第40話「巨船視察なのじゃ」
リスタ王国 地下専用港 ──
翌日、レオナルド宰相の要望により、魔導帆船グレート・スカル号の視察が行われた。リスタ王国の最大戦力であり、海運では大陸連絡船として活躍しているグレート・スカル号は機密の塊ではあるが、宰相フィンから強い要望が出されたのだ。
リリベットもそのことは不思議に思ったが、フィンが自分や王国に損害を与えたりすることは絶対ないという自信から、視察の許可を出したのだった。
しかし、視察の許可が出たのは帝国宰相一家だけであり、ジャハルを含めた護衛の皇軍は地下専用港の立ち入りは許されなかった。
まずタラップを上がる前に、リリベットが振り返るとサリナ皇女たちに警告する。
「この船の船長の素行に少々難があるのじゃ。サリナ皇女とアイラ皇女は、ここで待たれたほうがよいのじゃ」
それに対して、サリナとアイラはお互いの顔を見合わせて
「もう慣れましたわ」
と笑いあうのだった。ここ数日で帝国領内ではありえない出来事が多発したため、二人ともこの国の雰囲気に慣れてきてしまっていたのだ。
リリベットと宰相フィン、レオナルド、サリナ皇女、そしてアイラ皇女がタラップを登ると、そこにはログス船長が待っていた。彼は大きく両手を広げながら歓迎をすると
「おぅ、陛下! 待ってたぜ、相変わらずいいケツしてるな!」
と軽口を叩く。それ対してフィンがジロリと睨みつけると、ログスは苦笑いを浮かべて一歩下がった。
「……おっと、今日は宰相さんが一緒かよ。軽口はこの辺にしとかないと、殺されちまうな」
リリベットは一度咳払いをすると、ログスを指差しながら
「こやつが、グレート・スカル船長ログス・ハーロード。見ての通り素行に問題はあるが、一流の船乗りで優秀な船長なのじゃ」
と紹介すると、ログスは親指を立てながらニカッと笑った。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 グレート・スカル号 食堂 ──
その後、ログスの案内で船内を見学を開始した一行だったが、魔導砲の威力やら船の速度やらの説明に、リリベット、サリナ、アイラの三名は早々に興味を無くし、レオナルドの案内をフィンとログスに任せて、食堂でお茶を飲みながらおしゃべりをしていた。
あまりに場違いな雰囲気を持つ美女三名に、むさ苦しい船乗りたちは遠巻きに見つめるぐらいしかできなかった。
「まったく男性というのは、どうして船や兵器などに目を輝かせるのでしょう?」
レオナルドに置いてかれたサリナが不満げに言うと、リリベットは首を傾げながら答える。
「よくわからんのじゃが、レオンもこの船のことは好きなのじゃ。何か本能的なものかもしれぬな」
「そう言えば、今日はレオン王子はいらっしゃらないのですね」
「うむ、今日は学園の方に顔を出しておるのじゃ」
学園と聞いてアイラが目を輝かせる。
「彼は学校に通っているんだ。羨ましいな~、叔母様聞いてくださいよ! お母様ったら私は学校など行かなくていいと言うんですよっ!」
「貴女には、優秀な家庭教師を付けているじゃない」
不満顔の娘にサリナは首を横に横に振る。リリベットは少し考えたあと口を開いた。
「そういえば、私も学校は通ってなかったのじゃ」
それを聞いたアイラは見てわかるほど落胆していた。リリベットなら、きっと味方をしてくれると思っていたのだ。それを見たリリベットはサリナに向けて尋ねる。
「……しかし、通いたいと言うのであれば、叶えてあげてもよいのではないじゃろうか?」
「叔母様っ! 大好きっ!」
アイラは目をキラキラさせながらリリベットに抱きついた。その様子にサリナはクスクスッと笑う。
「あら……ふふふ、リリベット様はアイラに弱いようね。でもダメよ、帝都の学校に通わせたら、皇家に取り入ろうとする輩が言い寄ってきますから」
サリナ皇女も学校には通ってはなかったが、その手の輩は後を絶たなかった。それを嫌って社交から離れ、白薔薇の館に引きこもっていた時期もあったほどである。そんな経験から、娘には極力そういう経験をさせないように努めているのだ。
