第64話「再会なのじゃ」
ザイル連邦 首都『ロイカ』──
ザイル連邦の首都ロイカは、大陸西の海岸に位置している都市で、獣人から人族まで幅広い人種が生活をしている。国民のほとんどは太陽神ロイカナールを信仰しており、大きな神殿がいくつも存在している。商人が多く集まっているため商業都市の一面もあり、とても賑やかな街としても知られている。
グレートスカル号が寄航できるほどの規格外の港はロイカにはなく、現在は大陸の南に位置する都市『ソマリ』に停泊している。ソマリに到着したフェルトたち使節団は、そこから連絡船に乗り換えロイカまで来ていた。
「相変わらず賑やかな街だね。リュウレは初めてだろう?」
「うん……変な街」
フェルトが尋ねると、キョロキョロと周りを見回しているリュウレが答える。現在、使節団一行は港まで出迎えに来てくれたココロット大臣の案内で、宮殿に向かっている最中である。
「はははは、変な街ですか。確かにあなた方の街に比べると、だいぶ様子が違いますからな」
ココロット大臣は笑いながらそう言ったが、フェルトは恐縮した様子で頭を下げた。
「私の従者が失礼なことを……申し訳ありません」
「いえいえ、異国の方がそう思うのも無理はありませんよ。私もクルト帝国やジオロ共和国などに行った時は、よくそう思ってますからね」
フェルトは話を変えようと、ココロットの横に控えている見知らぬ男性について尋ねることにした。その男性は大きな翼を持ち、顔は鷲のような精悍な顔をしている。
「そう言えば……そちらの方は、初めてお会いしましたね。護衛の方でしょうか?」
「あぁ、彼は……今日は護衛としてきて貰ってますが、軍団長の一人なんですよ。宮殿に着いてから紹介しようと思ってたのですが……」
ココロットがそこまで言うと鷲頭の軍人は、丁寧に頭を下げてフェルトたちに挨拶をした。
「俺の名前はヴィーク、ザイル連邦第三師団の師団長だ」
「ご丁寧に……私はリスタ王国外務大臣フェルト・フォン・フェザーです」
フェルトたちが再び歩きだすと、今度はフードをかぶった怪しい人物が、一行の前に立ちはだかった。瞬間的にヴィークとリュウレが前に出て構える。
「何者だっ!」
その人物はフードを外してから両手を上げて、にこやかに微笑んだ。
「あ……貴女は!?」
その女性の顔を見てフェルトは驚きの声を上げる。その女性の顔に見覚えがあったからである。その女性は手を軽く振って答える。
「お久しぶりね、フェルト君! リスタ王国の使者が来てるって聞いたから、会いにきたのだけど……やっぱり君が来てたんだね」
「お久しぶりです。ミリヤムさん」
このミリヤムと呼ばれた女性は、宰相フィンの妹で同じく高貴なる森人であり、リスタ王国近衛隊の前隊長でもある。見た目は人族で言えば十歳後半の姿をしているが、いくつも冒険譚がある有名な冒険家であり、リスタ王国を去ってからは冒険の傍ら、王国にも度々立ち寄っているようだった。
状況が掴めず少し困った様子のココロット大臣に、フェルトは弁明をする。
「ココロット殿、彼女なら大丈夫です。旧知の仲ですので、彼女の身元は私が保証します」
「……そうですか? フェルト殿が、そこまでおっしゃるなら信用しましょう」
ココロット大臣は少し警戒した様子だったが、ヴィークに命じて彼を下がらせた。
「それにしても久しぶりですね、ミリヤムさん。少し感じが変わったのでは?」
「今は王国に仕えているわけではないからね。それに変わったと言えば、貴方の方でしょう? ずいぶん老けちゃって」
近衛時代とは違い友人のように話しかけてくるミリヤムに、少し驚きながらもフェルトは苦笑いをして答えた。
「あはは、森人と違い、人族は十年もすれば変わってしまいますからね」
「これから宮殿に行くんでしょ? 私も宮殿に用があるのよ、同行してもいいかしら?」
フェルトは少し驚いた様子で、ココロットに確認するように顔を向けると、彼女は小さく頷いて答えた。
「武装は解除してもらいますが」
「わかりました、ミリヤムさんもそれでいいですよね?」
「えぇ、結構よ」
ミリヤムが余裕のある笑顔で答えると、ココロットは小さく頷いた。
「では、そろそろ宮殿へ向かいましょうか?」
「はい、時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした」
こうしてミリヤムを加えた一行は、ロイカの宮殿に向かって歩き始めるのだった。
◇◇◆◇◇
ザイル連邦 首都ロイカ ロイカタル宮殿 謁見の間 ──
フェルトが謁見のために、王の待つ玉座に向かって歩いている。
