第58話「密航者なのじゃ」
リスタ王国 王城 謁見の間 ──
数日後、再びザイル連邦のココロット大臣が、謁見の間に訪れていた。対応しているのは、女王リリベット、宰相フィン、外務大臣フェルトと護衛に近衛隊が数名付いている。
「それでは、これより帰国致します。女王陛下」
ココロット大臣が丁寧に頭を下げると、リリベットは右手を軽く上げて答えた。
「うむ、この度はご苦労だったのじゃ」
「帰路もグレートスカル号をお貸しくださり感謝致します。あの船はまったく揺れないのがいい」
ココロットも黒猫族の獣人であり、本来は海や船が嫌いである。それでもグレートスカル号であれば、その巨大さ故に、ほとんど揺れず平地が動いているような感覚なのだ。
「なに、こちらで特別に用意したわけではないのじゃ」
「この度は通商条約の更新だけでしたが、もう一つのほうもよろしくお願い致します」
ココロット大臣が再び頭を下げると、リリベットは少し考える素振りをして答えた。
「うむ……滞在中に話が纏まらず、すまなかったのじゃ。言うまでもないことじゃが、貴国と争うつもりはないのじゃ」
「はい、心得ております。我が王にも、そのようにお伝え致しますのでご安心ください」
その言葉にリリベットが頷くと、ココロット大臣は一段と深く頭を下げた。
「それでは、そろそろ出航の時間でございます」
「うむ、私は見送りに出れずに申し訳ないのじゃが、道中は気をつけるとよいのじゃ」
「ありがとうございます」
こうしてザイル連邦の外務大臣ココロットは、見送りに出たフェルトと共に謁見の間を後にするのだった。
リリベットはそれを見つめながら
「さて、どうすればよいのじゃろうか?」
と呟くのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 謁見の間 ──
それから二十日後、ザイル連邦の動きを探っていたリスタ王国だったが、ザイル連邦からジオロ共和国を経由して戻ってきた、グレートスカル号によって別な問題が発生していた。
玉座に座るリリベットは、困った表情を浮かべつつ尋ねる。
「……それは何なのじゃ?」
リリベットの眼前には、ログス船長と屈強な船乗りが四名立っており、その足元にはロープと鎖でぐるぐる巻きにされた樽が置いてあった。
「あ~……まぁ密航者だ」
ログスが渋い顔をしながら答えると、ラッツが衛兵から受け取った報告書をリリベットに渡す。
「……密航者じゃと?」
リリベットは怪訝そうに報告書に目を通すと、少しだけ目を見開いた。
「二十名?」
それが報告書に書かれていた、この密航者を捕らえるために負傷した船乗りの数である。
「それで……その樽の中身は生きておるのじゃろうな?」
「あぁ、鮮度が良すぎて手におえねぇぜ」
ログスは苦笑いをすると樽を開けて、中身を鷲掴みにして引っ張り出した。リリベットは再び目を見開いてから首を傾げる。
「どんな凶悪な者かと思っていたのじゃが……女の子じゃな?」
ログスに寄って樽から引っ張り出されたのは、黒髪の少女で猿ぐつわとロープでぐるぐる巻きにされていた。
「密航者とはいえ、子供にその扱いはひどいじゃろう? 猿ぐつわを外すのじゃ」
「しゃーねぇな……って痛ぇ!!」
ログスが猿ぐつわを外した瞬間、その少女はログスの手に噛み付いた。思わず手を離したログス、その女の子は着地したログスの脛を蹴ると、次にリリベットに狙いをつけて、そのまま飛び蹴りの体勢に入った。
その瞬間ラッツが間に入り、王者の護剣の応用で地面に叩き付けられると、密航者はゴロゴロと転がりまわっていた。そして、そのまま再拘束されるのだった。
「いたたたた、離せ! この変態っ! ボクはリリベット様に会うまでは、捕まるわけにはいかないのだ」
と喚き散らすと、ラッツは彼女を押さえながら答えた。
「それならよかった。今、君が襲い掛かった方がリリベット様だよ」
「えっ、嘘だ!? ボクと同じぐらいの女の子って聞いたぞ!?」
リリベットは、扱いに困ったといった表情を浮かべながら尋ねた。
「私がお主ぐらいと言ったら、十年も前の話なのじゃ。いったい誰から聞いたのじゃ?」
「師匠だ!」
要領を得ない回答に、リリベットはため息を付くと再び尋ねた。
「ふぅ……その師匠とやらの名前は?」
「コウジンリィ! 武神コウジンリィなのだ!」
思わぬ名前が飛び出したことで、リリベットを含めこの場にいた全員が驚きの声を上げた。
