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第62話「お守りなのじゃ」

 リスタ王国 王城 女王寝室 ──


 レオンのお茶会が終わってからしばらく経ったある朝、リリベットが薄っすらと目を開くと隣にフェルトがいないことに気がついた。


「……むにゃ、どこに行ったのじゃ?」


 眠い目を擦りながら身を起こすと、ベッドサイドから声が聞こえてきた。


「おや、起こしてしまったかい?」


 リリベットがボーっとそちらを見ると、シャツのボタンを留めているフェルトが立っていた。


「……もう準備をしているのじゃな?」

「うん、出発前に最終確認をしないといけないからね」


 リリベットはベッドサイドまで這うように移動すると、フェルトに向かって両手を広げてみせた。


「んっ!」


 その姿にフェルトはクスッと笑い、妻の望むままに抱きしめてあげる。柔らかく暖かな感触が彼を包み込んだ。


 しばらくして満足したのかリリベットが手を離すと、二人は名残惜しそうにゆっくりと離れた。リリベットは、そのままゴロンっと寝転がると、拗ねたように顔を背けてしまう。


「私はもう少し寝るのじゃ、皆を待たせておるのじゃろう?」


 フェルトはやらやれといった様子でリリベットに近付くと、彼女の頬に軽くキスをして、その耳元で


「おやすみ……また後でね」


 と優しく囁いてから、そのまま部屋から出ていく。リリベットはフェルトが出ていった扉を見つめてから、恥かしそうにジタバタと手足をバタつかせるのだった。



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 地下専用港 ──


 その日の昼頃、リリベットはザイル連邦に向かうフェルトを見送るために、地下専用港を訪れていた。


 使節団は先に乗船しており、タラップの前にはフェルトとリリベット、その子供たち、宰相のフィン、そして特別に護衛として雇われたリュウレが残っていた。


 リリベットは手にしていた短剣を差し出しながら


「フェルト、これを持って行くのじゃ」


 と告げた。リリベットの手に収まる程度の小さな短剣で、綺麗な装飾がされている。フェルトはその短剣を見つめると、少し驚いた様子で答えた。


「これは……リリーの護剣じゃないか」

「うむ、貸してやるのじゃ」


 この短剣は護剣と呼ばれ、リリベットが城外に出る際によく身に着ける短剣だ。かなり小さいために携帯性に優れ、魔力によって刃渡りの部分が少し延びる性質がある。


「あぁ、ありがとう」


 フェルトが微笑みながら頭を下げると、リリベットはその横で控えていたリュウレに声を掛けた。


「フェルトの護衛をしっかり頼むのじゃ」

「任せて……フェルト様を危ない目にはあわせない」


 声色に起伏がないため、あまりやる気は感じられなかったが、いつものことなのでリリベットは特に気にしなかった。


 続いてフィンが、警戒を怠らないように忠告してきた。


「道中は大丈夫であろうが、ザイル連邦に入ったら気をつけるように」

「はい、わかってますよ。おそらく先方も無理はしてこないと思います」


 フェルトは頷きながら答えた。そのズボンをヘレンが引っ張る。フェルトはしゃがみこむと彼女の頭を優しく撫でて尋ねた。


「どうしたんだい、ヘレン?」

「だっこ~」


 言われたままヘレンを抱き上げると、彼女はフェルトの左頬に軽くキスをした。


「お守りなのじゃ~」


 それを見たリリベットは、ツカツカとフェルトに近付くと、ヘレンごとフェルトを抱きしめて、彼の右の頬にキスをする。


「お、お守りなのじゃ」

「あははは、なんだかとても懐かしい感じだね」


 フェルトにからかわれたように笑われたリリベットは、顔を真っ赤に染めて俯いてしまった。


 ヘレンを地面に降ろしたフェルトは、リリベットたちに敬礼をする。


「それでは行ってくるよ」

「う……うむ、気をつけて行ってくるのじゃ」


 別れの挨拶を終えたフェルトは、リュウレを伴ってタラップを上っていく。


 その姿を見つめながら、リリベットは心配そうに呟いた。


「大丈夫じゃろうか?」



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王都 大通り ──


 数日後の昼頃、ミュゼとマオリィが大通りを歩いていた。きのみきのままリスタ王国に来た、マオリィの衣服などの生活用品を買うためである。


 それまではミュゼの古着や、王国から支給されている服などを着ていたが、さすがに女の子にその扱いは問題があるのでは? とミュゼが考え、彼女の休日に二人で買い物に出たのである。


