第53話「軍艦なのじゃ」
ザイル連邦 とある遺跡 ──
亜人や獣人たちの国、ザイル連邦は部族同士が争った歴史があり、現在でも滅びてしまった部族の遺跡が多く残っている。その一つに見た目の歳は十六、七歳の少女が訪れていた。
美しい金髪を後ろでまとめ、彼女の長い耳が高貴なる森人であることを示している。手には松明、背にはリュック、腰にはポーチと矢筒に短剣と折り畳み式の弓を装備している。
「まったくジメジメしてるわね。それに臭いわ」
そんな文句を呟きながら少女は、石造りの遺跡を歩いている。遺跡自体は蜥蜴の亜人リザードマンの遺跡らしく、壁面には何かを奉っている蜥蜴頭の人々が描かれていた。
「何かを奉った神殿のようなものだったのかしら?」
少女が物珍しそうに壁画を見ながら歩いていると
ガコンッ
という音と共に床が抜けた。
「わっ!? ……スーラァ!」
バランスを崩して奈落に落下しそうになった少女は、叫びながら右腕を天高く突き上げると、少女は落下を止めて宙空で停止した。彼女の周りではバサバサと何かが羽ばたく音が聞こえている。
「ありがとう、スーラ! そのまま向こう岸まで運んでくれる?」
「ピィィィィ」
甲高い鳴き声と共に、彼女の右手を掴んだ状態で姿を現した真っ白の鳥は、彼女を向こう岸まで運ぶと再び姿を消した。この鳥は少女の契約精霊で普段は見えないが、常に彼女の近くにいる。
「注意を引いておいて罠を仕掛けておくとか、古典的なトラップねっ!」
その後もいくつかのトラップを突破すると、妙に明るい大きな広間に出た。
「明るいと思ったら、天井が抜けているのか……」
降り注いでいる光は大きく抜けた天井からの光で、正面には大きな樹が生えていた。そして、その樹の根元を見た瞬間、少女は顔を引きつらせるのだった。
「うげ……あれドラゴンじゃない!? しかも精霊種じゃないやつ」
ドラゴン ── この世界の中で最大の巨体を誇る生物で、空を飛び、炎などを吐き、堅い鱗に覆われている。その眷属の飛竜と呼ばれる種類は、乗り物として軍事民間で使われることもある。
彼らは光ものを集める習性があり、ドラゴンの巣には金銀財宝が眠っていることが多いのだが、ドラゴンの危険度に比べてその報酬は見合わないものだった。
「これは正直無理ね……」
彼女がそう呟いて一歩下がると、小枝を踏み抜いた音がした。その瞬間ドラゴンの瞼がゆっくりと開き、蛇のような縦長の瞳で少女を睨みつけた。
少女の頬に一筋の汗が流れる。次の瞬間、頭の中を触られるような感覚に少女は首を横に振る。
「……小娘、何をしにきた?」
頭の中から直接響くような声が聞こえてきた。少女は少し戸惑ったが、すぐに親指を突き出して宣言する。
「もちろん、お宝探しよ!」
「ふ、ふ……ふっはははは、面白いな小娘! 財宝を奪いに来ておいて隠そうともしないとはな」
横たわった体勢のまま、ドラゴンは口を大きく開けている。やはり表情からは読み取れないが、聞こえてくる声からは敵意は感じられなかった。
「ここはアンタの巣? 邪魔して悪かったわね。安心してもう帰るわ」
「まぁ待て、小娘! そんなに宝が欲しいならいくらでもくれてやる」
ドラゴンはそう言うと尻尾を金貨の山に突っ込み、そのまま横滑りに金貨を少女の目の前に運んだ。それに驚いた少女は、金貨を一枚拾いながら尋ねた。
「くれるの?」
「あぁ、好きなだけ持っていくといい。どうせ我は使わぬし、お前が持てる範囲など我には微々たるものだ」
少女はにやっと笑うと、金貨や宝石を皮袋につめてリュックの両端に吊り下げる。そのドラゴンはよく見てみると、首から翼にかけて怪我をしており動けないようだった。その傷を見ながら首を傾げて尋ねる。
「ありがとう、それで何をして欲しいの? 何か用があったから呼び止めたのでしょう、さすがにその傷は治せないわよ?」
「いや、この傷はしばらくすれば勝手に治る。それに特に用ということはないのだが、かれこれ百年ほど動いていないし、他人と話してもおらん」
少女は首を傾げながら呟いた。
「つまり……暇だってこと?」
「まぁそうだな」
少女はお腹を抱えながら笑い出した。
「あははは、なにそれ! ドラゴンのくせに」
「そんなに笑うなっ!」
ドラゴンは口を大きく開けて威嚇したが、少女は敵意がないのを感じていたので動じなかった。そして、ドカッと床に座ると
「いいわ、それじゃ私が少しお話相手になってあげる。私の冒険話のレパートリーは豊富よ? 筋肉への土産話にもなるしねっ!」