「ジンリィじゃと、懐かしい名前なのじゃ。彼女はいま何をしているのじゃ?」
「ボクを置いてどこかに行ってしまったのだ! もし困ったらリスタ王国のリリベット女王を頼れって言われていたから、あの大きな船に乗ってきたんだ」
その少女の言葉に、リリベットは少し考えると尋ねる。
「ふ~む……お主、もう暴れぬじゃろうな?」
「ボ……ボクに危害を加えないなら」
「うむ、約束じゃぞ? ラッツ、この者の拘束を解いてやるのじゃ」
「はっ」
ラッツは命令の通りに少女の拘束を解くと、護衛のためにリリベットの横まで下がった。リリベットはログスたちを下がるように命じると、彼らは渋々と謁見の間から出ていった。
そして、リリベットは改めて尋ねる。
「それで、お主の名前はなんというのじゃ?」
「コウマオリィ」
「ふむ、コウ家の者か? ……誰か、紅王軍のコウ家縁の者を連れてくるのじゃ」
リリベットがそう命じると、近衛の一人が急いで伝令に向かった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 食堂 ──
紅王軍のコウ家の者が、来るまでには少し時間がかかるので、リリベットはマオリィを連れて食堂に来ていた。リリベットは彼女に食事を提供しつつ、彼女の身の上話を聞くことにしたのだった。
「それで、お主はいくつなのじゃ?」
マオリィは目の前に置かれた食事を口いっぱいに含みながら、両手を開いてリリベットに突き出した。
「十歳か」
マオリィは、ぶんぶんと頷いている。
そんな質問をいくつかしていると、先ほど伝令に出た近衛と赤い鎧を着た男性が一人が、食堂に入ってきた。
赤い鎧の男性は、リリベットの近くまでくると敬礼をする。
「お呼びでしょうか、主上」
「うむ、この娘なのじゃが見覚えはあるじゃろうか?」
リリベットが尋ねると、その男性はマオリィを一瞥して首を横に振った。
「いいえ、存じておりません」
「ふむ……コウ家の者のようなのじゃが?」
リリベットが改めて尋ねると、その男性はテーブルを回り込んでマオリィ側にくると、彼女をじっと見つめた。
「確かに……コウ家の者のようです。この腰につけている飾りは、コウ家五天の一つである『矛』を示すものですので」
「五天じゃと?」
リリベットが首を傾げると、コウ家の男性が答えてくれた。
「五天とは、コウ家の直系五家のことです。コウ家当主は、その中から選ばれています」
「ふむ……わかったのじゃ。ご苦労じゃった、もう下がってよいのじゃ」
「はっ!」
コウ家の男性は敬礼をすると、食堂から出て行くのだった。
身元の確認が取れたことでリリベットは、マオリィが食べ終わるのを待って、今後のことを話はじめた。
「マオリィよ。お主はこれからどうしたいのじゃ?」
「師匠を捜しにいくのだ」
「しかし、手がかりもないのじゃろう?」
「むむむ……」
何も考えていなかったのか黙り込んでしまったマオリィに、リリベットはため息をついた。
「ふむ……仕方がない、しばらく我が国に滞在するがよい。こちらでもジンリィの行方を捜してみるのじゃ」
「本当か!?」
マオリィは目を輝かせていたが、リリベットは一つ咳払いをすると口を開いた。
「しかし、まずは罪を償ってもらわねばならんのじゃ」
「えぇ!?」
「ラッツ、この者の罪状を読み上げるのじゃ」
「はっ!」
ラッツは敬礼をすると、胸元から手帳を取り出して読み上げはじめた。
「まずグレートスカル号への密航、乗組員への暴行、そして女王陛下を狙った襲撃です……えっと、まぁ裁判するまでもなく死刑ですね」
ラッツが呆れた様子で読み上げると、マオリィは目を見開いて驚いていたが、最後の女王襲撃だけで死罪は免れない、しかしリリベットは付け加えるように言った。
「我、リリベット・リスタの名で、お主に『再出発』の権利を与えるのじゃ。今までの罪は問わぬが、今後罪を犯せば死罪、または国外追放だと覚えておくのじゃ」
こうして再出発により罪が許されたコウマオリィが、リスタ王国の一人として加わることになったのだった。
◆◆◆◆◆
『捕縛劇』
家出同然に飛び出してきた実家には戻れず、仕方なくグレートスカル号に密航したがマオリィだったが、航海の途中で船乗りの一人に見つかってしまう。
なんとか甲板まで逃げてきたマオリィだったが、屈強な船乗りたちに取り囲まれてしまう。そこから素早い動きと強力な打撃で二十名を打ち倒したが、途中で足を滑らせて頭を強打、気絶している間に縛られて一際丈夫な樽の中に押し込まれたのだった。