第56話「宝物殿なのじゃ」
リスタ王国 王都 ラフス教会 ──
シャルロットが学園から帰ってくると、サーリャと歓談しているコンラートと目があった。コンラートはニコッと笑うと、右手を軽く上げて挨拶をしてきた。
「やぁ、君は確か演習の時もいたよね?」
シャルロットがジトーと警戒した目で、コンラートを見つめていると、サーリャが振り返りながら
「おかえりなさい、シャルちゃん。こちらはコンラート・アイオさんよ、ヨドスおじいちゃんが倒れていたところを助けていただいたの」
とコンラートを紹介しながら、シャルロットを隣の席に座らせると自分はお茶の準備をするためにキッチンに向かった。シャルロットと二人きりにされたコンラートは、やや居心地が悪そうに尋ねた。
「えっと……シャルちゃんだっけ?」
「シャルロット・シーロード。あたしを愛称で呼んでいいのは、特別な人だけよ」
明らかに不機嫌な感じでそう言い放つと、すぐにソッポを向いてしまった。コンラートは、困った表情を浮かべながら再び尋ねる。
「私は君に何かしたかな? 何か嫌われているような気がするんだが……」
「いえ、別に」
顔も背けたまま短く答えるシャルロット。別に彼女がコンラートに恨みがあるとかなどではなく。ただ単純にサーリャに近付く妙な男扱いをされているだけなのだが、コンラートは意味がわからず困惑した表情を浮かべていた。
そこにサーリャがお茶を持って帰ってくると、その場の雰囲気に不思議そうな表情を浮かべ首を傾げた。
「どうかしましたか?」
コンラートは、苦笑いを浮かべながら答える。
「あはは……いえ、若い子と話す話題がないもので」
「あらあら」
サーリャはお茶を淹れながら、楽しそうに笑う。
「ふふふ……難しい年頃ですが、そんなことありませんよ。そうですね……例えば、シャルちゃん。今日の学園はどうだったの?」
「う~ん、いつも通りかな? どっちがレオンさまに早く辿りつけるか、カミラと競争したの」
サーリャの笑顔に、シャルロットもにこやかに答えた。コンラートは自分には向けられない、シャルロットの可愛らしい笑顔に驚いていたが、サーリャはそのまま会話を続ける。
「カミラちゃんとは、相変わらずなのね」
「あの子ったら、フライングしてズルイと思うっ!」
怒った風に見えて、どこか楽しげに話すシャルロットだった。
その後、しばらく歓談をした三人だったが、コンラートが戻る時間になったためお開きになった。
玄関まで見送りに来てくれたサーリャに、コンラートはお辞儀をする。
「それではサーリャさん、また機会があれば」
「えぇ、コンラートさん。いつでも遊びに来て下さいね。シャルちゃんと一緒に歓迎しますわ」
その言葉にサーリャの後ろに隠れていたシャルロットは、舌を出して威嚇をしている。それを見たコンラートはクスッと笑う。
そして、馬に乗ると軽く手を振ってから、ラフス教会を後にするのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 謁見の間 ──
それから二週間ほど経ったある日、謁見の間にザイル連邦からの使者が訪れていた。黒猫の様な顔をした女性で、ザイル連邦の外務大臣ココロットである。
彼女の後ろには、熊のような姿をした屈強な護衛が二人付いていた。
対するリスタ王国側は、女王リリベット、宰相のフィン、外務大臣フェルト、護衛にラッツとサギリと近衛隊十名、部屋の隅にはマリーとマーガレットが控えていた。
「遠路、よく来たのじゃ。ココロット殿」
「お久しぶりでございます、女王陛下。謁見を賜り感謝致します」
ココロットは丁寧に頭を下げたが、熊の護衛は身動き一つしなかった。本来は無礼に当たるのだが、いつものことなのでリリベットを含め特に咎めることはなかった。
「それで、今日は何の用なのじゃ?」
「今回の訪問は、同盟関係の確認でございます。貴国と我が国は非常に良い関係を築いておりますので、今後とも続くように再度確認に参ったのです」
持って回った言い方だったが、リリベットも特に異存はなかったので頷きながら答えた。
「うむ、我が国としてもザイル連邦との友好関係は大事にしたいと思っておるのじゃ。細かな確認などは、外務大臣と宰相と共に詰めるとよいのじゃろう」
「はっ、ありがとうございます」
ココロットは再び丁寧に頭を下げた。
「女王陛下、我が王より贈り物がございます。お納めください」
「ほぅ、バルドバ王から?」
リリベットが尋ねるとココロットは頷き、熊の護衛の一人が後ろに合図を送る。しばらくすると扉が開き、大きな箱が謁見の間に運び込まれるのだった。
そして、箱の蓋が開かれると眩いばかりの財宝が姿を現した。
「我が王からの友情の証でございます」
ココロットの言葉に、リリベットはフィンの方を一瞥する。それに対して彼は小さく頷いた。
「うむ、ありがたくいただくとするのじゃ」
リリベットがそう答えると、黒猫の顔が笑ったように見えた。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 廊下 ──