「紅都に比べると小さいけど、この通りも結構賑わってるのだ」


 マオリィは、屋台で買った肉の串焼きを頬張りながら呟いた。紅都というのはコウ家の本家があるジオロ共和国の小都市であるが、それでも規模はリスタ王国の数倍はある。コウ家を中心とした武術の都になっており、ジオロ共和国中の武術家たちが集まる都でもあった。


 そんな都と比べれば、リスタ王国の大通りは小さなものだったが異国の売り物が珍しいのか、マオリィは目を輝かせて様々な店に立ち寄っていた。


 動き回るマオリィをミュゼは追いかけながら


「ちょっとマオ(・・)! 落ち着きなさい!」

「ふぁ~い」


 マオリィは肉を口に入れて、串を振りながら返事をした。しばらく一緒に生活することで、マオリィのことを愛称で呼ぶようになったミュゼだったが、彼女の自由奔放な性格に未だに振りまわされている。


 大通りの途中で人だかりが出来ており、マオリィは首を傾けて


「ねーちゃん、ほらあそこでなにか集まってるのだ!」


 とミュゼの手を引っ張りながら、人だかりの方へ向かっていった。


「ちょっと、何の人だかりよ?」




 人だかりを掻き分けて、その中心までくると山賊風の野性味ある大男と、海賊風の赤茶色の肌をした大男が喧嘩をしていた。


「おらぁ、山猿如きが調子に乗ってんじゃねーぞ!」

「やかましいわ、この半漁人がっ!」


 胸倉を掴んで口汚く罵りあってる二人を、大通りの通行人が遠巻きに見ていた。マオリィが目を輝かせながらミュゼに


「ねーちゃん、喧嘩だぞ。止めるのだ!」


 と言うと、ミュゼはあまり乗り気じゃない様子で首を横に振った。


「ダメよ。大通りは衛兵隊の管轄だから、私が止めたら面倒なことになるわ」


 隊長のゴルドは別に治めてくれるなら、どこの部隊がやってくれても構わないといった適当な性格だが、一部の衛兵は自分たちの仕事を奪われるのを好まないのだ。


 マオリィはつまらなそうな顔をして、もう一度喧嘩の様子を見つめていると、ついに殴り合いの喧嘩が始まってしまった。交互に殴りあうような稚拙な喧嘩だったが、マオリィを興奮させるには十分だった。


「ボクもまっぜぇろぉぉぉ!」


 そう叫ぶと一目散に大男たちの元に駆け寄ったが、咄嗟のことでミュゼも反応できずにいた。喧嘩に水を差された大男たちはマオリィを睨み付ける。


「なんだ、ごらぁ!」

「引っ込んでろ、チビがぁ!」


 凄んでみせてもマオリィには一切通じず、彼女はニコニコと笑っている。


「よ~し、いっくぞ~!」


 マオリィはそう気合を入れて構えると、右飛び蹴りで山賊風の大男の鼻に蹴りを入れると、鼻血を吹きだしながら吹き飛んでいった。


「ぐぼぁっ!?」


 それに驚いて掴みかかった海賊風の大男の腕を掴みながら、まるで肩に乗せるように潜り込むと、自分の倍ほどある大男を投げ飛ばした。そして、まだ浮いている最中に体当たりのように肩を男の腹部に当てると、大男は馬車に跳ねられたように盛大に吹き飛んだ。


「ゴヴェ」


 その吹き飛んだ先には、先ほど鼻を蹴られて蹲っていた山賊風の大男がおり、巻き込まれる形で店の扉をぶち破る結果になった。


 木製の扉が粉々になっているのを見つめながら、マオリィはブイサインをそちらに向け


「ボクの勝利だねっ!」


 と勝ち誇った。その様子に周りで見ていた観客たちは、マオリィに大歓声を送るのだった。





◆◆◆◆◆





 『呪われた扉』


 歓声に応えながら手を振るマオリィだったが、ミュゼは彼女に駆け寄るとその手を取った。


「ねーちゃん、勝ったよ!」

「勝ったよじゃないわ! 行くわよ」


 と言いながら大急ぎで、その場を後にした。その後からは、「ウチの店がー!」という声を共に警笛な音が聞こえてきていた。


 しばらくして衛兵隊が急行してくると、完全に気絶している二人の大男を確保した。そして住民に状況を尋ねると


「二人でもつれ合って店に突っ込んだんだよ」

「まったく、こんな往来で喧嘩するなんて迷惑な話だぜ」

「この扉の弁償は、誰がしてくれるんやー!」


 などの証言が取れた。男たちも小さい子にやられた等とは言えず、その事件はそのまま処理されることになった。


 南の城砦に戻ったマオリィは、もう一度『再出発(リスタート)』の説明を、ミュゼから口うるさく受けることになったのであった。

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