第6話「姉妹なのじゃ」
リスタ王国 王城 中庭 ──
リスタ王城には中庭があり、庭師によってしっかり管理された庭園は、美しく整えられた緑に囲まれている。中心には噴水があり城勤めをしている者たちにとって、憩いの場になっていた。
そんな中庭では、早々に公務を済ませたリリベットが子供たちとお茶会を開いていた。中庭にいるのは、リリベットと子供たち、給仕としてマリー、その息子のラリーの合わせて五人と、少し離れたところに護衛として近衛副隊長のサギリが控えていた。
マリーがティーテーブルにお茶会の準備をしていると、リリベットの鼻腔をくすぐるコーヒーの芳しい香りがしてきた。自分の前に置かれたコーヒーに、リリベットが首を傾げながら尋ねる。
「ふむ、今日はコーヒーなのじゃな?」
「はい、よい豆が手に入りましたので」
マリーは微笑みながら答えると、リリベットはカップを持つと香りを楽しんだあと、少し口に含んだ。
「ふむ、美味いのじゃが……これは、すこし苦いかも知れぬ。子供たちには別のものを……」
と言いながらカップをソーサーに戻すと、ヘレンがリリベットの膝の上に飛び乗ってきた。
「やぁ~、ヘレンも飲むの~」
「これ、危ないのじゃ!? ヘレンは、苦いのは嫌じゃろう?」
マリーはそんな様子を微笑ましく見つめながら、ミルクのポットをテーブルに置き、リリベットにヘレンがコーヒーを飲みたがっている経緯を説明する。
「……というわけでございます」
「なるほど、ミルクで割るのか……わかった、マリーに任せるのじゃ」
マリーは頷くと子供たち用にカフェオレを作り、それぞれの席の前に置く。それを受け取った子供たちは、七三ぐらいのミルク寄りのコーヒーを飲みはじめた。
「おいしいのじゃ~」
「うん、甘くて美味しい」
子供たちは喜びながらごくごくと飲み干すと、席を飛び出して芝生のところで駆け回りはじめる。そんな子供たちを見ながら、リリベットは嬉しそうに呟いた。
「ふふふ……お茶を飲んでお話しするより、外で駆け回る方が楽しい年頃じゃろうか?」
一人っ子であり齢二歳にして女王になったリリベットには、あのように子供たちだけで遊ぶようなことがなかった。そのことが羨ましくもあり、子供たちが楽しそうに遊んでいる姿が、心の底から嬉しく思えたのだった。
「そうでございますね……おや?」
マリーは返事をすると同時に、こちらに向かってくる十歳ぐらいの金髪赤眼の女の子たちに気が付いた。街娘が着るにしては上等なドレスを着た二人組みは、うり二つの顔をしている。
遅れてリリベットも二人に気が付くと、微笑みながら右手を振った。
「おや、久しいな。ラケシス、イシス」
「はい、お久しぶりでございます。陛下」
二人とも、ズレることなく同じタイミングで挨拶をしてきた。この二人はラッツとマリーの双子の娘でラリーの姉になる。歳は十一歳で、王立学園に通う生徒でもある。双子ではあるが若干性格が異なり活発な方がラケシスが姉、少し控えめな方がイシスが妹になる。
「二人とも学園生活は……いや、まず座るがよいのじゃ」
「はい、ありがとうございます」
二人は勧められたまま椅子に座ろうとするが、ラケシスは飲み物を用意しようとしていたマリーを手伝おうと声をかけた。
「お母様、手伝います」
「いいのよ、貴女たちは陛下のお相手をしてなさい」
そう言われてラケシスは大人しく席についた。そんな親娘のやりとりに、リリベットは微笑みながらそれを眺め、ヘレンが大きくなれば、娘ともこんな感じになるのだろうかと考えていた。
「ふむ、改めて聞くが学園生活はどうじゃろうか?」
「はい、大変充実しております。授業も難しくなってきていますが、行事などが多くて大変ですね」
「もうすぐ学園祭があるんですよっ!」
二人の姉妹は目を輝かせながら学園生活について語っている。リリベットは彼女たちの年頃には、すでに結婚の準備をしていたので、彼女たちを見ていると眩い光に包まれたような、少し不思議な感覚を持つのだった。
学園祭は王立学園の行事の一つだが、学園周辺を含めた学府エリアあげてのお祭であり、建国記念のリスタ祭、女王生誕祭に続き、リスタ王国の新たな大祭になっている。リリベットも開会式典には呼ばれており、挨拶をすることになっていた。
少し離れた芝生で遊んでいたヘレンたちが、姉妹に気が付き駆け寄ってくる。
「あ~シスシスなのじゃ!」
「王女殿下、姉妹でまとめないでくださいな」
イシスは椅子から降りると、飛び込んできたヘレンを抱きとめた。続いてレオンとラリーが戻ってくると、ラケシスが綺麗な所作でお辞儀をする。