謁見が終わるとリリベットは、学園から帰ってきたレオン、駄々をこねて付いてきたヘレン、そしてお守りにマリーの三名と共に、ある場所に向かうために廊下を歩いていた。
その後ろには近衛隊のサギリと部下二名が、先ほどザイル連邦から贈られた財宝を運んでいる。
「ヘレンはもちろんじゃが、レオンも宝物殿は初めてじゃったな?」
「はい、場所は知ってますが、僕も入ったことはないです」
そう答えたレオンの頭をリリベットは優しく撫でる。
「わたしに何かあれば、宝物殿の管理はお主がやることになるのじゃ。入るためには少し手順がいるのじゃ、よく覚えるのじゃぞ」
「はいっ!」
母からの言葉に期待を感じたレオンは、胸を張って答えたのだった。
リスタ王国 王城 宝物殿の入り口 ──
宝物殿の入り口に辿りついた一行は、その大きな扉を眺めていた。この扉には多重結界が張られており、物理的にこじ開けるのは難しく、無理に開けようとすれば様々な罠が発動する仕掛けになっていた。
リリベットはポケットから指輪を取り出すと、高らかと掲げながら宣言した。
「我、リリベット・リスタの名において開門を命じる」
大きな音をたてながら左右に開いていく扉の前で、リリベットは指輪をレオンに見せる。
「お主にも渡してあるが、この『王家の指輪』と『王家の宣言』があれば、この扉は開くのじゃ」
それを聞いたレオンは自分の胸に手を当てて、手に当たる堅い物の存在を確認するのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 宝物殿 無限回廊 ──
リスタ王国の宝物殿は間取り的に存在しないことになっており、高貴なる森人のフィンによる空間系の魔法で構築され、その広さは無限と言われている。
リリベットたちが歩いているのは、左右にドアが沢山並んでいる回廊で、リリベットは歩きながらレオンに尋ねる。
「レオンよ、この入り口は殆ど偽物なのじゃ。本当の入り口はどこにあるじゃろうか?」
突然尋ねられたレオンは戸惑いながら歩きはじめ、ドアとドアの間で止まった。
「ここですか、母様?」
「うむ、正解なのじゃ。さすが我が子じゃな」
リリベットはとても嬉しそうにレオンの頭を撫でると、王家の指輪を壁に向けた。その壁は音も無く消えて隠し部屋の入り口が開かれたのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 宝物殿 ──
隠し部屋に入ると、大きな部屋に眩いばかりに金銀財宝が積まれていた。
「す、凄い!」
レオンはもちろんのこと、近衛隊の隊員たちも驚きの声を上げる。
「この財宝は……ひょっとして貯蓄資産ですか、母様?」
「うむ、リスタ王国建国時から、貯め込んでいる資産なのじゃ」
貯蓄資産と言うのは、再出発として罪を許された国民が、再び罪を犯し全財産を没収されたもので構成された資産である。国家予算とは別枠であり、財務省でも独断では利用できず、王の許可が必要であり移民たちの生活費や孤児たちのために利用されている。
「持ってきた財宝は、その辺りに置いておくのじゃ」
リリベットの命令で、近衛隊の隊員が山積みされた財宝に近付くと、その一角が崩れ紫色の鱗を持った大きなドラゴンが顔を覗かせた。
それを見た近衛たちは腰を抜かしていたが、サギリはリリベットの前に出て腰の剣に手をやった。その姿にリリベットが慌てて止める。
「だ、大丈夫なのじゃ。ラーズは襲って来たりはせぬのじゃ」
ラーズはリリベットの姿を見ると、再び首を下ろし眠りはじめた。マリーに抱きかかえられているヘレンは、目を輝かせながら興奮して手足をバタバタを暴れさせていた。
「ドラゴン、ドラゴンなのじゃ~」
「ヘレン殿下、あぶないですよ」
マリーは窘めると、頬を膨らませていた。リリベットはそんな娘の姿を見てクスッと笑うと、マリーからヘレンを受け取った。
「レオンも付いてくるのじゃ」
「あ、はいっ!」
ヘレンを抱っこしながらリリベットは、ラーズの顔に近付いた。再び開かれた瞳がギロリと睨みつける。レオンは若干怯えてリリベットの後ろにいるが、ヘレンは凄く嬉しそうに目を輝かせていた。
「ラーズよ、この子がレオン、そして私の腕の中にいる子がヘレンなのじゃ」
「グルゥゥゥゥゥ」
返事だったのか小さく唸り声を上げると、再び目を閉じて眠りについた。
「お主はいつも寝ておるの~、まぁいいのじゃ。それでは財宝も置いたことじゃし、帰るとするのじゃ」
こうして子供たちをラーズに紹介したリリベットは、宝物殿を出るために歩きだしたのだった。
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『無限回廊』
宝物殿の無限回廊は、ひたすら続くドアが並んでいるだけの空間である。そのドアのどれを開けてもトラップであり、別の空間に飛ばされてしまう。
初代国王ロードスの血筋だけが、真の入り口を感知できるようになっているのだ。