第44話「ノーマの海賊なのじゃ」
リスタ王国 王城 食堂 ──
アイラがアイシャとして初登校した日の晩、王城ではリスタ王家と宰相フィン、帝国宰相一家の晩餐が行われていた。
食事の中盤に差し掛かったころ、レオナルドがアイラに尋ねる。
「それで……どうだったのだ、学園の方は?」
「とても楽しかったですわ、お父様。同年代の子たちと、あんなにおしゃべりしたのも初めてでしたし」
アイラは目を輝かせながら答えたが、サリナ皇女は心配そうな表情で尋ねる。
「本当に大丈夫? 皆さんにご迷惑をお掛けしてないかしら?」
「はい、アイラ皇女は今日一日で、すっかり生徒たちと溶け込んでおられますね」
サリナの質問にはレオンが答えると、少し安心したのか柔らかい表情になった。対するアイラはしたり顔をしていた。それを見ていたヘレンも何故か得意気な表情を浮かべるのだった。
「学園の生活を実際に体験してみてどうじゃっただろうか? 出来れば感想を聞かせてほしいのじゃ」
ワインを口にしながらリリベットが質問をすると、再びアイラの目が輝き始めた。そして堰を切ったように口を開く。
「勉強の内容は、簡単な計算などでしたから問題ありませんでしたが、私より全然小さな子たちも理解しているのが驚きました。帝国の子供たちは、あのぐらいの年齢でも文字が読めない子もいると聞いてましたし……」
「ふむ、まだ今期が始まったばかりじゃからな、授業内容は学習塾で学んだことの復習といったところじゃろうか?」
リスタ王国は、クルト帝国や七国同盟などの諸国に比べて王立学園設立前から初等教育、つまり読み書き簡単な計算に力を入れており、小国のわりに識字率がかなり高い国である。
特にクルト帝国では知識は貴族のみの特権であり、本などの流通も厳しく管理されている。商人を除く平民の子であれば、文字や計算が出来ない子供もかなり多いのだ。
リリベットは、レオナルドの方を見ながら尋ねる。
「貴国はあまり教育に力を入れておらぬようだが、レオナルド殿はどのようにお考えなのじゃ?」
「確かにリスタ国のように国が支援をして、全ての国民に教育を施すという考えは素晴らしいものと思いますが……こう言っては何ですが、貴国だから出来る施策でしょうな」
レオナルドの言葉は少々無礼なものであったが、リリベットは少し考えてから答える。
「我が国は小さく人口も少ない、故にこのような施策が出来ると申しておるのじゃな?」
レオナルドは静かに頷いた。確かにクルト帝国の規模で、そのような施策を実行した場合、即座に財政難で傾いてしまうのが目に見えている。
「しかし、南部のスイリー家は学問に関して開明的で、帝都の許可を得ていくつかの学校を平民にも解放していると聞いています」
リリベットが興味深そうに頷くと、何故かフィンが話に入ってきた。
「スイリー家と言えば、私の姉が嫁いでおりますな。かれこれ百年以上は会っておりませんが」
その言葉に、リリベットが驚きながら聞き返した。
「お主ミリヤム以外にも兄弟がおったのじゃな?」
「はい、愚妹の他に人族に嫁いだ姉が一人おります。なかなか強烈な人でして、帝国に迷惑を掛けてなければ良いのですが……」
フィンが懐かしそうに言うと、レオナルドが何かを思い当たったように頷いてから口を開いた。
「そういえば、スイリー家の領地トルには、高貴なる森人の女傑がいると聞いたことがありますな」
「はははは、女傑ですか。おそらく姉ですね」
予想外の話に飛びながら晩餐を終えたリリベットたちは、大人と子供に別れて食堂を後にするのだった。
◇◇◆◇◇
数日前、海賊船『海熊』の甲板上 ──
海賊船『海熊』はシー・ランド海賊連合の中でも古参の海賊で、虎ヒゲの船長トク・ベアは、豪快な性格に冷静な判断力を有する優秀な船乗りだった。
現在はザイル連邦とジオロ共和国との航路上を、獲物を探して西側に航海していた。
「がっははは、いい風だぜ!」
ベア船長は自慢の虎ヒゲをこすりながら、吹いてくる海風に気持ち良さそうに笑っていると、メインマストの見張り台から声が聞こえてきた。
