第65話「夜襲なのじゃ」
ザイル連邦 ロイカ 王狼館の一室 ──
フェルトたち使節団は、ザイル連邦の計らいでロイカの大通りに面した宿、『王狼館』に宿泊することになった。
ザイル連邦の解放的な住居とは違い、ムラクトル大陸とさほど変わらない様式で建てられた、この宿を勧めてきたのはザイル連邦からの心配りである。
その一室でフェルト、リュウレ、ミリヤムの三人が話していた。
「私たちは、しばらく滞在することになりましたが、ミリヤムさんはこれからどうしますか?」
「そうね。私も久しぶりに王国に戻るつもりだから、ご一緒したいけど……その前にちょっと確認しないといけないことがあるのよね」
ミリヤムが少し考え込むと、フェルトは今後の予定を話しはじめた。
「この街に七日間滞在後、一日かけてソマリに行き、そこからグレートスカルに乗船する予定ですので、それまでにこの街か、ソマリまで来てくだされば平気ですよ」
「わかったわ、もし間に合わなくても自分でなんとかするから、予定通り出航してくれていいわ」
ミリヤムはそう言うと、立ち上がりフード付きのマントを羽織った。
「それじゃ……十分気をつけてね」
「はい、ありがとうございます」
フェルトがお辞儀をすると、ミリヤムは軽く手を振って部屋から出ていった。
フェルトは小さく息を吐くと、ソファーに深く腰掛けた。そして、リュウレに飲み物を頼む。
「リュウレ、コーヒーを貰ってきてくれるかい?」
「わかった……淹れてくる」
リュウレは立ち上がると、自分のカバンから材料を取り出してから部屋から出ていく。それを見送ったあと、フェルトはカバンから紙とインクを取り出すと、今日の報告を書き込んでいくのだった。
◇◇◆◇◇
ザイル連邦 首都ロイカ ロイカタル宮殿の一室 ──
翌日フェルトはリュウレを伴って、ロイカタル宮殿の一室を訪れていた。昨夜、ココロット大臣からの使者が王狼館を訪れ、会談の時間と場所を指定してきたからである。
外交官の一人に案内されて部屋に入ると、そこには六十人は掛けれそうな大きなテーブルがあり、ラァミル・バルドバ王子、ココロット外務大臣の二人がいた。
フェルトたちが入ってくるのを確認すると、ラァミル王子が両手を広げて出迎えてくれ、フェルトに握手を求めた。フェルトもその握手に素直に応じる。
「おぉフェルト殿、よく来てくれたな」
「いえ、条約の件でお呼びだとか?」
フェルトが控えめに尋ねると、ラァミル王子はフェルトの背中に手を添えて
「あぁ、そうだとも……まぁ座りたまえ」
と椅子に座るよう勧めた。フェルトが頷いて椅子に座ると、リュウレは彼の後ろについた。ラァミル王子は、そのまま対面まで歩くと席につく。
「外交的な世辞は苦手ゆえ、さっそく話に入らせてもらうが、いくつか尋ねたいことがあるのだ」
「はい、私に答えられることでしたら」
「うむ、では……まずこの『友好国』についてだが、どちらの国を想定しているのかな?」
フェルトは、少し神妙な顔すると静かに答えた。
「そうですね。まずは我が国とクルト帝国とは親戚筋でもありますし、七国同盟の諸国同じく友好的な関係を結んでおります」
「そうなると……ムラクトル大陸全域というわけだな?」
ラァミル王子が顎を擦りながら尋ねると、フェルトは小さく頷いた。
「これは確認なのだが……もし、それらの国と戦争が起こった場合、貴国は自動的に相手国側に付くのかな?」
「いいえ、その情勢において最も相応しい行動を選ぶでしょう。ただし貴国との『条約』は、その時点で白紙とさせていただきます」
「なるほど」
ラァミル王子は少し考えると、ココロット大臣に目を向けた。大臣は頷いて静かに口を開いた。
「我々としても、貴国とは末永い友好をと思っております。私は今回の条約には賛成です」
「確かにココロットの言うとおりだ」
ココロットの言葉に、ラァミル王子は大きく頷いた。
「フェルト殿、後日改めて我が王の前で、調印を執り行おうと思うのだが?」
「わかりました。我が国も貴国との友情を大切にしたいと思っております」
フェルトが立ち上がって握手を求めると、ラァミル王子も立ち上がりそれに応じるのだった。
◇◇◆◇◇
ザイル連邦 ソマリ港 ──
その二日後の夜、港町ソマリではある事件が起きていた。街の北東部から野盗化した傭兵団が街に襲い掛かったのだ。
