第42話「調整なのじゃ」
リスタ王国 王城 女王執務室 ──
レオナルドたちと朝食を取った昼過ぎに、リリベットは学芸大臣ナディア・ノルニルと、王立学園の学園長タクト・フォン・アルビストンを執務室に呼び出していた。
定刻通りにナディアとタクトが入室すると、さっそくナディアがリリベットに尋ねる。
「陛下、お呼びでしょうか?」
「うむ、二人ともご苦労なのじゃ。実は相談したいことがあったのじゃ」
相談という言葉に、タクトは首を傾げながら尋ねる。
「相談ですか? 何か学園の運営に問題でも?」
学芸大臣と学園長の呼び出しである。タクトでなくとも学園関連の問題を心配するのは当たり前だった。しかし、リリベットは首を横に振った。
「実は、現在我が国に訪問中のゲストであるフェザー宰相夫妻の息女アイラ・クルト皇女殿下が、王立学園に体験入学したいと申すのじゃが……」
聞きなれない言葉に、タクトが驚きの表情を浮かべて尋ね返す。
「体験入学でございますか?」
「うむ……我が姪殿は学校に通いたいのじゃが、社交的な理由で両親は反対しているのじゃ。そこで帝国社交界とは縁がない我が国の王立学園に、試しとして体験入学を勧めてみたのじゃが、受け入れるとして何か問題はあるじゃろうか?」
タクトは少し考えるように黙り込むと、改めて口を開いた。
「他国のとはいえ皇族を迎えるとなると、生徒たちに混乱を招くかもしれませんね」
「しかも皇女殿下というと護衛の方々も必要でしょう? 強持ての武人が教室内で待機していたら、生徒たちが怯えてしまうかもしれません」
タクトの発言にナディアも付け加えた。どうやら双方とも受け入れには難色を示しているようだった。リリベットは困った顔をしながら、しばらく考え込む。
「う~む……私が言い出したことなので、断るのは気が引けるのじゃが……」
「それでは、こう言うのはどうでしょうか?」
タクトが受け入れの条件を提示すると、リリベットは指で机を叩きながら悩みだした。
「……確かにそれなら混乱は少ないじゃろうが、う~む」
「無理なようでしたら、諦めていただいたほうが無難かと」
タクトの確認の言葉に、リリベットは渋々頷く。
「わかったのじゃ、その方向で先方と調整してみるのじゃ。二人とも、そのつもりで準備を進めて欲しいのじゃ」
「はい、わかりました」
ナディアとタクトの二人は頷いてから、部屋を後にするのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 別邸前 ──
リリベットが体験入学の件で、調整をしようと別邸に向かうと正門のところで、衛兵と大きな荷物を持った人物との諍いが起きていた。リリベットは馬車から顔を出して、守衛を務める近衛に尋ねる。
「何をしているのじゃ?」
「はっ、これは女王陛下! それがこちらの方が、ゲストの方々に会わせろと言ってまして……」
リリベットは指差されたほうを見て、ため息を付くと念のために尋ねる。
「またお主か……ファムよ、こんなところで何をしておるのじゃ?」
「陛下やないのぉ、いやぁ、今来てるのって帝国のお偉方なんやろ? せっかくやから顔を覚えて貰って、ついでに何か買うて貰おうかと思ってなぁ」
リリベットは、再びため息をつくと近衛に向かって命じる。
「いますぐ摘み出すのじゃ!」
「はっ!」
リリベットに命じられた衛兵たちは、ファムの両脇に腕を通すと引きずるように正門から引き離していく。
「横暴や! うちには商売する権利があるはずや~! ちょ、どこ触っとんねん、痴漢や猥褻罪やで、陛下ぁ~!」
「まったく、あやつは何を考えておるのじゃろうか……」
ファムの声が聞こえなくなってから、リリベットは改めて守衛を務めている近衛に尋ねる。
「レオナルド殿たちはおるじゃろうか?」
「はい、お通りください」
近衛はそう言うと正門を開き、リリベットが乗った馬車を敷地内に通すのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 別邸 ──
