第7話「慰問なのじゃ」
リスタ王国 王都 孤児院 ──
リリベットは子供たちを連れて、慰問のために孤児院に訪れていた。
リスタ王国には国の規模に対して孤児の数が多い。先の大戦の戦死者の遺児であったり、再出発のために訪れたが子供を残して力尽きたケースや、再出発したが再び罪を犯し死罪になった親の子供たちが、孤児となってしまうケースが多いからである。
そのため孤児院の運営資金は殆ど王家から出ているが、それ以外にも王家の務めとして定期的に慰問に訪れているのである。
リリベットたちは孤児院に到着すると、見覚えのある赤髪の女性が手を振りながら出迎えてくれた。
「陛下、お久しぶりですっ!」
「おぉ、レイニー! 久しいな、元気じゃったか?」
この女性はレイニーといい。かつてはラッツたちと共に近衛隊に所属していた女性である。ラッツに恋心を抱いていたが、彼がマリーと結婚したこと機に近衛隊を辞めて、子供の頃に世話になった孤児院の手伝いをしていた。
そして孤児院に出入りしていた商人の青年と出会い結婚、いまでも時々孤児院の手伝いをしているらしい。
「こちらがレオン王子と、ヘレン王女ですか。ヘレン王女は特に陛下とそっくりですね。でも二人とも目元は閣下に似てるかな?」
「うむ、よく言われるのじゃ」
レイニーにジロジロと見られたヘレンは、恥ずかしくなったのかリリベットの後ろに隠れてしまった。
「おや、あまり人見知りしない子なのじゃが……」
「あらら、警戒されてしまいましたかね? とりあえず子供たちが待っているので、中に入りましょう。あっ……近衛の方々は、子供たちが怯えるので遠慮願えますか?」
その言葉に近衛隊員たちは困惑の表情を浮かべている。その様子にリリベットは笑い出した。
「あはは、近衛に待ってろとは随分と言うようになったのじゃ。うむ……お前たち、先輩の命令じゃぞ? ここで待機しているのじゃ」
「し……しかし、護衛が……」
職務に忠実なのか頭が固いのか近衛隊員は食い下がったが、リリベットは首を横に振ってそれを許さなかった。
「これは命令じゃぞ、よいな?」
と一方的に告げ、返事を待たずに子供たちやレイニーと共に孤児院に入っていった。
孤児院に入ると修道院の歳若い修道士が待っており、眼前の女王に緊張しているのかぎこちない笑顔で出迎えてくれた。
「陛下、よ……ようこそおいでくださいました。修道士のロクトと申します」
「うむ、此度の受け入れご苦労なのじゃ」
挨拶を済ませた一行は、そのままロクトに連れられて子供たちが待つ部屋に向かうのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王都 孤児院の一室 ──
リリベットたちが部屋に入ると、十名ほどの三歳ぐらいから十歳ちょっとまでの子供たちが拍手で迎えてくれた。リリベットは軽く手を上げて、拍手が収まってから感謝の意を示す。
「子供たちよ、出迎え感謝するのじゃ」
子供たちは初めて間近でみる王族に、目をキラキラと輝かせている。その中で一番小さな少女が大きな花束を抱えて、リリベットに向かいヨチヨチと歩き始めた。しかし、途中で躓いたのか盛大に転んでしまう。
「ふぇぇぇぇぇ」
泣きだしてしまったため女の子に、レイニーが駆け寄ろうと一歩踏み出した瞬間、ヘレンが先にその子に近付きギュッと抱きしめた。
「大丈夫なのじゃ。いたくない~いたくない~」
「ひぅ……ひくっ……」
ほどなくして泣き止んだその子はヘレンと手を繋いで、リリベットの元までたどり着いた。リリベットはお世辞にも綺麗だとは言えない床に膝を付くと、両手を開いて女の子たちを出迎える。その姿にレイニーとロクトが驚く。
「陛下、お召し物がっ!?」
「気にせずともよい」
リリベットはそう言うと、花束を持った子とヘレンを優しく抱きしめる。そして耳元で囁くように感謝を伝えた。
「ありがとなのじゃ、二人とも良い子なのじゃ」
褒められことが嬉しかったのかヘレンが笑うと、その子もつられて笑うのだった。
こうして最初からひと波乱あったが、それが緊張していた場の空気を緩めてくれたのか、その後は子供たちのリリベットに対しての質問や、ヘレンやレオンと孤児院の子供たちが遊んだりして、穏やかな時間が過ぎていった。
二時間ほど経過して孤児院の外に出てきたリリベットたちに、外で待機していた近衛隊員たちは安堵のため息をついた。
「それではロクト、これからもよろしく頼むのじゃ」
「はい、ありがとうございます。陛下たちのお陰で、いつも以上に子供たちの笑顔が見れました」
リリベットの言葉に、修道士ロクトは深々とお辞儀をした。
「レイニーも今日はご苦労だったのじゃ、久しぶりに会えて嬉しかったぞ。今度、城のほうにも遊びにくるとよいのじゃ」
