第61話「惚れた腫れたなのじゃ」
リスタ王国 王城 中庭 ──
良く晴れた昼下がり、王城の中庭ではレオン主催のお茶会が開催されていた。最近リスタ王国に来たコウジンリィの弟子、コウマオリィに同世代の子供たちとの交流を持たせたいという、リリベットたちが提案したものである。
中庭にはいくつかの丸机が設置されており、レオンの挨拶が終ったあと、適当なグループに別れて座ることになった。このテーブルにはレオンとマオリィ、カミラと女生徒が一人座っている。
「マオリィさんは、なぜリスタ王国へ? 観光かしら?」
まず女生徒がそう尋ねると、すでにお菓子を食べていたマオリィは首を横に振った。口をモグモグと動かしたあと、お菓子を飲み込むと女生徒の質問に答えた。
「観光ではないな、ボクは師匠に言われて来たのだ」
「お師匠様?」
「うむ、師匠は武神と名高いコウジンリィなのだ!」
自慢げに答えたマオリィに、女生徒は驚きの表情を浮かべた。
「それって紅王軍の武神様っ!? すごいっ、我が国の英雄よ!」
十二年前の大戦で多大な武勲を挙げたコウジンリィは、リスタ王国においても英雄と呼ばれ、国民の間でも人気の高い人物なのだ。帝国出身であるカミラは首を傾げながら尋ねる。
「そんなに凄い方なの?」
「それは、もう! 単騎で敵の軍勢を切り崩し、敵の黒騎士との一騎討ちは凄まじかったらしいわ」
やや興奮気味の女生徒だったが、マオリィはその勢いにやや押されていた。そんな中、続いてレオンがマオリィに尋ねた。
「コウジンリィさんか……僕が生まれる前にこの国を去ったみたいで、お会いしたことはないのだけど、どんな人だったんだい?」
「師匠か? 師匠はとても強い人なのだ! ある内戦で師匠に助力を断れた城主が、敵方に回られるのを恐れて数百名の軍を差し向けたが、師匠が一睨みしただけで腰を抜かして逃げ出したそうだぞ」
マオリィは自慢げに話したが、ジンリィのことをよく知らないレオンやカミラは、にわかに信じられないといった様子だった。その事を感じたマオリィは頬を膨らませた。
「むぅ……お前たち、信じてないな?」
「いや、そんなことはないよ。ちょっと規格外すぎて想像が追いつかないだけさ」
マオリィは勢いよく席をたったが
「それなら、ボクが師匠の強さの一端を見せてや……ろうかと思ったが、今日は止めておくのだ」
と言いながら再び席に座った。彼女の視線の先にはミュゼが怖い顔をして、マオリィの動向を監視していた。元々マオリィは自分より強い者を尊敬するが、ここ数日一緒に過ごしてミュゼは怒ると結構怖いということを、身をもって知っていたのだ。
「まぁジンリィさんのことより、今はマオリィさんの話が聞きたいな」
レオンが改めてそう尋ねると、マオリィはふふんと鼻を鳴らしながら答えた。
「ボクのことを知りたいだなんて、さてはボクに惚れたな? 少年」
「そんなわけないでしょ!」
マオリィの発言に反論したのは、レオンではなくカミラだった。レオンは苦笑いを浮かべつつカミラを宥め、マオリィには首を横に振った。
「確かにマオリィさんは、素敵な女性だけど他意はないよ」
さわやかに答えたレオンに、カミラは目を輝かせてうっとりとした表情を浮かべていた。この辺りの言い回しは、父であるフェルトにそっくりである。
そんな感じでしばらく歓談したあと、レオンとマオリィは別の席に移動することになった。カミラがちゃっかり付いていこうとしたが、今度はシャルロットが妨害して、レオンの隣の席を奪取していた。
そんな中、多くの誘いを断って、ジークがレオンの対面の席を手に取りながら
「この席に座ってもいいかな?」
と尋ねてくると、レオンは一度頷いてから答えた。
「えぇ、もちろんですよ。ジークさん」
「ありがとう」
ジークは一言お礼を言ってから、その席についた。
「しかし、よかったんですか? 向こうの女性たちがじーっと見つめてますが」
「あぁ、このテーブルなら、安心してお茶が楽しめそうだからね」
ジークはマオリィとシャルロットを一瞥してから、クスッて笑ってからお茶を飲んでいた。
シャルロットは、自分が持ってきた小さなケーキをレオンに見せる。
「レオンさまっ! このケーキとっても美味しいです」
