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第54話「海の習いなのじゃ」

 ムラクトル大陸 西方海域 老朽艦『カフェルイム』の甲板 ──


 演習の標的として、この海域に浮かべられていた老朽艦カフェルイムの甲板には、いかにも海賊風といった姿の男たちが右往左往していた。


 その中の一人、若い海賊がヒゲ面の船長と思われる中年男性に、状況の報告をしにきていた。


「親分! やっぱり、この船には人がいねぇですぜ」

「なんだとぉ?」


 エリーアス提督の予想通り、この海賊たちはカフェルイムを何かの理由で停泊している船と、勘違いして乗り込んできていたのだ。しかし、いざ乗り込んでみても人ひとりいない状態である。


 海賊の親分が渋い顔で考え込んでいると、若い海賊が提案してくる。


「船ごとぶんどってきますか? ボロい船ですが売ってもいいし、バラして木材に変えてもいいですぜ」

「う~ん、そうだな……いや、待て!」


 その提案に同意しかけた親分だったがハッと何かに気が付くと、周りをキョロキョロと見回しながら叫んだ。


「テメェら、周りを見ろっ! 何かいねぇか!?」


 その声に反応して、甲板上にいた海賊たちは舷に駆け寄って周辺を見回した。その中で南西の方角を見た海賊が叫び声をあげる。


「艦隊だっ! 帝国の奴らがこっちに向かってきてやがるぞっ!」


 海賊の親分は、集まってきた子分たちを掻き分けて南西の舷に辿りつくと、子分の一人から望遠鏡を奪い取り南西の海を覗き込んだ。


 中央に一際大きな船ノインベルグ、その左右と後方に計十隻の艦隊が、猛スピードで近付いてきているのが見えると、海賊の親分は慌てた様子で叫んだ。


「敵だ、この船は罠だ。てめぇら、船に戻れぇ!」

「わぁぁぁぁぁ」


 その怒号に子分たちは慌てて、自分たちの船に向かって逃げ出した。



◇◇◆◇◇



 ムラクトル大陸 西方海域 帝国艦隊 旗艦『ノインベルグ』──


 見張り台からの報告を聞いた副長は、エリーアス提督に駆け寄ると状況を説明した。


「海賊どもは、こちらに気付き撤退を開始したようです」

「あぁ、カフェルイムを盾にして逃げ切るつもりらしいな」


 エリーアス提督は目を細めると、手を大きく振って指示を出し始めた。


「右舷の一番~四番は北に回り込みつつ海賊どもの頭を抑えよ! 残りのは取り舵三度だ、カフェルイムの脇を抜けるぞ! 当艦は右舷砲門を開け!」


 提督の指示は直ちに各艦に伝達され、艦隊は左右に分かれて海賊たちを追いかけ始めた。




 しばらくして、再び見張りからの報告が、副長によりエリーアス提督の元に届いた。


「海賊どもは北北西に針路を切ったようです。ノインベルグの射程なら届きますが、射線上にカフェルイムが……」

「元々沈める船だ、気にするな。順次砲撃せよ」

「はっ」


 副長は敬礼をすると伝声菅を使って、右舷砲手へ攻撃命令を伝える。程なくして、始まった砲撃は雨のように海賊団に降り注ぐことになった。



◇◇◆◇◇



 ムラクトル大陸 西方海域 海賊船甲板 ──


 距離もあることからノインベルグからの砲撃は、お世辞にも精度が高いとは言えなかったが、それでも海賊団を怯えさせるのに十分だった。


「ひぃぃぃぃ! 撃ってきやがった!?」

「あいつら、自分の船が盾になってるっていうのに構わずかよっ!?」


 海賊船の近くでは大きな水柱が上がっており、海賊たちは混乱の最中にあった。海賊の親分は子分たちを落ち着かせるために怒声を浴びせる。


「落ち着きやがれ、てめぇら! あんな砲撃当たるわけがねぇだろ!」


 しかし、その瞬間併走していた海賊船の一隻に砲弾が直撃して、大きな音と共に轟沈していった。それを見た親分は、目を見開いた状態で口をあけている。


 親分が言っていた通り、この距離の砲撃が狙って当たるわけもなく、もちろんこの直撃はまぐれ当たりなのだが、それでも海賊たちをさらに混乱させるには十分な効果があった。


 まとまっていた残り四隻の海賊船も散り散りに逃げ始め、風上に帆を抜けてしまい裏帆を打って停船してしまったもの、錯乱して海へ飛び降りる者、船同士の針路が重なりあって衝突するものなど、散々たる有様になっていた。


 それでも親分の乗った船だけは何とか脱出できたが、右舷前方より針路を塞ぐように四隻の船が現れ海賊船に対して砲撃を開始した。海賊船から見て右舷に展開中の艦隊は、かの大戦にも参加していたベテラン船乗りが多く、風の掴み方が上手かったのだ。


