに尋ねる。


「サリマール様、随分とお疲れのようですが?」

「あぁ、最近はアイゼンリストの件で御前会議ばかりでな。レオ、説明してやれ」


 サリマールの投げなりの命令に、レオナルドは苦笑いをするとフェルトに状況説明を始めた。サリナ皇女から教えて貰った事前情報の通り、将軍や大臣たちは交戦派と静観派に分かれて、言い争いを繰り返しているらしい。


「ノーマの海賊への報復は全会一致で決定しているのだが、派遣する規模や補給線の確保、敵本拠地を攻める場合は、ザイル連邦の領海になる可能性が高いことなど……問題は山積みだ」


 レオナルドも疲れているのか、やや力のない口調だった。サリマールは、フェルトを見ながら尋ねてくる。


「貴国のアレ……何と言ったかな、あの巨大船の名前は?」

「グレートスカル号ですか?」

「あぁ、そうだ。そのグレートスカル号だが、我が国に貸して貰えぬだろうか?」


 突然とんでもないことを言い出したサリマールに、フェルトだけでなくレオナルドも驚いていた。


「失礼ながら、サリマール様。それは無理でしょう」

「なぜだ? ……あの船があれば、全てが簡単に解決できそうなのだが」

「わかっているでしょう? 借用はおろか、我が国は軍事的に協力もできません」


 フェルトは首を横に振って答えた。


 リスタ王家とクルト皇家は親戚筋であり、『皇帝の密約』という不可侵条約を結んではいるものの、国家間で軍事同盟は結んでいない。その上、現状ではリスタ王国とザイル連邦の『平和条約』が、締結されたばかりである。とてもではないがグレートスカル号を、クルト帝国のために使うことはできなかった。


 フェルトは思い出したように頷くと、レオナルドの方を向いた。


「そう言えば、兄上に伝えねばならないことがありました。ザイル連邦では、クルト帝国への反感が高まりつつあります」

「なんだと! どういうことだ?」


 本来この情報を伝えなければいけない、ソマリにいたクルト帝国の船舶は、海賊を避けるためにノクト海を大きく迂回しなくてはならず未だ航海中であり、ソマリの夜襲を発端とした疑惑は未だに帝都まで届いていなかった。


 そのことを聞いたレオナルドは、頭を抱えてからテーブルを叩く。


「馬鹿な、我が国が傭兵を使って襲撃させただと!? ありえないことだっ!」

「これではっきりしたな。余の帝国とザイル連邦を戦争に導こうとしている奴がいる」


 サリマールが真剣な表情で呟くと、フェルトが付け加えるように戦争を回避したいラァミル王子の考えを伝えた。


「ほぅ……野蛮な獣の群れと思ったが、思慮深い者もいたのだな」


 サリマールの言葉はどことなく蔑みを感じるものだったが、帝国内では極一般的なものだった。レオナルドは少し考え込んだあと、自分なりの考えを口にしはじめた。


「ザイル連邦以外では、両国が争って得をするのはジオロ共和国ですが……」


 レオナルドが答えると、サリマールは首を横に振った。


「いいや、ジオロのサイキは、そんなことを企むようなタイプではないな」


 サイキとは、若干十六の頃にジオロ共和国の元首になった天才児、リョクサイキ大統領のことである。偉大な政治家としてよく国をまとめ、ジオロ共和国を大きく発展させた人物であり、武人でありながら平和主義者であると言われている。


「確かにリョク大統領は、無用な争いを好むタイプではありませんね」


 外交関係で何度かリョクサイキに、会ったことがあるフェルトもサリマールに同意した。レオナルドはもう少し考えてから改めて口を開いた。


「他に得をする勢力と言うと……まずは最近旧レグニ領で動きが活発になっている領土解放戦線(レジスタンス)が考えられますね。その場合、帝都の目を東部から北西部のザイル連邦に向けて、活動をしやすくするのが目的でしょう」

「ふむ、なるほどな……だが、奴らにそのような力はあるだろうか?」


 サリマールの疑問はもっともだった。所詮は一般市民の集まりである領土解放戦線(レジスタンス)に、ノーマの海賊と連携をとって行動するほどの組織力があるとは思えなかったのだ。


「確かに、しかし領土解放戦線(レジスタンス)の活動も、裏で何者かが裏で糸を引いている形跡がありますので、あるいは……まぁ可能性は低いでしょう」

「では、ノーマの海賊はどうだ?」


 サリマールの問いには、フェルトが首を横に振った。


「私はノーマの海賊というものはさほど詳しくはありませんが、我が国はシー・ランドの海賊とは付き合いがあります。その経験からですが……海賊という者たちは、もっと直情的な者たちだと思います。金銭や財宝といった物を目的に動く、そんな連中です」

「ふむ……レオはどう思う?」

「私もフェルと同じ意見です。アイゼンリストの件もそうですが、ノーマの海賊はあくまで実行部隊でしょう」


 レオナルドが考えに、サリマールも肯定の意味を込めた頷いた。


「そうなると……やはり怪しいのはザイル連邦になるだろうな。ノーマの海賊と繋がりがあるのもあの国だけだ。先ほどの話から察するに、フェルトはラァミル王太子のことを信じているようだが、彼の父である蛮王は油断ならぬ奴だしな」

「獅子王ライガー・バルドバですか、確かにかの御仁であれば何か仕掛けてきても、不思議ではないでしょうな」


 獅子王と呼ばれたバルドバ王がザイル連邦を築き上げた際、その戦略は力押しだけでなく智謀にも長けていたという。


 レオナルドはまとめるように口を開いた。


「だが証拠はない……やはり当面の討伐目標はノーマの海賊だけに絞り、可能であればザイル連邦にも協力を打診して、出方を窺いたいですな」

「そうだな、大陸間の戦争など馬鹿げておる」


 こうして全面戦争は避けようという方針が一応決まると、フェルトは安堵のため息を付くのだった。





◆◆◆◆◆





 『狐堂襲撃事件』


 港町アイゼンリストの近くにある旧レティ領の都市に、支店を構えていたファムの店『狐堂』が、数日前に怒れる市民たちに襲撃された。


 ファム自身がザイル連邦出身の亜人であることもあったが、店自体が積極的に亜人や獣人を雇っていたためで、アイゼンリストの惨劇により高まった反亜人運動の一環として起きた事件である。


 店員たちは危険を察知して逃げたため無事だったが、店の被害は甚大なものになった。


 それを伝え聞いたファムは


「ウチの店に何の恨みがあるんやー」


 と叫び声を上げたという。

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