第43話「謎の美少女なのじゃ」
リスタ王国 王立学園 初等科の教室 ──
数日後、教壇にアルビストン学園長と共に一人の女生徒が立っていた。生徒たちのざわめきが治まるのを待って、学園長が口を開いた。
「ごほんっ……こちらは、この度体験入学することになったアイシャ・フォン・フェザー君だ。彼女は女王陛下の親戚に当たる子で正式な入学ではないので、あまり失礼なことはしないように! ではアイシャ君、挨拶を頼むよ」
「はい! すでに紹介いただきましたが、私の名前は、アイ……シャ・フォン・フェザーです。三日間の短い間ですが、よろしくお願いしますね」
とアイシャと名乗る女生徒は笑顔で自己紹介をすると、その美しい笑顔に男子生徒はおろか女生徒すら見とれてしまっていた。
そして、しばらくして男子生徒を中心に、教室が響くような歓声が上がったのだった。
「うぉぉぉぉぉ、なんだあの可愛い子は!?」
「女王陛下の親戚だって!? 確かに似てるかも!」
「見てよ、あの白い肌、羨ましい~!」
などと、あまりにも美しい女生徒に男女問わず騒ぎ始めたが、講師の先生が入ってくるころにはそれも治まっていた。
「それでは、アイシャ君……君は、そうだな……レオン君の隣に座ってくれたまえ」
「はい、わかりました!」
講師の指示にアイシャが返事をすると、階段を上りレオンの隣に座り彼に向かってウィンクをする。
「レオンくん、よろしくね!」
それに対して、レオンは極力小声で尋ねた。
「……アイラ皇女、何をしているんです? 体験入学なんて僕は聞いてなかったけど」
「あれ、言ってなかったかしら? 叔母様にお願いして、三日ほど学園に通わせてもらうことにしたの。そういうことだから、私が皇女だということは秘密でお願いね、レオンくん!」
アイシャが再び微笑むと、レオンは顔を赤くして顔を背けた。
「わ、わかりました。そう言うことなら、僕も出来る限り協力します」
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王立学園 初等科の教室の休憩時間 ──
最初の授業が終り、休憩時間に入るとアイシャの周りに生徒が集まり始めた。そして、一人ずつアイシャに自己紹介をしていく。アイシャもそれを受けて、丁寧に対応して挨拶を受けていった
「皆さん、よろしくお願いしますね」
美しい生徒の登場に男子生徒を中心に盛り上がると思われたが、アイシャの持つ輝きに近寄れず女生徒たちが中心になっている。
「ねぇ、女王陛下と親戚って本当なの?」
「はい、叔母様ですわ」
「わぁぁ、そうなんだっ! それじゃ、レオン王子とも知り合いなんだ?」
「えぇ、レオンくんとは仲良くさせていただいています」
その言葉に女生徒たちは、黄色い声援を上げる。
「悔しいけど、美男美女でお似合いかも?」
「ううん、まだ諦めるのには早いわ!」
そんな声が聞こえてくるとアイシャは、微笑みながらレオンを見つめる。
「ふふふ、レオンくんは人気なのね?」
「あはは、まぁそうですね」
アイシャが少しからかうように言うと、レオンは少し照れながら答えた。
それを遠くで見つめる二人の女生徒。その中で紫色の巻き毛の子が隣にいるピンクの髪の子に尋ねる。
「ちょっと、シャルロット! アレ、どういうことよ?」
「そんなこと、あたしに聞かれても困るんだけど……だいたいカミラと、あたしもライバル同士でしょ?」
そう答えたシャルロットだったが、じーっとアイシャを見つめながら呟いた。
「あの娘、どこかで見たような?」
「そんなことより、レオンさまとあんなに親しげに話しているわ! このままじゃ絶対ヤバイわよっ!」
そう囃したてるカミラに、シャルロットも内心焦った感じで尋ねる。
「で……でも、どうしたら?」
「仕方がないわ、こうなったらしばらく休戦しましょう。二人でレオンさまを守るのよ!」
「えぇ、二人で!?」
カミラのまさかの提案だったが、シャルロットはアイシャと楽しげに話しているレオンを一瞥すると、諦めたように口を開いた。
「あ、あの子の体験入学の期間だけだからなっ!」
それに対してカミラも頷き、こうしてアイシャとレオンの仲が進展しないように、カミラとシャルロットの同盟が生まれたのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王立学園 食堂 ──
