第50話「海賊流の挨拶なのじゃ」
ノクト海 黒鮫号 ──
北西寄りの風が吹きメインマスト上では、キャプテンオルグの旗である『ビッグスカル』と、リスタ王国の旗がたなびいいていた。そんな中、舵を握るオルグは自慢げに自分の冒険譚を、シャルロットとレオンに聞かせていた。
「そこでワシは言ってやったわけよ、お宝を目指さなくて何が海賊だと!」
「わぁ!」
最初は何となく聞いていたレオンも、次第にオルグが語る大冒険に目を輝かせるように聞き入っていた。それはシャルロットも同じだったが、ちょっとはしゃぎ気味のレオンを盗み見しては、ちょっと可愛いなどと思っていた。
話が佳境に差し掛かり盛り上がりを見せはじめたころ、艦首の方からざわめきが聞こえてきた。オルグは話を止めて、前方にいるリリベットたちに声を掛ける。
「ん? おーい、どうしたぁ? 何かいたかぁ?」
「うむ、船が近付いてきておるのじゃ、どうやら海賊船のようじゃが?」
「大丈夫だっ! このキャプテンオルグの旗とリスタ王国の旗を掲げてんだ、ここらの海賊なら襲ってきやしねぇって」
オルグは自身満々に答えたが、レオンが少し不安げな顔をしていた。シャルロットは腰のカバンから望遠鏡を取り出すと、リリベットたちが指差している方角を覗き込む、まだかなり距離があるが船体から帆まで、真っ白な大型船が近付いて来ていた。
「あんな真っ白な船……海賊連合にあったかなぁ?」
「あっ!? 真っ白な船だぁ、ちょっと貸せ……嫌な予感がしやがるぜぇ」
オルグはシャルロットから望遠鏡を受け取ると、船が近付いているという方角を覗き込んだ。
「うげぇ……あれは」
オルグは顰め面をしながら、そうぶつやくと舵を急速に回転させ始めた。急速旋回を始めた船は大きく揺れ、リリベットは踏ん張れず倒れ掛かったが、咄嗟にフェルトが抱きかかえて事なきを得た。
「大丈夫かい?」
「いたた……すまぬのじゃ」
フェルトはウィンクをすると微笑んだ。一瞬顔が赤くなったリリベットだったが、すぐに矛先をオルグに変えて文句を言う。
「こら、オルグ! もっと丁寧に操船するのじゃ!」
「いやぁ、わりぃ、わりぃ! だが針路変更だ。あの船に近付いても碌なことがねぇ」
そのまま一同は舵の周りに集まると、リリベットが首を傾げながら尋ねた。
「あの船は何なのじゃ?」
「ありゃ、海賊連合の船なんだが、グレートスカルなんて屁でもねぇってのが船長やってんだ。リスタの旗だろうが、グレートスカルだろうが、近付けば構わず撃ってくるぜ」
「馬鹿な……そんなことピケルが許さぬじゃろう?」
オルグは呆れた顔で首を横に振った。
「あの船はシー・サーペント号って言ってな、縄張りはもっと北の方だったはずなんだが……今の海賊連合じゃ、あの婆に頭が上がる奴がいるとは思えねぇ」
「えぇ!? あれが伝説のシー・サーペント号!?」
驚きの声を上げたのはシャルロットだった。しかし、どことなくワクワクしたような表情を浮かべている。そんなシャルロットに、レオンが首を傾げながら尋ねた。
「シャルさん、あの船を知っているの?」
「うん、話に聞いたことがあるぐらいだけど、オルグ船長と並ぶ伝説の女海賊と言われた人が乗ってる船で、一応海賊連合の船だったはずなんだけど……」
シャルロットが自信無い感じに答えると同時に、黒鮫号の遥か後方で水柱が上がっていた。リリベットは驚いた表情をしてオルグを問い詰める。
「う、撃ってきおったのじゃ!? どうするのじゃ、オルグ!」
「心配しなさんな、ありゃ挨拶のようなもんさ、届きゃしねって! それにこの船の船足に付いて来れるわけがねぇ!」
レオナルドもオルグの言葉や船足と距離を見て、それほど心配している様子はなく、サリナやアイラもそんなレオナルドを見て落ち着いた様子だった。
「なかなかスリリングな船旅ですわね!」
「ふむ、滅多に体験できるものではないな」
フェルトは少し考え込んだあと、リリベットに尋ねる。
「当てる気はなかったようだけど撃ってきたのは事実だし、一応シー・ランド海賊連合の方に問い合わせた方がいいだろうね?」
「うむ、そうして欲しいのじゃ」
リリベットがそう答えると、フェルトは軽く頷いた。
◇◇◆◇◇
ノクト海 白蛇号甲板 ──