「はい、ありがとうございます」
レイニーたちと別れの挨拶が終わったリリベットが、そのまま子供たちと馬車に乗り込むと、近衛隊に守られた馬車はそのまま城に向かって出発した。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 南の城砦 ──
王都近郊にある南の城砦は、遊撃部隊である紅王軍という隊の駐屯地である。紅王軍の規模は大戦時と変わらず百名で、現在の主な任務は訓練と王都の一部エリアの巡回警備である。平和な世の中には不要の長物では? という声もあったが、リリベットと軍務大臣シグル・ミュラーの強い要望で維持されている。
孤児院を訪れた翌日、リリベットはシグルと共に南の城砦に視察に来ていた。広場では隊員たちが模擬戦をしているようで、声援や戦いの音が鳴り響いていた。
詰所の前でリリベットたちが馬車から降りると、赤い甲冑を着た黒髪の女性が敬礼をして出迎えてくれた。
「陛下、お待ちしておりました」
「うむ、ご苦労なのじゃ、ミュゼよ」
彼女が紅王軍の現隊長であるミュゼ・アザルだ。アザル流槍術の達人で、騎乗での指揮能力も高い。先の大戦では隊を率いて、かなりの武功を上げている。
「やぁ、ミュゼさん。お久しぶりですね」
リリベットのあとから出てきた、この白髪混じりの中年男性が軍務大臣のシグル・ミュラーである。彼は以前ミュゼと共に、この隊の副隊長を務めていた男だった。
「ミュラー閣下もお久しぶりです」
「閣下なんてよしてくださいよ、ミュゼさん。私のことはシグルで結構です」
シグルの言葉にミュゼはクスッと笑った。
「あまり変わってないようね。シグルさん」
「えぇ、貴方もお変わりなく」
一通りの挨拶が終わると、リリベットたちはミュゼの案内で詰所の中に入っていった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 南の城砦 隊長室 ──
隊長室に通され、リリベットとシグルは勧められるままソファーに座った。ミュゼは飲み物を用意してから対面に座る。
「それで、最近の隊の状況はどうじゃ?」
「はい、正直暇をしております。最近は国境周辺を騒がせる輩もおりませんし、専ら学府エリアと移民街の巡回が主な任務ですね」
すでに共通認識であるため、ミュゼも歯に衣着せず答える。リスタ王国の精鋭部隊とは言え、周辺国、特に強大な隣国であるクルト帝国との友好関係が崩れない限りは、大きな戦どころか小競り合いすらほとんど起きない状況なのだ。
先の大戦のあと、リスタ王国周辺には大きな変化があった。大戦の発端になった西方のレティ領は主犯のレティ侯爵が死罪になり侯爵家は取り潰し、現在では皇帝直轄領になり穏健派の貴族が代理で統治している。
東のレグニ侯爵家は取り潰しにこそならなかったが、レティ侯爵に加担した罪で減領、北部の一部は七国同盟との講和として割譲し、リスタ王国の隣接していた一部地域は皇帝直轄領となり、フェザー公爵家が代理で統治している。
このためリスタ王国は、完全に皇帝直轄領に囲まれることになり、以前のように国境線で軍事演習をやるといった挑発行為もなくなり、純粋な軍隊である騎士団や紅王軍の存在意義が失われつつあるのだ。
「平和なのはよいことなのじゃ。しかし、平和だと言って備えを怠るわけにはいかぬのじゃ」
「はい、わかっております」
ミュゼは頷くが平和な世の中で、ただ訓練を続けているのでは隊員たちの士気の低下がどうしても起きてしまう。それが彼女の悩みの種になっているのだった。
シグルは出された飲み物から口を離すと、テーブルに置いて口を開いた。
「騎士団からも同様の相談が来ています」
「うむ、私のところにも来ておるのじゃ」
シグルの言葉に対して、リリベットは肯定して頷く。シグルは持っていた封筒の中から、書類を取り出して配りながら
「そこで……こういう企画を立ててみたのですが、いかがでしょうか?」
と尋ねた。
リリベットはそれに手を取り、ミュゼと共に書類に目を通す。ミュゼは書類をテーブルに置いて答えた。
「我が隊としてはありがたい提案です。おそらく隊員たちの士気は上がるかと……」
「むむむ……私も面白いとは思うのじゃが……これはヘルミナが怒るじゃろうな。まぁ騎士団に話をつけてから議会に通すがよいのじゃ」
リリベットは困ったような顔をしていたが、シグルは力強く頷いた。
◆◆◆◆◆
『武神』
かつて紅王軍は、武神と呼ばれたコウジンリィが隊長を務めていた。
しかし彼女は、この地が平和になったことを悟ると、自分はもう不要だと隊長の職をリリベットに返上し、再び旅に出てしまったのである。
時々他の大陸から訪れる商人に武神の噂を聞くと、リリベットは嬉しそうにその話に耳を傾けるのだと言う。