第48話「体験終了なのじゃ」
リスタ王国 王立学園 初等部の教室 ──
体験入学の最終日。
その日の授業が終わりアイシャがアルビストン学園長と、再び一緒に教壇に立っていた。まずアルビストン学園長が口を開いた。
「本日をもってアイシャ君の体験入学が終わる。彼女にとって、皆との交流は実りある学園生活だったことだろう。人は出会い別れを経験して……」
少々長い演説のあと、小さな子を中心に集中力がなくなったことに気がついた学園長は、一つ咳払いをして
「ごほんっ……あ~、少し長く喋りすぎたようだな。では、アイシャ君」
と言って一歩後ろに下がると、代わりにアイシャが一歩前に進み出た。
「皆さん、短い間でしたがありがとうございました。本当に親切で楽しい学園生活を送れました」
周辺からは、男子生徒を中心にため息交じりの声が聞こえてくる。
「くっ……ついにしゃべることすらできなかった」
「仕方ないって、あんな美人を前にしたら誰だって緊張する」
アイシャの別れの挨拶が終わり、学生代表としてジェニスから花束が贈られ、彼女が笑顔でそれを受け取ると生徒たちからは一斉に拍手が送られた。
こうしてアイシャこと、アイラの短い学園生活は幕を閉じたのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 食堂 ──
その日の晩、リスタ王家と帝国宰相一家は夕食の席を共にしていた。食事が始まる前に、リリベットがアイラに尋ねる。
「それで……学園生活は楽しめたじゃろうか? アイラ皇女」
「はい、叔母様! すご~く楽しかったです!」
目をキラキラさせながら返事をしたアイラに、リリベットは満足そうに頷いた。
「それはよかったのじゃ」
続いてレオナルドの方を見ると、確認のために尋ねる。
「確か滞在は、あと三日の予定じゃったな?」
「はい、女王陛下。残りもよろしくお願いいたします」
「うむ、任せるがよいのじゃ」
リリベットが頷くと、今度はフェルトが口を開いた。
「……と言っても、この国は狭いですから粗方見てしまったよね?」
「そうじゃな、あとは牧場か船で海に出るか……」
「ほぅ?」
海に出るという言葉に、レオナルドが少し反応を示した。それを見たフェルトが尋ねる。
「兄上は、海や船がお好きなようですね?」
「ん? あぁ、そうだな。お前も知っているとおり、帝都はおろかフェザー領の屋敷からですら、海まで七日もかかるからな」
「それならば、明日はクルージングを楽しむとするのじゃ」
リリベットは側に控えていたマーガレットに、目配せすると彼女はリリベットに近付いて横に立った。リリベットは彼女に用件を小声で伝えると、マーガレットは小さく頷いて食堂を後にする。
「ふむ……レオン」
「はい、何でしょうか母様?」
「ピケルの娘がおったじゃろう? 確か名前は……」
「シャルさんですか?」
レオンに言われて思い出したように頷くリリベットは、さらに続けて提案する。
「あの娘も誘ってみてはどうじゃろうか? 明日は学園も休みじゃし、あの娘が来てから数ヶ月そろそろ海の一つにでも出たくなる頃じゃろう? 何しろ海で生まれ、海で育ったような子じゃからな」
リリベットの発言はシャルロットの父であるピケルに、娘を託されたことを気に掛けての発言であり、サーリャとは違いレオンとシャルロットの仲を、取り持とうなどという考えはなかった。
「それは、あのシャルさんですか? 学校ではカミラさんと一緒に側にいてくれて嬉しかったです」
「アイラ皇女が問題ないなら大丈夫じゃろう?」
「そうですね。それでは、夕食の後にちょっと誘いに行ってみます」
レオンがそう言うと、丁度給仕たちによって食事が運ばれてきた。
リリベットは気を取り直してレオナルドたちに食事を勧め、彼らが祈りを終えるのを待った。帝国人は基本的にヘベル教徒であり、食事の前には祈りを捧げる。対してリスタ王国の人々は、それほど宗教的ではないので祈りを捧げるようなことはなかった。
