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第67話「惨劇なのじゃ」

 ザイル連邦 港町ソマリ 近海 ──


 首都ロイカより船で港町ソマリに向かったフェルトたちは、ソマリ町の近くまで来ていた。ソマリ近海では、かなりの数の船がひしめいており航行に支障が出始めている。


 港には焼き払われた船の残骸がまだ撤去されておらず、港の機能が麻痺していた。フェルトはそんな様子を眺めながら呟く。


「話に聞いていたより、随分と被害が大きいようだね」


 船乗りたちは航路を捜そうと必死に右往左往していたが、ついに諦めたのか船長が申し訳なさそうな様子でフェルトに近付いてきた。


「旦那、申し訳ありませんが、やはりソマリには近づけないようです。この調子では、ソマリ近郊の港も同じでしょう。一度ロイカまで戻って、陸路で行ったほうが早いかもしれません」


 ソマリからロイカまで海路で一日、陸路は間にある大きな山脈のせいで五日ほどかかる。一刻も早く帰りたいフェルトは渋い顔をして尋ねた。


「近くには浜辺とかないのかい?」

「この辺りは崖になってて船が着けるところは、ソマリの周辺ぐらいですぜ」


 フェルトが困った顔をしていると、リュウレがフェルトの裾を引っ張った。


「大丈夫……呼べばいい」

「どういうことだい、リュウレ?」


 フェルトが首を傾げていると、リュウレは突然メインマストに昇り始めた。


「リュウレ~あぶないよっ!?」


 フェルトが心配そうにそう叫んだが、リュウレは表情も変えずに見張り台まで登ってしまった。突如現れたメイド服の女性に、見張りの船乗りは口をあけて驚いている。


 リュウレはスカートを翻すと、その右手には筒のようなもの、左手には様々な色の玉が現れた。彼女は、玉の一つを筒に入れると筒状の物の突起を引っ張る。


 ポスッ! っという軽快な音と共に筒から何かが打ちあがると、空高くで炸裂音と共にピンク色の煙が現れた。そして、リュウレは玉をポケットにしまうと望遠鏡を取り出して、ソマリがある方角を覗き込む。


 何かが確認できたのか望遠鏡を降ろすと、今度は様々な色の玉を三発打ち上げて、再び望遠鏡を覗き込んでいる。リュウレが再びスカートを翻すと、彼女の手にあった筒や望遠鏡が消えた。そして唖然としている見張りを放置したまま、今度はメインマストを降りはじめた。


「リュウレ、何をしてたんだい?」


 戻ってきたリュウレにフェルトが尋ねると、リュウレは無表情のまま答えた。


「グレートスカル号を呼んだ……船長、十海里ほど東へ向かって」


 船長が困惑した表情をしていると、フェルトはため息をついてから


「船長、すまないが頼むよ」


 と頼むのだった。




 しばらくして、フェルトたちが乗っている連絡船が混雑を抜けて東に進むと、そこにグレートスカル号が停泊しているのが見えた。


 フェルトたちは可能な限り近付いたあとボートを降ろし、グレートスカル号に接舷するとタラップから伸びた縄梯子を使って乗船した。


 タラップを上がってきたフェルトたちを、ログス船長は豪快に笑いながら出迎えてくれた。


「がっははは、よぅ無事だったかい?」

「あぁ、なんとかね。それより、この船も襲撃されたらしいが?」


 フェルトが周りを確認するように見回しながら尋ねると、ログスは両手を広げて首を横に振る。


「ご覧の通りさ、この船を攻略したきゃ攻城兵器でも持ってこなきゃ、無理だわなぁ」


 続いてログスはリュウレを見てニカッと笑う。


「渡しといたもの役に立ったようだな。お嬢ちゃん」

「うん……結構便利」


 リュウレは、そう言いながらスカートを翻すと、先ほどの筒状の器具と何色かの玉を取り出した。


「あぁ、返さなくていいぜ」

「そう? ……じゃ貰っておく」


 再びスカートを翻すと、リュウレの手元から先ほどの器具たちは無くなっていた。フェルトは首を傾げながら尋ねる。


「それ、さっき上空に何か打ち出してた物だよね? いったい、何なんだい?」

「あぁ、こいつぁ……信号弾だ。ガウェイン爺さんが作ったもんだが色の付いた煙や光、大きな音を出すための道具だな。予め決まった指示を色で遠方に報せる道具さ。手旗信号や信号旗とかより大雑把だが、かなり離れていても指示が送れるってのは便利だぜ」