時間は少しだけ遡る。
シー・サーペント号の甲板では、白い船長服を来た老婆が仁王立ちしていた。副長らしい中年の男性がその老婆に近付くと
「キャプテン! 前方に船を発見しやしたっ!」
「奴らかぃ?」
老婆が睨みながら尋ねると、副長は首を横に振って答えた。
「いえ、旗印はビッグスカルとリスタ王国旗です」
「ビッグスカルだぁ!?」
老婆はそう言うと、副長が差し出した望遠鏡を奪い取るように掴み、船首付近まで向かうとそちらを覗き込んだ。
「ふぇふぇふぇ、本当にビッグスカルだ! あの爺、ま~だ生きておったかぁ!」
少し嬉しそうにそう呟いた老婆は、望遠鏡は副長に投げるとニヤッと笑う。
「かまわねぇから、ぶっ放しちまいな!」
「えぇ!? ダメですって、あれを攻撃したらまたグレートスカルと戦争になっちまいますぜ!?」
副長は慌てて止めたが、老婆は楽しそうに笑う。
「ふぇふぇふぇ、馬鹿だねぇ。海賊同士が海で出会って一発もぶっぱなさねぇなんて、格好がつかねぇだろうがぁ!」
「しかし!?」
「どうせ当たりゃしねぇって、ガタガタ抜かすならテメェを砲弾代わりに詰めてぶっ放すぞぉ!」
そこまで言われれば副長として黙って従うしかなく、船首に取り付けた長距離砲の砲手に向かって命じる。
「装填よーい! 撃てぇ!」
その号令を持ってシー・サーペント号から放たれた弾は、この船と黒鮫号の間ぐらいに落ちて、水柱を打ち上げるのだった。
◇◇◆◇◇
ノクト海 黒鮫号 ──
シー・サーペント号と遭遇したあと、針路を変えた黒鮫号はのんびりと漂い、現在は鯨などを観覧している。
すでに先ほどの出来事など忘れて、子供たちは鯨が水面に上がってくると歓声をあげながら喜んでいた。
フェザー兄弟はオルグに教わりながら釣りに興じており、彼らの妻たちはその姿を見つめながら応援している。
フェルトが一匹吊り上げるとリリベットも喜んだが、フェルトがビチビチと暴れる魚を彼女に近づけると、顔を引きつらせて後ずさった。
「そ、それを近づけるのを……やめるのじゃ!」
「あれ、リリーって魚苦手だった?」
リリベットは少し身構えて、そっぽを向きながら答えた。
「食べるのは好きなのじゃ」
フェルトはクスっと笑うと、魚を用意されていた入れ物の中に入れた。レオナルドは難しい顔をしながら、竿の先端を見つめて呟いた。
「釣れる気がまったくせんな」
「まぁ釣りは忍耐ですから」
「ふむ……フェルは慣れているようだな?」
「まぁ、他の大陸へ外交官として行くときは、片道七日間の船旅ですから自然と覚えました」
フェルトはそう言いながら、もう一匹を釣り上げていた。
しばらく後、レオナルドの釣果はあまり伸びなかったが、フェルトたちが釣った魚を使ってオルグが豪快な海賊料理を始めた。
「がっははは、これだけいて一人も料理ができないとは思わなかったぜっ!」
オルグの言うとおり、リリベットやサリナはもちろんのこと、乗船した者たちの中に料理の経験者はおらず、唯一シャルロットだけが手伝えるぐらいだった。
「任せて、レオンさまっ!」
シャルロットは女の子らしいところを、レオンに見せるよい機会だとして張り切っていたが、出来上がってきた料理は豪快漢メシといった感じで、女の子の料理には程遠かった。
「見た目はちょっとアレだが、美味いはずだぜ!」
そう言ってオルグがよそったスープは、磯の香りがする汁物で魚や不揃いな野菜などが入っていた。
レオンたちはそれを受け取ると、匙で掬って口に運ぶ。レオンは目を見開きながら
「美味しい!」
と感想を言うと、シャルロットは安堵のため息をつくのだった。
◆◆◆◆◆
『海賊シー・サーペント』
元大海賊グレートスカルの傘下の海賊で、キャプテンリンダという老婆が船長を務めている。海賊時代のグレートスカルの傘下の中でもかなりの武闘派で、海戦になると先陣を切ることも多かった。
オルグが陸に上がる際に袂を分かち再度独立、一応海賊連合の傘下という事になっているが、かなり自由な海賊で海賊会議などにも参加せず、近付けば同じ連合の海賊だろうが軍艦だろうが襲い掛かる。普段はジオロ共和国寄りの海域で活動している。
「海上で馬鹿みたいに白い船を見つけたら、さっさと逃げろ!」
これも海賊たちに伝わる教訓である。