「ちぃ、もう追いついてきやがったか! 取り舵一杯っ!」


 四隻から逃げるように南西に舵を切った海賊船だったが、その左舷にはすでにノインベルクを含む七隻が近付きつつあった。



◇◇◆◇◇



 ムラクトル大陸 西方海域 帝国艦隊 旗艦『ノインベルグ』──


 ノインベルクの右舷に現れた海賊船を見て、エリーアス提督はニヤリと笑った。そして、副長も笑いながら確認するように尋ねる。


「提督、どうやら動ける船はあの船だけのようですな」

「あぁ、斉射だ。ノインベルグに合わせて他の艦も砲撃を開始せよ」


 即座に伝達が行なわれ、七隻の艦隊は右舷砲門を開きつつ待機している。


 エリーアスは、小さく息を吸い込むと命令を発した。


「撃てぇ!」


 ノインベルグに引き続き放たれた砲弾のうち数発は、海賊の親分が乗っていた船に直撃し、海賊船は轟沈していった。


 その残骸の周辺には、海に逃れた海賊たちが漂っていた。それを見た副長は、提督の指示を仰ぐ。


「提督、救助なさいますか? 帝国法では連れ帰ったところで処刑ですが……」

「救助を求める者は助けてやれ。敵であろうとも海に落ちた要救助者は、助けるのが海の習いだ」




 その後、海に落ちた海賊たちの救助をする艦と、残りの三隻を拿捕する艦に別れ、海賊は二十二名ほど救助された。しかし、頭目の親分は救助を拒否して海に沈んでいった。


 その報告を聞いたエリーアス提督はぼそりと呟いた。


「愚かなことだな……」



◇◇◆◇◇



 リスタ王国 王城 ヘレンの部屋 ──


 その頃、いつもより眠りが浅かったのか、ヘレンがお昼寝から目覚めていた。


「うにゃ……」


 キョロキョロと周りに誰もいないことを確認すると、モゾモゾとベッドから這い出てると、ベッドの上に置いてあったノワの足を掴んで、引きずりながらドアに向かって歩き始めた。


 しかしドアに辿りつく前にドアが開き、マリーが中に入ってきた。そして、目の前まで来ていたヘレンに驚く。


「あら、ヘレン殿下。もう起きてらっしゃたのですね」

「ん~……」


 ヘレンはまだ眠いのか、ノワから手を離してマリーのスカートに抱きついた。その瞬間、目がパッチリ開いてマリーの顔を見ると、目を輝かせながら尋ねた。


「あま~いにおいがするのじゃ~」

「あらあら、よくわかりましたね。クッキーを焼いてきました」


 マリーはニッコリと微笑むと、ヘレンを抱き上げつつノワを拾って、ヘレンとノワをソファーに座らせると、一度部屋から出てからティーワゴンを押して部屋に入ってきた。


 そして、ヘレンの前にクッキーとミルクを置いた。


 ヘレンはすぐに食べようとしたが、なぜか止まってキョロキョロと辺りを見回してから、ぴょんとソファーから降りると、ティーワゴンから一枚のソーサーを取り出してからソファーに戻った。


「殿下? そのお皿は何に使うのですか?」


 マリーが首を傾げると、ヘレンはクッキーを一枚ソーサーの上に乗せてから、横で座っているノワの前に置いた。


「ノワの~」


 ヘレンは二パッと笑いながら答えると、今度は自分のお皿からクッキーを取って食べ始めた。そんなヘレンに、マリーは小刻みに震えながら微笑むのだった。





◆◆◆◆◆





 『マリーのクッキー』


 その頃リリベットは帝国宰相一家の訪問や、その前の諸行事などのために滞っていた報告書に目を通していた。朝から昼過ぎまで延々と確認作業をしていたため、ついに疲れ果てて机に突っ伏しながらぼやき始めた。


「まったく終わらぬのじゃ~」

「そんなこと言っても仕事は減りませんよ」


 マーガレットに窘められたリリベットは、彼女に聞かれないように小声で呟いた。


「そんなことはわかっているのじゃ……」

「仕方ありませんね。少し休憩をしましょう。お茶を入れてきます」


 マーガレットは前室に行くと、しばらくしてトレイを持って戻ってきた。リリベットはピクッと震え、顔を上げていそいそとソファーに向かった。


 テーブルの前にクッキーと紅茶が置かれると、リリベットは目を輝かせながら


「やっぱりマリーのクッキーなのじゃ!」


 と嬉しそうに微笑んだ。そんなリリベットに、マーガレットはため息をつきながら、確認するように尋ねる。


「休憩したら、ちゃんと仕事に戻ってくださいね?」

「うむ、わかっておるのじゃ」


 リリベットは、クッキーを美味しそうに食べながら、そう答えるのだった。

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