その中でヘレンだけが先に食べようとしていたが、マリーに窘められてくずっている。
「ヘレン殿下、皆さんのお祈りが終るまで、もう少し待ちましょうね?」
「う~」
その雰囲気にサリナは目を開けて、クスッと笑うとレオナルドに告げる。
「レオ、お腹を空かせている子を待たせるのも悪いわ」
「あぁ、そうだな。ヘベル様も幼子を待たせるのは望まないだろう」
レオナルドも頷いて、略式の祈りを捧げた。
「それではいただくとしようか、今日も美味しそうだ!」
「えぇ」
その後、一同は談笑しながら食事を始めたのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 ラフス教会 ──
シャルロットが、そろそろ寝ようかとサイドテーブルのランプに手を伸ばすと、扉からノックの音が聞こえてきた。
「シャルちゃん、起きてる?」
「うん? サーリャお姉ちゃん、どうしたの?」
「お客様がいらっしゃったのだけど」
シャルロットは扉を開けて、サーリャの顔を見ると首を傾げた。自分を尋ねてくる客人など記憶にないのだ。
「お客さまって、誰なの?」
「近衛の方だったわ。お城からの用件みたいだけど」
「近衛……あっ、ひょっとしてレオンさまのお使いかも!?」
シャルロットはそう言うと、玄関の方に駆け出してしまった。その背中にサーリャが慌てた様子で
「ちょ、ちょっとシャルちゃん、そんな格好で出るの!?」
と声をかけたがシャルロットは聞こえなかったのか、そのまま玄関を開けてしまった。
玄関を開けると近衛隊の隊員が一人とレオンが立っており、突然飛び出してきたシャルロットに驚いた表情を浮かべていた。シャルロットはレオンがいたことに固まってしまったが、レオンは何とか気を取り直して
「や……やぁ、シャルさん、こんばんは。夜分遅くにごめんなさい」
と謝ると、シャルロットも気を取り直すと改めて尋ねる。
「レ、レオンさまっ!? えっと、こんな時間にどうしたの?」
「え~っと、実は母様が……」
レオンがリリベットに言われたクルージングの計画を告げると、シャルロットは嬉しそうに目を輝かせた。
「クルージング! もちろん行きますっ! 海は大好きですっ!」
「それは良かった。それではまた明日迎えに来るから。暖かくなってきたけど、風邪には気を付けてね?」
レオンはそう告げてから、近衛を引き連れて通りに止めてある馬車の方に歩いて行った。シャルロットは、首を傾げながらも笑顔で手を振って見送っていた。少し遅れてサーリャが出てくるとシャルロットの肩に上着を掛ける。
「近衛の方は、もうお帰りになったの?」
「うん、レオンさまもいたよ」
「あら……私が出た時はいなかったのに馬車にいたのかな?」
「明日女王陛下のクルージングに、一緒に来ないかって誘ってくれたの!」
嬉しそうに目を輝かせるシャルロットに、サーリャはため息をつき
「シャルちゃんは、本当にレオン王子のことになると周りが見えなくなるわね」
と、シャルロットを指差した。シャルロットはキョトンと首を傾げてから自分の姿を確認すると、みるみると顔が赤くなる。シャルロットは寝る直前だったのでかなり薄着で、レオンの前に立ってしまっていたのだった。
「な、なんで教えてくれなかったの~!」
「私はちゃんと言いましたよ!」
サーリャは、その場にしゃがみこんでしまったシャルロットを立たせると、背中を軽く叩き部屋に戻るように言うのだった。
◆◆◆◆◆
『王族と近衛隊』
基本的に王族が市街に出る際には、特に指示がなければ近衛隊の隊員が、原則最低一人は護衛に付くことになっている。
例外としてマリーが同行しているときのヘレンには付いておらず、また直衛が付かない場合でも、隊長のラッツを中心に陰ながら見守っているケースが多い。
今回はラフス教会への訪問は二名の近衛が付いており、遅い時間だったので安全を考慮してレオンは馬車で待機、近衛の一人がサーリャと対応したあと、レオンを馬車から呼ぶ形が取られていたのだった。