王立学園は午前の授業が終ると昼食が提供される。そもそも初等部は午前だけなのだが、それでも学生や講師であれば、誰でも食堂で食事をすることができるのだ。初等部の授業が終ったレオンたちは、せっかくだからと一緒に食堂に向かった。
「まぁ、ここが食堂なのですね」
全校生徒が利用するため、かなりの広さはあるものの沢山の机が並んでいるだけの部屋を見て、アイシャが驚いた声を上げる。そんなアイシャにレオンが尋ねる。
「そんなに珍しいものですか?」
「えぇ! だってここで皆で食事を取りながら、おしゃべりとかをするのでしょ? 私、憧れてましたの」
レオンはクスッと笑うと、列に並ぶために歩きだした。そのタイミングで、カミラとシャルロットは目を合わせると
「ここよ!」
「わかってるっ!」
とお互いの意思を確認して、レオンとアイシャが少し離れた間に割り込んだ。レオンもアイシャも特に気にせず、そのまま列に並んだがトレイの前でアイシャが首を傾げる。
「これを持つのですか?」
その疑問に、アイシャの後にいたジェニスが答えた。
「えぇ、これを持って進んでいくと、あそこにいる女性たちが配膳してくれます」
そして、周りには聞こえないように小声で付け加える。
「ご安心ください、アイラ皇女。調理・配膳ともに王城から派遣された身元が、しっかりしている者たちですから」
その言葉にアイシャは安心したように頷いた
リリベットは面白がってレオンには伝えなかったが、ジェニスは母であるヘルミナから、アイラ皇女に不便がないように頼まれているのだ。
トレイに食事を乗せてもらったアイシャは、嬉しそうに微笑むとレオンたちと合流して、全員で席に座る。
レオンの両隣にはシャルロットとカミラが陣取ったため、アイシャはジェニスと一緒に対面に座ることになった。
「美味しそうなシーフード料理ですね。帝都では、あまり新鮮な海の幸をいただくことが難しいですから」
「こんなの、どこにでもあるようなピラフじゃない?」
アイシャは配膳された、シーフードピラフのようなものを見て感想を述べた。海育ちのシャルロットは不思議そうに尋ねるが、それに対してカミラが馬鹿にしたように答える。
「バカね! 帝都は内陸部だから珍しいのよ!」
アイラ皇女が住んでいる薔薇の離宮は帝都にあり、帝都は大陸中央部に位置するため海から遠く、新鮮な海の幸を輸送するには、かなりの労力が必要なため流通自体が殆どないのだ。
「バカとはなによ! カミラだって帝都なんて行ったことないくせにっ!」
シャルロットとカミラが喧嘩を始めようとした瞬間、間に座っているレオンが
「食事は落ち着いて食べようよ、二人とも」
と窘めると、二人はションボリして席についた。
「ふふふ、楽しい食事ねっ!」
アイシャは騒がしい食卓に嬉しそうに呟いた。
一同は、そのままワイワイと騒ぎなら昼食を共にするのだった。
◆◆◆◆◆
『隠密』
レオンたちが食事をする食堂を、陰から見守る一人の先生風の服に身を包んだ男性がいた。
「まぁ、アイラ皇女の警備は問題なさそうだな……そもそも陛下の親戚って肩書きだけで手を出そうって奴はいないだろうし、レオン殿下も近くにいればなおさらだ」
そんな男性に声を掛ける二人組の女生徒。
「お父様、そんな格好で何をしているの? まさか近衛をクビになったとか?」
「おぉ、ラケシスとイシス、お前たちも食事かい? クビってさすがにそれはないよ、父さんは仕事中さ」
ラッツはそう言うと、食堂を見るように親指を食堂に向けた。ラケシスとイシスが食堂を覗きこむと、そこにはレオンとアイラ皇女たちが楽しげに食事をしている。
「あら、あれは……レオン殿下」
「それにアイラ皇女ね、そう言えばお母様がアイラ皇女が体験入学をするって」
「という訳だから、俺がいることは内緒で頼むよ」
ラッツがそう頼むと、ラケシスとイシスは頷いて
「それじゃ私たちも混ざってくるわ」
「そうしましょう」
と言って、ラッツを置いてレオンたちの方へ向かってしまい。それを見送ったラッツは寂しそうに
「もう少し父さんと話してくれてもいんだぞ?」
と呟くのだった。