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第63話「分析なのじゃ」

 ノクト海上 グレートスカル号 船内 ──


 フェルトを乗せたグレートスカル号は、現在ザイル連邦に向かって航海中である。その巨大さゆえに船速は遅いが、独自の推進システムで風がなくても進むため、航海にかかる日数に変化がないのが特徴だった。


 フェルトは自分に割り当てられた船室で、ザイル連邦の情報を読み返していた。


 ザイル連邦は、今から六十年ほど前にバルドバ王によって建国された比較的若い国家で、大陸中にひしめいていた複数の種族を、時に戦争で、時に交渉で併呑してできた国家だ。


 連邦制のためそれぞれの種族が主権は持っているものの、実際はバルドバ王の影響力が強く、その主権は形骸化しつつある。


 かなり大規模な常備軍を持ち、他の大陸では迫害されることが多いが、身体能力に優れた亜人や獣人が主な構成の国家であるため、陸戦においては群を抜いた強さを誇っている。


 この大規模な軍の維持には膨大な費用がかかるが、多くの商人を有する商業国家でもあるため、何とか維持できている状態だった。


 戦うことに特化した種族は軍隊や傭兵に、戦うことが苦手な種族は商人や行政に付くことが多く、お互い相手を見下す傾向にあると言われている。


 近年では三年前に起きたクルト帝国の軍艦と、大陸間航行船との接触沈没事故に続き、関税やその他の外交問題などで関係が徐々に悪くなって来ており、軍事衝突が囁かれるようになっていた。


 しかしクルト帝国側はザイル連邦が貧弱な海軍しか持っていないことから、大陸間戦争の可能性は低いと考えているようだった。


 フェルトはそこまで読むと、ため息をついてから少し冷めたコーヒーを飲んだ。


「ん? これは……おいしいね」


 そして、コーヒーを淹れてくれたリュウレに、微笑みながらカップを掲げて感謝を示す。


「冷める前に飲めば……もっと美味しい」

「あはは、ごめん。次からは気をつけるよ」


 少し不満げなリュウレに、フェルトは軽く笑うと一口飲んでからカップをソーサーに戻した。


 その瞬間、轟音と共にグレートスカル号が大きく揺れた。


「な、なんだ!?」

「フェルトさま、机の下に!」


 突然の異変にフェルトがキョロキョロと辺りを見回していると、駆け寄ってきたリュウレに机の下に押し込まれた。


「一体何が起きている?」

「わからない……たぶん砲台の音。音が遠ざかっているから……発射してるのはこっち」


 リュウレが言うように、継続して聞こえてくる轟音と揺れは砲撃の発射音のようだった。


 フェルトは机の下から出てくると、掛けてあったマントを羽織り


「甲板に出てみよう!」


 と言って、リュウレと共に甲板を目指した。



◇◇◆◇◇



 ノクト海上 グレートスカル号 甲板 ──


 フェルトとリュウレが甲板に出ると、グレートスカル号の左舷から砲撃が行なわれていた。甲板の中心部分には船長のログスが、叫びながら指示を出している。


 フェルトは、そんなログスに近付きながら尋ねた。


「船長、何事だい?」

「ん? おぉ、心配するこったねぇ。ちょっと海賊(ばか)どもが近寄ってきただけさ」


 フェルトは首を傾げて、砲弾が撃ちこまれている海域を見ると、そこには砲撃の雨に晒されて、右往左往している三隻の中型船がいた。


「海賊船……どこの船です?」

「あ~……ありゃ、ノーマの海賊だな。ノクト海の外で活動してる海賊だ。それでもこの船に喧嘩吹っかけてくる奴らなんて、久しくいなかったんだが……おらぁ、さっさと沈めちまえっ! あんまりちんたらやってると、ザイル連邦の領海に入っちまうぞ」


 ログス船長の怒号に船乗りたちは、慌てた様子で動き回っていた。ザイル連邦の領海内で他国の船が砲撃戦をした場合、確実に国際問題になる。


 フェルトは、じっと砲撃がされている方角を見つめていたが、不思議そうに呟いた。


「あの船、随分器用に避けてますが、船ってあんなに俊敏に動けるものですか?」

「あぁ、ありゃ縦帆船だからな、横帆船に比べると機動性と切り上がり能力が高いんだ。まぁグレートスカルの射程が長いのも関係してるがな」


 グレートスカル号の射程範囲はかなり長いため、ノーマの海賊たちは発射後にある程度の軌道を予測して回避しているのだ。しかし、あまりに当たらない砲撃にログス船長は焦れはじめていた。


