第45話「体力測定なのじゃ」
リスタ王国 王立学園 校庭 ──
ノクト海上で海賊同士の諍いがあっても、リスタ王国では特に問題にならず、アイラ皇女は今日もアイシャとして王立学園に登校していた。
その日は校庭で、今期の入学生に対する簡単な体力測定があるらしく、全員支給された運動服に着替えていた。白い半袖のシャツに赤いハーフパンツ姿のアイシャは、長く美しい髪を後ろで束ねており、スラリと伸びた脚が生徒たちの目を引いていた。
「私、ズボンと言うものを初めて穿きましたが、とても動きやすいのですね」
アイシャの感想に、近くにいたシャルロットとカミラは
「あたしも初めてだよ!」
「私もそうですわ!」
と対抗意識を燃やしていた。もちろんそんな事はなく、シャルロットは船に乗っているときは短めのズボンを愛用している。レオンやジェニスも同じ格好をしていたが、ジェニスは少し暗い顔をしていた。
「ジェニス、暗い顔をしているけど、どうしたんだい?」
「実は……運動は苦手なのです」
「あぁ、確かに君はそんな感じだね」
レオンが指摘したとおり、ジェニスは線が細い身体をしており、運動はあまり得意なようには見えなかった。
今回の体力測定は、短距離・長距離を走り、制限時間内に物を所定の位置に運ぶ数など、様々な方法で運動能力を測定していくようだった。
「身体を使うことなら、あたしのがきっと上よ。お嬢さまなんかには負けないんだからっ!」
シャルロットは、アイシャを指差しながら宣言する。対するアイシャは特に気にした様子はなく微笑みながら
「ふふふ……お互い頑張りましょう」
とさらりと受け流してしまった。まるで相手にされてない悔しさからか、シャルロットはギリギリと歯軋りをしている。
しばらくして体力測定が始まった。レオンとシャルロットは身体を使うことが得意なので、どの測定でもかなりよい結果を出していたが、カミラとジェニスは後ろから数えたほうが早い成績だった。
そして話題のアイシャは容姿がリリベットと似ていても、やはりフェザーの血筋なのか身体能力は他の生徒と比べて群を抜いており、年齢別の結果でも上位に食い込んでいた。
傍目から見てもカッコいいアイシャに、レオンは目を輝かせながら褒め称えた。
「アイシャさん、凄いんだねっ!」
「ふふふ、幼いころから護身用にと剣の稽古をしてましたから」
「へぇ、僕も父様に護身のために習っているよ、一緒だね」
レオンとアイシャの話が盛り上がっていると、近くで何かが倒れたような大きな音が聞こえてきた。レオンが振り向くと、そこにはカミラが倒れており甘えるように彼に訴えかけてきた。
「いた~い、転んじゃったっ! レオンさま、助けてっ」
もちろん彼女が転んだのはワザとではあるが、レオンは駆け寄ってカミラを助け起こす。
「大丈夫? カミラさん」
「ありがとうございます……きゃっ、レ、レオンさま!?」
レオンが、カミラの土がついたハーフパンツをパンパンと叩くと、彼女の顔がみるみると赤くなっていった。
「つ……土ぐらい自分で払えますから!」
カミラはそう言うと、臀部を隠しながらモジモジと後ずさりするのだった。
体力測定が終わり結果としてはアイシャの運動能力の方が勝っていたが、シャルロットとは歳の差もあるので、仕方ないことだと言えた。それでも落ち込んでいたシャルロットの肩に、レオンがポンッと手を置き
「元気だして、シャルさんも全然凄いよ!」
と声を掛けると、すぐに満面の笑顔を浮かべるのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 宰相執務室 ──
フィンがレオナルドたちの接待等で、溜まっていた仕事を片付けていると、執務室のドアをノックする音が聞こえてきた。
「開いている」
フィンは脇見も触れず、そのまま仕事を進めながら声を掛けると、ドアが開きノシノシという音と共に一人の男性が部屋に入ってきた。
「お呼びでしょうか、宰相閣下」
少し変わった発音にフィンは顔を上げて、その人物を確認する。
「あぁ、わざわざ済まないな、ベルカ殿……まぁそちらに掛けたまえ」