「船長! 北西の方角に船影あり!」
その報告にベア船長は、懐から望遠鏡を取り出すと北西の方角を見つめる。
「一隻か? 所属は? どこの船だ!」
ベア船長の高さでは見え難かったので、大声で見張り台に呼びかける。見張りの海賊は、もう一度望遠鏡を覗きこみ船の所属を確認した。その船は海熊に接近しつつあり、青地に白いマークが入った旗を掲げていた。
「あれは……白の三叉の矛! 船長! トライデントだ、交戦旗も掲げてやがる」
「トライデントだぁ? ノーマの海賊如きが、このトク・ベア様とやろうってのか? いい度胸だ! 野郎ども砲撃戦の準備だ、奴らの船に風穴開けてやれや!」
「アイアイサー!」
船長の周辺にいた海賊たちはベア船長の号令のもと、一斉に動き出し開戦の準備を進めていた。
半時ほどでお互いの射程内に入った海賊戦たちは一斉に砲撃を開始。互いに軽微な損傷を受けたが航行不能になるほどではなく、トライデントの船は舵を百八十度切って逃げ始めた。
それを見ていた海熊の海賊たちは一斉に歓声を上げる。
「船長! 奴ら尻尾を巻いて逃げてきやすぜ!」
「へっ、口ほどでもねぇぜ!」
「追いかけやすか、船長?」
海賊の一人がベア船長に尋ねたが、船長は自慢の虎ヒゲを触ったあと首を横に振って答えた。
「いや、待てっ! 奴らの領域まで追いかけて囲まれたら面倒だ。それより、ピケルの旦那に報告しておけ」
「アイアイサー」
ベア船長の命令で、海賊船海熊から一羽のハトが放たれたのだった。
◇◇◆◇◇
海賊連合 旗艦 オクト・ノヴァの船長室 ──
魔導帆船オクト・ノヴァは、グレート・スカル号の姉妹艦であり、シー・ランド海賊連合の旗艦でもある。船長はシャルロットの父であるピケル・シーロードである。
そんなピケルが船長室で、商船として稼いだ収支を計算を終えて、テーブルに飾ってあるシャルロットの姿絵を優しげな瞳で眺めていると、船長室の扉が大きな音と共に開け放たれた。
「せ……船長! 大変でさぁ……って、えぇ!?」
飛び込んできた海賊は、いきなり突きつけられた小型の単発銃に対して、両手をビシッと挙げた。
「ノックしろって言ってんだろが! いつまでも覚えねぇ、その頭に脳が入ってるか見てやろうかぁ?」
「ひぃ、勘弁してくださいよ、船長」
ピケルはため息をつくと、銃をテーブルに置いて改めて尋ねる。
「それで?」
「えっ!?」
「何か用があったんだろ?」
海賊は手を下ろして考え込むと、冷や汗をかきながら答えた。
「わ……忘れちまいやした!」
「本当にぶっ放すぞ、テメェ」
ピケルが再び銃を手にして海賊に向けると、海賊を慌てて手を上げて叫び声をあげた。
「お、思い出しました!」
「手間かけさすんじゃねぇよ、それで?」
ピケルが銃を置くと、海賊は手を下ろして報告を開始した。
「北のほうで、また海賊同士の争いがあったようですぜ」
「またノーマの海賊か?」
「へぇ」
ノーマの海賊と言うのは海賊連合に属さない海賊で、ザイル連邦とジオロ共和国やクルト帝国との航路上に出没する海賊の総称である。以前から小競り合いが絶えなかったが、最近シー・ランド海賊連合の領域まで出没するようになり諍いが頻発するようになった。
「お互いの領域に入ってこなきゃ問題はないっていうのに、あいつ等なに考えてやがるんだ?」
そう呟くと、今まで報告が上がってきた資料と海図を見比べて、少し考え込むのだった。。
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『ノーマの海賊』
シー・ランド海賊連合と同じくいくつかの海賊が集まって出来た連合体である。ザイル連合北部に本拠地があると言われている。連合旗として青地に白い三又矛の旗を使用している以外は、ボスの名前も構成海賊数すら不明である。
その習性は極めて獰猛で襲った商船などは皆殺しにしてしまうため、船乗りの間ではシー・ランド海賊連合より恐れられている。