ザイル連邦の謁見の間は、異様に高い天井に玉座の後ろ以外は壁ではなく柱になっており、他国の謁見の間のような重苦しい雰囲気はない。玉座には荒々しい鬣を携えた、獅子の顔を持つ男性が座っている。彼がザイル連邦の盟主、獅子王ライガー・バルドバである。
その横には彼によく似た若獅子がおり、周りにはココロットと諸大臣が並んでいる。諸大臣たちは蜥蜴のような顔であったり、人に獣の耳が付いた者だったりしたが、普通の人族はおらず全て亜人や獣人で構成されていた。
玉座の近くまできたフェルトは、傅いて呼ばれるのを待つ。しばらくして、大臣の一人がフェルトの名前を読み上げた。
「リスタ王国外務大臣、及び執政、及び王配であられるフェルト・フォン・フェザー殿です」
フェルトはまだ顔を上げず、しばらくそのままの体勢で待つ。そして、バルドバ王が口を開いた。
「遠路ご苦労であった。我らが友人よ、面を上げよ」
重く力強さを感じる言葉に、フェルトは顔を上げて立ち上がると敬礼をする。
「バルドバ王よ、お久しぶりでございます。ご壮健のようで何よりでございます」
バルドバ王は髭を擦りながら、顔に皺を作って答えた。
「壮健なものか……あちらこちらガタが来ておるわ、まったく歳は取りたくないものだな。それで、本日の用件はなんだ?」
元来気が短いのかバルドバ王は社交的な会話を切り上げて、早々に用件を尋ねた。
「先日、貴国から提示された『不可侵条約』についてでございます」
「『不可侵条約』……あぁ、お主たちが進言していた、アレか?」
バルドバ王は横にいたココロットに尋ねた。ココロットは敬礼をする。
「はい、我が王よ」
「ふむ……それで?」
再びフェルトの方を見たバルドバ王に、フェルトは手にした書状を差し出した。
「一点だけ、我が国から要望がございます」
ヴィークがフェルトからそれを受け取ると、そのままココロットに手渡し、彼女はそれをバルドバ王に差し出した。
バルドバ王はそれを一瞥すると、彼女に短く命じる。
「読み上げよ」
「はっ! リスタ王国とザイル連邦の両国は、相互にいかなる武力行使・侵略行為・攻撃をも行なわない。次に……」
ココロットは自身が書いた条約文を読み上げていったが、最後の一文で少し躊躇った。バルドバ王は、少し訝しむようにココロットに尋ねた。
「どうした、続けよ」
「は、はっ! この条約の範囲は……両国の友好国まで及ぶものとし、それを破った場合はこの条約を無効とする。以上でございます」
バルドバ王は再び髭を擦ると、今度はフェルトに尋ねた。
「なるほどな、貴国の要望はわかった。この件については、大臣たちと相談するゆえ、しばらく我が国に滞在されるがよい」
「はい、ありがとうございます」
フェルトは丁寧にお辞儀をした。そして、ココロットの部下の外交官に連れられて、謁見の間を後にするのだった。
フェルトが退室した謁見の間では、バルドバ王も玉座を立つと隣に立っていた若獅子に命じる。
「ラァミルよ、この件はお前の発案だったな? お前とココロットに任せる。処理をしておけ」
「はい、我が王よ」
このラァミルと呼ばれた若獅子は、ライガー・バルドバの二人いる息子の一人であり、長男の皇太子のラァミル・バルドバである。偉大だが老齢の父の代わりを務めれるように、政にも関わるようになっていたが、歳若く業績がないことから配下の者たちからは甘く見られていた。
そんな彼が業績作りの一環として、進言したのがリスタ王国との不可侵条約である。
バルドバ王は、そのまま部屋を出て行ってしまい、ココロットとヴィークを除く諸大臣たちも、王と共に部屋を後にするのだった。
「ココロット、お前は追加された条文をどう思う?」
ココロットは仕方がないといったしぐさを見せると、彼の問いに答えた。
「友好関係を築きたいという、我々の要望とは沿っております」
「ヴィーク、お前の考えはどうだ?」
急に話を振られたヴィークは、少し困った様子で答える。
「先日見てきたが、あの船は噂以上に危険だぜ。俺は条約を結んでおくべきだと思う」
「それほどか……だが、あの計画を止めるわけにはいかん」
その後も話し合いが持たれ、最終的にはリスタ王国との不可侵条約を結ぶ方向で、話はまとまるのだった。
◆◆◆◆◆
『謁見の間の影』
謁見の間の恐ろしく高い天井の梁に一つの影が隠れていた。
「へぇ……あれがバルドバ王か、確かに強そうだ」
その後、フェルトが謁見の間から退室すると、三人の男女が話し合いをしている。その話に耳を傾け、納得するように頷くと
「……なるほどね」
と呟いて、その場から音もなく姿を消した。