ベルカと呼ばれた男性は、二足歩行をする黒豹の姿をしており、黒豹商会の会長でザイル連邦と、リスタ王国の交易を支えている商人の一人だった。
フィンは仕事を止めるとベルカが腰掛けたソファーまで行き、そのまま対面に座った。
「商売のほうは、最近はどうかね?」
「はい、お陰さまで順調でございます。まぁ度々狐堂の女狐が邪魔してきますが」
ベルカはチラリと牙を見せたが高貴なる森人のフィンには、その表情の意図は掴めなかった。
「今日、来てもらったのはザイル連邦のことを尋ねたくてね」
「はぁ? 私でわかることでしたら何なりと」
ベルカは少し警戒しながら首を傾げたが、リスタ王国との交易はすでに黒豹商会にとって、非常に重要な位置を占めていたので、その国の重鎮であるフィンに無礼な態度は取れなかった。
「君から見て、最近のザイル連邦はどんな印象なのだ?」
「最近の連邦ですか? まぁ普段通りって感じですね。あぁ、でも……」
ベルカが何かを思い当たったように頷くと、フィンは話すように手を差し出した。
「長い内乱が終わってバルドバ王の治世になり平和になってますが、今まで戦いに身を置いていた戦士や傭兵たちが、行き場をなくして野盗化してるらしいです。まったく商人にとっては迷惑な話で、護衛を雇わなきゃならず出費が多くて大変ですよ」
ベルカの愚痴に、フィンは少し目を細めると頷いた。
「なるほど、戦がなくなって傭兵が野盗化する話はよく聞くな。それでバルドバ王はどうなさっているのだろうか?」
「王は常備軍の拡張などで、働き口を増やしてやることで対処しているようですが、焼け石に水なようですな。なにせ、すでに大陸に敵がおりませんから、商人からは軍拡など不要説が強いのです」
このベルカやファムのような人族とは異なる人類を亜人と呼ぶが、その中でもベルカのような獣の要素が強いものを獣人と呼ぶ。獣人と呼ばれる種族は狩猟民族がほとんどであり、本能的に戦いを好む傾向がある。そんな獣人の群れが、戦いの場を失い暴れているのである。
「雇用を捻出するために軍拡か……うむ」
あまり褒めれた施策ではないが、それでも十分に理解が出来る方法だった。フィンは咳払いをすると、ベルカに核心部分の話を振った。
「ザイル連邦と海賊たちが、手を組むことは考えられるだろうか?」
「海賊ですか? シー・ランドの連中とは敵対関係ですね。言っちゃ悪いが、商人であいつらのことをよく思っている奴なんていませんから」
シー・ランド海賊連合が、三大大陸中央のノクト海に陣取ってるせいで、三大大陸の行き来はかなり遠回りを強いられており、そのおかげでノクト海の航海の自由を有しているリスタ王国は、小国ながら一目置かれる存在なっているのだ。
フィンは苦笑いを浮かべると、改めて尋ね直す。
「それでは、手を組むのは考えられないと?」
「う~ん、そうですな……ノーマの連中ならあるかもしれませんな」
「ノーマ?」
ベルカの言葉にフィンが首を傾げる。
「ノーマは海賊の連合体の名前で、貴国におけるシー・ランドの連中のようなものです。ザイル連邦の海運を牛耳ると共に、海賊働きもしてるようなごろつきですね」
「ほぅ?」
フィンは興味深そうに目を細めると、その後もベルカの話をじっくりと聞いていくのだった。
◆◆◆◆◆
『更衣室にて』
体力測定が終わった生徒たちは、男女に分かれて更衣室で着替えをしていた。シャルロットはチラチラとアイシャの方を見ながら、そのプロポーションに悔しそうな表情を浮かべていた。
「あ……あたしだって、あと数年もすればっ!」
そんな決意めいたことを呟いていると、横から笑い声が聞こえてくる。
「ほっほほほ、スタイルに関しては私の方が上ね、シャルロット!」
シャルロットがそちらを睨むと、カミラが下着姿で高笑いをしていた。彼女とシャルロットは同じ歳だが、若干カミラのほうが成長が早いようで、少し女性らしさが出て来ていた。
「なによ、たいした差じゃないじゃない!」
「ほっほほほ、僅かの差であっても勝ちは勝ちですわ!」
再び二人で喧嘩を始めたが、場所が更衣室であるためいつも止めているレオンがいなかったため、周りの女生徒たちが慌てて引き離すまで続いたのだった。