リリベットが別邸の玄関前に馬車を止めると、別邸からアイラが出迎えに出てきていた。
「叔母様! ようこそいらっしゃいました」
アイラは満面の笑顔で手を振っており、その後ろには帝国から連れてきている執事やメイドといった従者たちが控えていた。リリベットは軽く右手を上げて
「サリナ皇女とレオナルド殿は、いらっしゃるじゃろうか?」
と尋ねた。アイラは頷くと、そのままリリベットを邸内に通すのだった。
邸内に入り、応接室に通されたリリベットはソファーに腰を掛ける。一緒に付いてきたアイラは、何故か対面ではなくリリベットの横に腰を掛けた。
しばらくしてレオナルドとサリナが、揃って部屋に入ってきた。対面に座った夫妻だったが、サリナは首を傾げて尋ねてきた。
「リリベット様、本日はどうなさいましたか? 確か、公式な行事はなかったと思いましたが」
「うむ、今日はアイラ皇女の体験入学の件で話があってきたのじゃ」
「……と言いますと?」
リリベットはタクトたちから出された条件を、そのまま伝えるとレオナルドは少し難色を示した。
「安全面が確保できないのであれば、今回は見送るべきではないかね?」
それを聞いたアイラはソファーから立ち上がると、レオナルドの横に行って揺すり始めた。
「お父様、心配しなくても大丈夫です。私だってお父様の娘ですもの! 多少の火の粉は振り払えますわ」
「まぁ数日のことですし、大丈夫なのではなくて?」
二人の美しい妻と娘に囲まれて、レオナルドは困ったような表情を浮かべるが、最終的には娘の涙目のお願いに折れ、提示された条件で了承するのだった。
それを見ていたリリベットは真剣な表情で呟く。
「う~む……ヘレンもいずれこんな風に、男を落としたりするのじゃろうか?」
「ふふふ、それは女の子ですもの。すぐに意図的な甘え方を覚えてしまいますわ」
サリナはクスクスと笑いながら答え、アイラも体験入学の許可が下りたことで、ニコニコしながら答える。
「ヘレン王女は、きっと甘え上手の良い女の子になると思いますよ、叔母様」
「む~……恐ろしいのじゃ」
こうしてアイラ皇女の王立学園の許可がおり、近日中に実行に移されることになった
◇◇◆◇◇
リスタ王国 王城 女王執務室 ──
王城に戻ったリリベットは、近衛隊長のラッツとその妻マリーを呼び出した。しばらくして、マーガレットの取次ぎでラッツとマリーが入室してきた。
ラッツは執務机の前まで進み敬礼をする。
「女王陛下、何か御用でしょうか?」
「うむ、この度アイラ皇女殿下が王立学園に体験入学する運びになったのじゃ」
ラッツは無言で頷く。
「そこでお主たちに護衛についてもらいたいのじゃ。それも表立ってではなく、影ながらなのじゃ」
「それは姿を見せずにということですか、陛下?」
マリーが確認のために尋ねると、リリベットは頷いた。
「それはよろしいのですが、護衛についている間、ヘレン殿下のお世話はいかがいたしましょうか?」
「マーガレット、頼めるじゃろうか?」
リリベットが隅で控えていたマーガレットに尋ねると、彼女は静かに頷いた。
「はい、お任せを」
「うむ、では頼むのじゃ。期間はおそらく数日になるじゃろうが、人手が足りぬようであればフェルト経由でリュウレを頼るとよいのじゃ」
マリーは頷き、ラッツは敬礼で返すのだった。
◆◆◆◆◆
『ヘレンとマーガレット』
基本的に誰にでも厳しいマーガレットだが、かつて仕えていた同名のヘレン・フォン・フェザーを思い出すからなのか、ヘレンに対してだけは甘かった。
「ヘレン様、しばらく側付きは私が勤めます。よろしくお願いしますね」
丁寧な所作でお辞儀をしたマーガレットに、駆け寄ってヘレンは飛びついた。
「マァー」
「ヘレン様、いきなり飛びついてはあぶないですよ?」
ヘレンを抱き上げると、ヘレンは彼女の首に手を廻して擦り寄っていた。
ヘレンからすると、いつもリリベットと一緒にいるマーガレットは、母と同じ香りがするのか落ち着いた気分になるのだった。