第72話「老人なのじゃ」
クルト帝国 フェザー領 街道 ──
フェルトたちはフェザー家の屋敷に二日滞在したあと、現在は帝都に向かう街道を進んでいた。マオリィは滞在中に五度ほどヨハンに挑みかかったが、結局手も足も出ずに完敗に喫していた。
そんなマオリィだったが、よほど悔しかったのか
「おねーちゃん、ボクはこのおっさんと闘いながら待ってるからっ!」
と言って、一人でフェザー家に滞在している。ミュゼは恐縮していたが、ヨハンやセラーナも「元気があってよい!」と歓迎していたので、結局そのまま置いていくことになったのである。
それでもミュゼは心配した様子で、何度も来た道を振り返りながら
「大丈夫でしょうか……何か公爵閣下に失礼なことを……」
と呟いていたが、窓から顔を出したフェルトは若干呆れた表情で答えた。
「大丈夫ですよ、父上はそんな細かいことは気にしませんから、最近は挑んでくる者もいなかったから、逆に喜んでるかもしれません」
「それならよいのですが……それにしても剛剣公ヨハン・フォン・フェザー様、噂には聞いていましたが、凄まじい方でしたね」
ミュゼも滞在中に一度だけ挑戦させて貰ったが、やはりまるで相手にならなかった。
身体の大きさもあってか彼女の記憶の中の武神コウジンリィより、さらに強いかもしれないと感じる武人を思い出しながら、身震いをするとやはり心配そうに来た道を振り返るのだった。
◇◇◆◇◇
ノクト海 シー・ランド海賊連合 旗艦『オクト・ノヴァ』 船長室 ──
この船の船長ピケル・シーロードの元に、海賊船『海熊』の船長トク・ベアが尋ねてきていた。机の上で書類仕事をしているピケルは、入ってきたベア船長を一瞥して尋ねた。
「ベア船長、今日はどうしたんですか?」
「近くまで来たから、お前の顔でも見とこうと思ってなぁ」
自慢の虎ヒゲを擦りながら答えるベア船長に、ピケルは鼻で笑って首を横に振った。
「ふっ、そんな殊勝でもないでしょう?」
「がっははは、確かにな、違いねぇや」
ベア船長は豪快に笑いながら、パシパシと自分の額を叩く。そして、勧められる前にドカッとソファーに腰を掛けると、再び虎ヒゲを触りながら尋ねた。
「お前、アイゼンリストの件は聞いてるよな?」
「えぇ先日報告が上がってきました、襲撃したのはノーマの海賊らしいですね」
「アイゼンリストは、端の端だがノクト海だ。つまり海賊連合の領域だ。言いたいことはわかってんだろうなぁ?」
かなり威圧感のある風貌のベア船長はピケルをギラリと睨みつけるが、ピケルは涼しい顔をして酒棚を開けながら尋ねる。
「もちろん、対処しなければならないとは思ってますよ。何か飲みますか?」
「はっ、それこそ聞くまでもねぇ」
ピケルは再び鼻で笑うと、一番強い酒とグラスを二つを手にしてベア船長の対面に座った。そして、グラスに酒を注ぎこむと片方をベア船長に差し出した。
ベア船長はそれを一気に煽ると、空になったグラスをテーブルに叩きつけるように置いた。ピケルは眉を少し吊り上げると
「もう少し丁寧に扱ってください。それ高いんですよ?」
と言いながらも、空になったベアのグラスに酒を注いだ。
「それで、どうすんだよ?」
「正直ノーマの連中と戦っても懐は温まらないし、全面戦争にでもなればこちらもかなりの被害が出る」
ピケルは実利主義の男で、常に海賊連合の利益を第一に考えて行動している。それでも部下の前では海賊らしい発言もするが、彼は古くから海賊連合を支えてくれたベア船長を信頼していたため、こんな弱腰とも取れる発言をするのである。
「かぁー! なんとも情けねぇな」
ベア船長もそのことはわかっているので、あまり責めたりせず酒を煽る。ピケルは、少し考えるように黙り込んだあと口を開いた。
「私は海賊として困った時は、キャプテンオルグならどうするか? と考えるようにしています。もし彼が連合のトップだったら、何て言うでしょうか?」
「そんなもん決まってんだろ?」
ベア船長とピケルは顔を見合わせて、ニヤッと笑うと
「「海賊が舐められたら、おしまいだっ!」」
と同時に答えるのだった。二人とも大笑いすると再び酒を煽った。
「……やりますか」