「レオン殿下、こんにちは」
それに習いレオンも丁寧にお辞儀をする。
「お久しぶりです、ラケシスさん。それにイシスさんも」
「はい、レオン殿下もお変わりなく」
イシスもヘレンを抱きかかえたまま、器用にお辞儀をした。
姉妹が学園に通うようになってからやや疎遠になっているが、子供の頃から遊んでいる仲であり、マリーの子供たちと王家の子供たちはとても仲がよかった。国民の間では、この二人がレオンの妃候補なのでは? などと囁かれているが、本人はおろかリリベットすら、まだそんな遠い話のことは考えていなかった。
ラケシスはラリーを見つめながら尋ねる。
「ラリー、王太子殿下とは仲良くしている?」
「はい、ラケシス姉様」
レオンはラリーの肩に手を回すと、少年らしい笑顔を浮かべ
「僕たち親友ですから」
と二人で笑いあっている。そんな風景を微笑ましく見つめながら、ふとあることに気が付いたリリベットが呟くように尋ねる。
「ラリーはそのように笑うのじゃな、私の前ではいつも顔を真っ赤にして、隠れてしまうから知らなかったのじゃ」
「ぇぅ……ぁ……」
ラリーは顔を真っ赤にしてレオンの後ろに隠れてしまう。リリベットは困ったような表情を浮かべると再び尋ねる。
「……ひょっとして、私は嫌われておるのじゃろうか?」
マリーは空になったカップを紅茶と取替えながら、クスッと笑って答える。
「逆ですよ、陛下。この子は、陛下のことが大好きなのです」
「かっ……母様っ!?」
突然の秘密をばらされたラリーは、レオンの後ろから抗議する。リリベットも少し驚いた顔をしたが、ラリーに優しく微笑みかける。
「ほうほう、それは光栄な話じゃな。嬉しく思うぞ、ラリー」
その言葉にラリーは、さらに顔を真っ赤にしてレオンの後ろに隠れてしまうのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 財務大臣執務室 ──
中庭のほのぼのした雰囲気とは違い、この部屋ではピリピリした空気が流れていた。部屋の中には、財務大臣ヘルミナと学芸大臣ナディアが、向かい合いながらソファーに座っていた。ヘルミナの横には若い二人の大臣の勢いに負けて、存在感が消えている典礼大臣ヘンシュがいる。
資料を読んでいたヘルミナが、その資料を突き返すようにテーブルに置く。
「やはり予算を掛けすぎです。せめて三分の二にしていただきたい。ただでさえ今年は校舎の増築工事で予算を圧迫しているのですから」
「そうは言いますけどヘルミナさん、子供たちは学園祭を楽しみにしているのです。ここは盛大にしたほうが、国威の面からも経済的にも有利かと!」
現在この部屋では、学園祭の予算についての話し合いが持たれているのだ。国庫を守り予算を可能な限り減らしたいヘルミナと、子供たちの思い出を大事にしたいナディアとの話し合いは平行線を辿っていた。
この二人も同じ女性大臣として普段はとても仲が良いのだが、こと予算に関してはよく対立している。
リリベット主導で、国をあげて行った学府建造計画は順調に進み、今では諸外国から学びにくる生徒がいるほど有名な学校になっていた。そこから輩出される生徒も優秀な人材であり、ナディアを筆頭に国を支える要職についていることも多い。しかし、それだけに校舎の増築や教員の補充、その他諸々と予算を大量に使うのである。
「まぁまぁ……お二人とも落ち着いて」
居た堪れなくなってきたヘンシュが、二人を宥めようと話しかけてみるが、ヘルミナに睨まれて萎縮してしまう。
「だいたい、この開催式典の予算は何ですか!? いくら陛下が参加なされるとは言え、もう少し予算のことも考えていただかなくては!」
式典担当のヘンシュ大臣にまで飛び火して完全に薮蛇である。その後も平行線を辿っていく予算案だったが、最終的にはなんとかお互いが譲り合う形でまとまるのであった。
◆◆◆◆◆
『美人姉妹と勝利』
ラケシスとイシスの姉妹は、マリーに似て大変美人に育ちつつある。当然、学園内でも人気が高く。何人もの男子が狙っているが、王太子の妃候補という噂に阻まれて告白に及んだ生徒は少ない。
その人気も活発だが少しドジな面もあるラケシス派と、大人しいがしっかり者イシス派に分かれており、そのうち裏で抗争でも起きるのではないかと噂されている。
そんな彼女たちだったが実はミーハーなところもあり、一つ上のジーク・フォン・ケルンという騎士家の若者を見かけては、「素敵っ!」と騒いだりしている。