「えっ……あぁ、うん。とっても美味しそうだね。マリーさんお手製かな?」
シャルロットはいそいそとスプーンで、そのケーキを掬うとレオンに差し出した。
「レオンさま、一口どうぞっ!」
「えぇ!?」
その提案にレオンが少し戸惑っている間に、横からマオリィがパクリと食べてしまった。そして、唖然としているシャルロットに答える。
「……うん、とてもうまいのだ!」
しばらくしてフリーズが解けたシャルロットが、マオリィに猛抗議をはじめた。
「な、な、何てことするのよっ! せっかくレオンさまに食べて貰おうとしてたのにっ!」
「そんなにあるんだから、別にいいじゃないか? そんなにレオンに食べさせたいなら……」
マオリィはそう言うと、身を乗り出してシャルロットのケーキをスプーンで掬うと、レオンの口元に押し込むように差し出した。レオンは咄嗟のことに思わず、それを食べてしまった。
「どうだ、美味いだろう?」
マオリィが微笑みながら尋ねると、レオンは頷きながら
「えぇ、まぁ美味しかったのですが、僕は一人で食べれますので!」
と少し慌てた様子で断った。シャルロットは指差しながら、マオリィに猛抗議をしている。そんな彼女たちと、それを宥めているレオンを見て、ジークは笑いながら
「あははは、レオン殿下はおモテになるようだ」
「からかってないで、ジークさんも止めてくださいっ!」
このテーブルも随分騒がしかったが、何とか無事に終えることができた。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 二階 ──
そんな彼らを見守っていたリリベットは、ぼそりと呟いた。
「子供の順応力は凄いのじゃ」
「確かに、マオリィさんもすっかり打ち解けているようですね」
そう答えたマーガレットに、リリベットは頷いた。
「あの様子であれば……ミュゼに相談せねばならぬが、学園に通わせてみるものよいかも知れないのじゃ」
「癇癪さえ起こさなければ、問題はなさそうですが……」
マーガレットは少し不安そうに答えると、リリベットは静かに頷くのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 中庭 ──
それからしばらく経ったあと、レオン主催のお茶会は終わろうとしていた。今はレオンが閉会の挨拶をしている。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございました。僕も王族の一員として、皆様と交流の機会を持てたことを感謝しております」
まるで大人顔負けの挨拶をしているレオンだが、実は昨夜フェルトに相談して、一緒に挨拶文を考えて貰ったから出来ているに過ぎない。
そして、レオンの挨拶が終わると参加者からは拍手が送られ、無事にお茶会は終了したのだった。
◆◆◆◆◆
『ヘレンとマオリィ』
マオリィが口一杯にしながらケーキを頬張っていると、突然ズボンが引っ張られた。マオリィがモグモグしながら、そちらを見るとヘレンがじーっとマオリィの目を見つめていた。
マオリィは、ケーキを一気に飲み込むとヘレンに尋ねる。
「お前も食べたいのか?」
「食べたいのじゃ~」
ヘレンが二パーと笑って、両手を広げて抱っこを要求していた。マオリィはヘレンを抱き上げると自分の膝の上に乗せてから、ケーキをスプーンで掬うとヘレンの口に運んでいく。パクリとケーキを食べたヘレンは、満面の笑顔を浮かべながら手足をバタバタと動かした。
「おいしいのじゃ~!」
それを見ていた女生徒たちは「可愛い」と黄色い声を上げながら、一緒になってヘレンの口にケーキを運んでいる。
「美味しいのじゃ~もぐもぐ」
与えられたまま口に含んでいるヘレンに、レオンは困ったような表情を浮かべて窘める。
「ヘレン、ちょっと食べすぎじゃないか?」
「これぐらい大丈夫なのじゃ~うっ」
ヘレンは少し青い顔になると首を振っている。マリーがすぐに駆け寄ってきてヘレンを抱き上げると、彼女の背中を優しく撫でている。
「大丈夫ですか、ヘレン殿下? ……余り無理に食べてはいけないと、いつも言っているでしょ?」
「うぅ……」
マリーはそのままヘレンを連れて行ってしまい、マオリィはそれを寂しそうに見つめていた。