「おぉよ!」
その後シー・ランド海賊連合の全ての船に通達が行なわれ、この日を境に全ての船に『交戦旗』が翻ることになった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 大工房『土竜の爪』 工房長室 ──
リスタ王国の地下に広がるドワーフたちの大工房『土竜の爪』の工房長室に、オルグが訪れていた。そこで図面を見ていた髭だらけのドワーフの職人、ガウェイン工房長を見つけると手を上げながら話しかけた。
「おぅよ、生きてるか?」
「ばぁろぉ! お前よりピンピンしとるわぁ」
「抜かせ、この爺が! ……ほらよっ」
オルグは、そう言いながら手に持った壷を放り投げる。ガウェイン工房長は、それを受け取ると中を確認して上機嫌に答えた。
「上等なぁ酒だなぁ。ジオロの酒かぁ?」
ガウェインは、そのまま酒をテーブルに置くと備え付けの椅子に座った。オルグは置いてあった樽を、テーブルの近くまで運ぶとそこに座る。そして、改めてガウェイン工房長が尋ねた。
「でぇ、なんの用だぁ?」
「例のヤツの進捗が気になってよ、どんな感じだよ?」
ガウェインは唸り声を上げると、作業机まで歩いて一枚の図面と資料が入った封筒を手にして戻ってきた。そして、それをテーブルに広げると、オルグに見るように言う。
「開始してから十年以上だぁ、もう九割方完成しとるわ。……最後の問題は動力だなぁ」
「やっぱ、そこか」
オルグはそう呟くと封筒を開けて資料に目を通し始めたが、目を細めながら微妙な顔をして尋ねた。
「おい、もっとでかい字のはねぇのか?」
「そんなもんはねぇ! 知りたいことがありゃ聞けや、この耄碌爺がぁ」
オルグはなんとか資料を読もうとしたが、諦めたようにテーブルに資料を投げ捨てると、渋々ガウェインに尋ねた。
「問題なのは出力か、安定性か?」
「どちらかっていやぁ、安定性だなぁ。変換は問題ないんだがぁ、貯蓄のほうがなぁ」
ガウェインの答えに、オルグは唸りながら考えはじめる。
「貯蓄か……グレートスカル号と一緒じゃダメなのか?」
「あぁ『竜の心』と比べて波ぃがあってなぁ。同じだとぉ、耐えられずにぶっ飛んじまうんだわぁ」
ガウェイン工房長は、ヒゲを擦りながら苦々しく言う。しかし、また作業机から一枚の図面を持ってくると、バンッと叩き付けるように広げた。
「だが、これでいけると思うぜぇ」
オルグはその図面を覗きこみながら、一唸りすると頷いた。
「ふぅむ……無理に貯めるんじゃなくて、ここで巡回させようってんだな?」
「そうだぁ、面白れぇだろぉ?」
オルグはまるで新しいおもちゃを与えられた少年のような眼差しで、ニヤニヤと笑っている。
「実験は、もうやってんだろ? どんな感じだよ?」
「試運転では問題ねぇ、後は組み込んでみんとなぁ」
「動かすとなると、許可がいるかもなぁ……まぁその辺りは任せておけ! これでワシが死ぬまで何とかなりそうだぜぇ」
オルグは自分の胸をバンッと叩いて、自分に任せるようにアピールする。それを見ていたガウェインはヒゲを擦りながら答えた。
「まぁテメーが死んでもぉ、俺がぁ最後までちゃんと造ってやるから安心しろぉ」
「がっははは、縁起でもねぇこと言うんじゃねぇよ」
オルグは豪快に笑いながら自分の膝をバシバシと叩くと、テーブルに置いてあったジョッキを手にして、ガウェインと共に先ほどの酒を飲みはじめるのだった。
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『大工房 土竜の爪』
リスタ王国の地下に広がる地下坑道の中心には、ドワーフたちの大工房 『土竜の爪』がある。
ドワーフたちは、あまり王国の出来事に感心を持たないが、王国民から依頼された物は釘から艦船まで、その技術を使って一級品を作ってくれる。亜人の商人ファムなどは独自のネットワークで、 土竜の爪製の武具を仕入れて、他国に販売することで大きな利益を得ていた。
試験場で時々爆発を起こし、地上にある土地に地震のような振動があると国民から城に苦情が届き、ヘルミナやリリベットが苦情を伝えに行くことになるのである。