と言って微笑むのだった。
◇◇◆◇◇
クルト帝国があるムラクトル大陸の西方海域、ここには三大大陸に属さない小さな島国があり、帝国民のリゾート地としても人気のある島々だ。
その島国から、少し北側にいったところでクルト帝国西方艦隊が演習を行なっていた。
ムラクトル大陸 西方海域 帝国艦隊 旗艦『ノインベルグ』──
戦艦『ノインベルグ』── 十二年前の大戦で、生き残った帝国西方艦隊の旗艦である。その甲板上で、黒髪を上げて後に流した中年の男性が、すでに展開が始まっている艦隊の様子を見守っていた。
この中年男性こそ、エリーアス・フォン・アロイス提督だった。
かの大戦で半数以上を失った西方艦隊は、当初艦隊としての機能が完全に停止してしまっていた。そのため、ムラクトル大陸西方海域では、他の海域から海賊が流入してしまっていたが、エリーアス提督は艦隊を再編制と増強を進めつつ海賊たちを牽制して、海賊と帝国艦隊とで均衡状態を保つことに成功していた。
そんな情勢の中、今回の演習は艦隊の練度を高めるための訓練である。
望遠鏡で周辺を確認していた船乗りの一人が、エリーアス提督に報告をする。
「エリーアス提督、左翼に展開中の五番艦、六番艦、八番艦が遅れているようです」
「信号旗で艦列を整えるように伝えよ」
エリーアス提督の言葉に、その船乗りは頷くと船尾の方へ走っていた。エリーアス提督は、唸り声をあげて考え込む。
「やはり新兵の多い左翼が遅れがちになるな……」
帆船は風を受けて動くため、常に同じ動きができない。そのため全体を所定の位置に並べて艦隊を運用するのは難しいのだが、艦隊同士の戦いでは陣形はとても戦局を左右する重要な要素なのだ。
しかし増強を繰り返した西方艦隊は、エリーアス提督が満足できるほどの練度が整っていなかった。
しばらくして艦隊の動きが整うと、副長の中年男性がエリーアス提督に報告する。
「提督、準備が整いました」
「あぁ、それでは目的地に向かって出発せよ!」
エリーアス提督の号令は、手旗信号によって艦隊全体に伝えられると、相手艦隊として配置してある老朽艦がある海域に艦隊は進みだした。
演習場になっている所定の海域に向かった西方艦隊は、順調に南東の風に乗り進んでいた。旗艦ノインベルグのメインマスト上の見張り台から、前方海域を確認していた船乗りは前方で何かを発見した。
「あれは標的の船……となんだ、アレは?」
見張りの船乗りは、老朽艦の周りに見える影を何度か確認したあと、慌てた様子で伝声管に向かって叫んだ。
「緊急! 標的の船の周りに所属不明な中型船が五隻! 繰り返す! 所属不明船五隻を確認!」
伝声管を伝って届けられた声は、すぐにエリーアス提督の元に届けられた。
「なに!? 不明船だと?」
驚いた様子のエリーアスは、副長から望遠鏡を受け取り前方の海域を確認した。確かに標的として配置していた老朽艦の周りに、中型船が五隻が見えている。
「あれは……海賊だな。老朽艦を座礁した船と勘違いして襲撃したのか? よし、全艦に伝令! 戦闘配備、そして標的変更だ」
「はっ!」
エリーアス提督の命令に副長は敬礼をすると、大急ぎで船尾の方へ向かったのだった。
◆◆◆◆◆
『ぼやき』
一方リスタ王国では、大通りにある食堂で騒ぎが起きていた。昼時なのに酔っ払った男が、同じ食堂でデートをしていたカップルに因縁をつけていたのだった。
酔っ払いは女性にしつこく絡みながら、手を伸ばそうとする。
「いいじゃねぇか! こっちきて一緒に飲もうぜぇ?」
「きゃっ!」
「おい、いい加減にやめろよ、この酔っ払い!」
怯えている女性を後に隠して、恋人と思われる男性が前に出る。邪魔をされた酔っ払いは、物凄い形相になって酒瓶を振り上げると……
ゴッ!
という鈍い音と共に崩れ去った。その後には筋肉の塊のような大男、衛兵隊長のゴルドが面倒くさそうな顔をして立っていた。
「まったく! お日様が高いうちから飲みやがって、羨ましいぜぇ」
ゴルドがそうぼやきながら気絶した酔っ払いを担ぎあげると、助けられたカップルからお礼を言われた。
「ありがとうございます!」
「いや、なに……仕事なんでなぁ」
少し照れくさそうに短い髪を掻くと、酔っ払いを担ぎ上げたまま店を後にするのだった。そして、一度だけ振り返り寄り添っている恋人たちを見て、一言ぼやくのだ。
「あいつぁ、まだ帰ってこないのか?」