 そんなログス船長に、副長が提案をしてきた。


「船長、あまり時間をかけれませんし……ここは魔導砲弾を使いやしょう」


 ログスは顎鬚を撫でながら、副長の提案を考え込む。


「ふ~む、もったいねぇが……しゃーねぇか、一発だけだぞ」

「わかってまさー」


 副長はそう返事をすると、伝声管を通して砲手に命令を伝える。




 命令が伝わった砲手は通常の砲撃を一切停止させ、砲撃の雨は一時的に治まった。その隙に撤退をするかと思われたノーマの海賊は、何故かその場で様子を見るように動き回っていた。


 準備が整ったグレートスカル号は、姿勢を制御するために帆が受ける風と、船首と船尾のサイドスラスターで船体を調整する。砲手から発射準備の連絡がくると、ログス船長は左手を敵艦に向けて


「撃てぇ!」


 と命じた。その命令は副長を経由して伝声管で砲手に届き、砲手は敵船の中で中央にいた船に狙いを定めて発射した。


 その砲撃は爆音と共に、巨大なグレートスカル号の船体を大きく揺らすと、先ほどまでとは比べ物にならないほどの速度で、真っ直ぐと敵船に飛んでいくと見事に命中した。


 船を粉砕したあと爆風と共に大きな水柱が船体を真っ二つに砕き割り、大きな波が他の二隻を飲み込んで転覆させていた。その余波は、遠く離れたグレートスカル号にも届くほどだった。


「うわっ!」


 足元が揺れたフェルトは何とか踏ん張ったが、そこにリュウレが倒れ込んできて一緒に倒れてしまった。


「いたた……大丈夫かい、リュウレ?」

「だ……大丈夫」


 フェルトは立ち上がってリュウレを助け起こすと、爆発があった方角を見て驚く。


「な……何もない」


 先ほどまでいた三隻の船はすべて轟沈しており、僅かな木片が影のように浮かんでいるだけだった。


「がっははは、十二年前の大戦の失敗を踏まえて、ガウェインの爺さんと一緒に魔導砲弾の威力を改造し続けたからなぁ。こいつさえありゃ、どんな軍隊が来たところで怖いものなしよぉ!」


 ログス船長は豪快に笑っていたが、フェルトは不安そうな表情になっていた。使用された砲弾が他国から見ても、脅威になりうるものだったからである。


 しかし、気を取り直したように息を吐くと静かに呟いた。


「この砲門が、我が国に向かってないのが唯一の救いだな……」



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 宰相執務室 ──


 グレートスカル号がノーマの海賊に襲われているころ、リスタ王国の宰相執務室に一通の手紙が届いていた。黒い封筒に赤い封蝋がされた手紙で、フィンはその封蝋に施されている紋章を見て、少し考えたあとナイフを使って開封した。


 手紙の内容を一通り読んだあと、手紙を机に置いて椅子に深く腰掛ける。


「うむ……ザイル連邦とクルト帝国との軋轢は、日に日に増しているようだな。しかし、決定的な開戦理由は今のところないようだ。それより、問題は東方か……」


 フィンは執務机の一番下の引き出しを開けると、地図を取り出して机の上に広げた。


 リスタ王国の東には、緩衝地帯としてフェザー領から真っ直ぐ伸びた皇帝直轄領があり、その先にはレグニ領、その北側には七国同盟の諸国がある。


 ここ十年ほどの情勢は安定していたが、十二年前の大戦で領土を奪われたレグニ領では、領地回復を旗印に民衆の反乱が度々起こっていた。手紙によると、最近その活動が活発になってきたらしいのだ。


「我が国にまで被害がなければよいのだが……」


 そう呟いて手紙を引き出しにしまうと、ため息をついてから再び思案を巡らせるのだった。




◆◆◆◆◆





 『戦力分析』


 グレートスカル号と海賊の戦闘起こった海域から、少し離れた場所で小さな小船が浮かんでいた。その船には五名ほどの船乗りの他にフードを着た二人組が乗船している。一人はスラリとした細身の女性のようだが、もう一人は男性で背中側が不自然に膨らんでいる。


 スラリとしたフードの女性が、もう一人のフードに尋ねる。


「どうですか?」

「ありゃ、ヤバイねぇ。あの威力……大魔法並みだぜ。アレが片舷六十門? まさに悪夢そのものだな」


 まるでお手上げのように、両手を広げて答えるフードの男。


「やはり海上で脅威になりうる戦力は、あの船と……いえ、とりあえず帰りますよ」

「そうだな。あの船の戦力は大体わかった……あいつらにゃ悪いことをしたがな」


 フードの二人組は船長と一言二言交わすと船室に入って行く。その後、船は針路を変えて大陸側に向かって進みだしたのだった。


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