次々と火の手が上がり騒ぎが大きくなってくると、港で飲んだくれていたグレートスカル号のクルーたちも、大急ぎでグレートスカル号に戻ってきていた。
船首で街の状況を確認していたログスに、副長が声を掛ける。
「船長、どうしますか?」
「全員乗船したな?」
「はい、間違いなく」
「まずはタラップを上げろ! まずは、それで様子を見るぞ」
ログスの命令に、副長はすぐに伝声菅で指示を出していく。
グレートスカル号のタラップは、船の舷が迫り出して階段に変形するようになっており、タラップを出していないグレートスカル号は、その巨大さから要塞のような絶壁になる。
しばらくして港まで来た傭兵崩れは、あちらこちらの船に火を放っていくが、グレートスカルの側までくると驚きの表情と共に、それを見上げることしか出来なかった。
呆気に取られていた傭兵くずれたちに、後からきた隊長のような大男が怒声を浴びせる。
「おらぁ、てめぇら、何ぼさっとしてんだ! アレが目標だろうが、さっさと火矢を浴びせんだよ!」
その声に傭兵くずれたちは、一斉に弓を構えると火のついた矢をグレートスカル号に発射していく。しかし人の引く矢如きでは、グレートスカル号の装甲に傷一つつけることは出来ず、矢は全て跳ね返されていく。
「全然効いてねぇぜ、一体何で出来てやがる?」
「なんだ、あの化け物船は!?」
傭兵くずれたちがざわめいていると、再び隊長が怒声と共に指示を出していく。
「油だ! 油を使えっ!」
傭兵くずれたちは、油の入った壷を縛り付けたロープをグルグルと廻し始めた。そして、次々とグレートスカル号に向かって投げつけていく。ぶつかった衝撃で壷が砕け散り油をぶちまけていく。
そして、傭兵くずれたち再び火矢をグレートスカル号に向けて放った。火矢の火は船に付いた油に引火して盛大に燃え上がる。しかし、いつまで経っても一向に燃え広がらず、しばらくして油が切れると、そのまま鎮火してしまった。船の上の方で豪快な笑い声が聞こえてくる。
「がっはははは、俺の船に炎は効かねぇぜ! さっさと尻尾巻いて帰るんだなぁ!」
その笑い声を聞いた隊長はプルプルと怒りに震えていたが、やがて諦めると巨大な斧を振り回しながら、部下たちと共に撤退していった。
強固な装甲を持つグレートスカル号は無事だったが、街は人的にも物質的にも被害が甚大だった。
翌朝、ログスはすぐにグレートスカル号から備蓄の物資を使い、港を中心に焼きだされた者たち向けに、炊き出しや物資の提供をはじめた。
ログスは熊のような耳をもつ亜人の頭領に、酒を勧めながら尋ねる。
「大変だったなぁ、まぁ一杯飲みねぇ……あの連中はよく来るのかい?」
「おっと、こいつぁ悪いな。いや、あんな連中が来たのは初めてだぜ。ここのところ傭兵くずれが多いって聞いてたが、警備兵は何をやってたんだ」
愚痴を言いながらログスから貰った酒を一気に煽る。そこに港の従業員が駆け寄ってくる。
「親方ぁ、ここに居たんですかい」
「どうした、そんなに慌てて?」
「それが奇妙なことが……」
従業員の男性が頭領に耳打ちをすると、頭領の顔が真っ赤になっていく。ログスは首を傾げながら尋ねる。
「おいおい、どうしたよ? まるで茹ダコのようになってるぜぇ?」
「あぁ、すまねぇな旦那。ここだけの話だが、今回の襲撃……どうもクルト帝国が一枚噛んでるかもしれねぇ」
「ほぅ? どういうこった?」
ログスが興味深そうに尋ねると、頭領の男はさらに小声で答えた。
「クルト帝国の船舶や倉庫だけ、何故か無事なんだよ。他のところは旦那の船以外、大なり小なり被害が出てるのによぉ」
それを聞いたログスは、無言で何かを考えているように髭を擦っていた。
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『ソマリの夜襲』
港町ソマリを襲った傭兵団の夜襲は、この街の警備兵が他の事件で出払っている最中に、行なわれたことから計画的な夜襲だと考えられており、クルト帝国への被害が極端に少なかったことから、その関係が疑われる噂が飛び交うことになった。
結局事実は不明のままだが、この事件を契機にザイル連邦とクルト帝国の仲は、一段と悪いものになっていくのである。