 フェルトは感心したように頷く。


「なるほど、海上で使う狼煙みたいなものか」

「だいたい……あってる」


 リュウレはコクコクと頷いていた。ログス船長は腕を組みながら尋ねる。


「それでどうするね、フェルト。このまま帰国するか?」

「そうですね。ミリヤムさんには悪いですが……港が使えない以上、仕方がないか。そのまま帰国しましょう」


 ログスは頷くと、周りの船乗りたちに命じる。


「よぉーし、出航だ。錨を上げろぉ! 取り舵三度ォ」

「あいあいさー!」


 船長の命令に船乗りたちは、元気な返事をして操船に取りかかっていく。こうしてフェルトを乗せたグレートスカル号は、リスタ王国に向かい進みはじめるのだった。



◇◇◆◇◇



 クルト帝国 皇帝直轄地(旧レティ領)港町アイゼンリスト ──


 港町アイゼンリストは、ムラクトル大陸北西部にある比較的大きな港町である。ザイル連邦への窓口の一つとして海運と漁業で栄えている。


 今は漁師たちが戻ってきた朝方で、市場では近海で獲れる魚介類が並び大変賑わっており、買い物に来た主婦に漁師の一人が声を掛ける。


「よぉ、ねーちゃん! 活きがいいのが揃ってるよっ! 見てってくれよ」

「まぁ、本当に立派な魚ねっ!」


 並べられている大きな魚を見て、主婦はにこやかに答える。


「そうだろうとも、海賊どもの目を盗んでノクト海から獲ってきたんだぜ」


 ノクト海はシー・ランド海賊連合の領域であり、かなりの数の海賊がいるため、漁師と言えど落ち着いて漁をすることができない。しかし、そのせいか豊かな漁場が広がっており、多少の危険を押してでも行く価値がある海域なのだ。


「じゃ、それとそれをくださるかしら?」

「あいよっ!」


 魚屋の親父が魚を渡す用意をしていると、港の方角から何か悲鳴のような声が聞こえてくる。主婦は首を傾げながら騒ぎの方向を見つめている。


「何かしら?」

「あぁ、随分と騒がしいな?」


 魚屋の親父も何が起こったのかわからず、作業を止めて騒ぎの様子を確認するために屋台の外に出てきた。最初は騒がしい程度だったが、徐々に騒ぎが大きくなり、人の波が漁師の親父たちの方へ向かってきた。


「な……なんだぁ!?」

「きゃぁぁぁ」


 人波に飲まれた二人は流れに逆らうことができず、そのまま一緒に流されていく。漁師の親父は近くにいた男性の肩を掴んで叫ぶように問い質す。


「おい! いったい何があったんだっ!?」

「離せよっ! 海賊だ、亜人どもの海賊が襲ってきたんだよ!」

「な、なんだと!?」


 魚屋の親父が驚いて手を離すと、その男性は一目散に逃げていく。魚屋と一緒に逃げている主婦は混乱した様子で、魚屋の親父に尋ねた。


「いったい、どういうことなの!? ノクト海の海賊が攻めてきたの!?」

「いいや、シー・ランドの連中は町なんて襲わなねぇ! それに亜人って言ってたから、たぶん西のノーマの連中だぁ。あいつらは残虐だ、今はとにかく逃げるんだよっ!」


 魚屋の親父はそう叫ぶと人波を掻き分けながら、我先にと逃げだしはじめた。




 その日、港町アイゼンリストは炎に染まった。船や家屋などの被害も多かったが、逃げ遅れた人々もかなりの数が殺された。帝国史上稀に見る民間人の犠牲を出したこの事件は、後に『アイゼンリストの惨劇』と呼ばれるようになった。





◆◆◆◆◆





 『足止め』


 アイゼンリストの惨劇が起きている頃、ミリヤムは港町ソマリに辿り着いていた。


「なに、これ……ボロボロじゃない? それにあの海を覆わんばかりの船の数はどういうこと?」


 その呟きを聞いた、片付けをしていた中年女性が答えてくれた。


「五日前に野盗の襲撃があってね。この様さ……港もひどい有様でね、いまだに船も入ってこれないのさ」

「グレートスカル号は、あの船はどうなったの?」


 中年女性は首を傾げたが、少し考えて思いあたったのか


「グレートスカル号って、あのでっかい船かい? あれなら三日ほど前に出航したよ」

「あらら、置いてかれちゃったか……まぁ仕方がないか。色々とありがとう」

「あぁ、治安も悪化してるからアンタも気を付けなよ」


 ミリヤムは中年女性に軽く手を上げて挨拶をすると、その場を後にした。


「さてと……なんとかして、リスタ王国の兄さんのところにいかないと……」


 ミリヤムは決意に満ちた表情で、そう呟くのだった。

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