「ふむ……サリナ皇女の言うことも一理あるのじゃ」
「そんな~」
アイラは再びガッカリした様子で肩を落としたが、リリベットは咳払いをすると話を続けた。
「それなら王立学園に、体験入学してみると言うのはどうじゃろうか? アイラ皇女も多少は気が晴れるじゃろうし、我が国であれば悪い虫も付かぬじゃろう?」
この提案にサリナはとても驚いた様子だった。彼女はしばらく考えると、期待した瞳を輝かせているアイラを一瞥すると、ため息をついて答えた。
「ふぅ……仕方ない子ね。一応、レオに聞いてみましょう」
「わぁ、ありがとう、お母様っ!」
そんな話をしていると、視察を終えたレオナルドたちが戻ってきたのだった。
◇◇◆◇◇
リスタ王国 地下専用港 ──
グレート・スカル号から下船して専用港に降り立つと、レオナルドはグレート・スカル号を見上げて関心したように呟く。
「いや、この船は凄いですね。さすが我が帝国の北方艦隊を壊滅、西方艦隊を半壊させても、足止め程度しか出来なかったという話も頷ける」
「そうだろう? しかし、あの戦いでの西方艦隊との戦いは肝を冷やしたがなぁ、がっはははは」
レオナルドの賞賛に、ログスは豪快に笑いながら答える。あの戦いと言うのは、十二年前の大戦のことで、陸戦の支援に出発したグレート・スカル号は、帝国西方艦隊と衝突、その海戦にて西方艦隊半数と引き換えに、グレート・スカル号は一時航行不能にさせられたのだ。
グレート・スカル号にそのようなことが起きたのは、この船が建造されてから百年程の歴史の中でただの一度のことだった。
「名前も知らない奴だが、あの時の提督とは一度酒でも飲みたいもんだぜ!」
「おや、ご存知なかったのですか? 彼の名前はエリーアス・フォン・アロイス提督ですよ。まだ西方艦隊の提督をしていますから、いずれ機会もあるでしょう」
レオナルドが答えると、ログスはさらに豪快に笑いながら
「おぉ、あの野郎はエリーアスっていうのか! がっはははは、負け戦で飛ばされてないか心配だったが、そうかそうか! あんた、もし会うことがありゃ、ログス・ハーロードが会いたがってたって伝えてくれよ」
とレオナルドの肩をバンバンと叩く。
「わかりました、必ず伝えておきましょう」
レオナルドはそう言いながら、一瞬フィンの方を一瞥して頷くのだった。
◆◆◆◆◆
『二日酔い』
「うぅ、頭が痛い」
見事に二日酔いになったフェルトは、リリベットの勧めにより、本日の公務を休むことにした。そして、唸りながらベッドの上で大人しく眠っていると、突然ドアがバンバンと叩かれる音が聞こえてきた。
「いったい……なんだ?」
しばらくして、ドアが開かれると執事が済まなそうな顔で入ってきた。
「……どうしたんだい?」
「フェルト様、申し訳ありません。実は……あっ、いけません!」
驚く執事の足元を小さな影が走り抜けると、フェルトのベッドサイドまで近付いてきた。
「とぉさま、だいじょうぶ~?」
その声を共にベッドによじ登るとヘレンが顔を覗かせた。フェルトは頭を押さえながらも笑顔で尋ねる。
「どうしたんだい、ヘレン?」
「とぉさま、イタイイタイってきいたの~」
今まさにヘレンの高い声で頭が割れるように痛いのだが、それでもフェルトは笑顔を絶やさず、ヘレンの頭を優しく撫でる。
「そうなんだ、だから今日は寝てないといけないんだよ」
「おねんねするの? それなら絵本よんであげるのじゃ~」
思わぬ提案にフェルトはクスッと笑う。
「もう一人で読めるようになったのかい、ヘレンは偉いね」
「えへへへ」
「でも、私はちゃんと眠れるから大丈夫だよ」
ヘレンはきょとんとした顔をして首を傾げる。
「それじゃ……お歌うたう?」
「う~ん、歌もいいかな」
「それじゃ、いっしょに寝てあげるのじゃ~」
ヘレンはそう宣言すると、いそいそとフェルトの隣に潜り込む。しばらくフェルトがヘレンをポンポンと叩いていると、ヘレンは彼より先にスヤスヤと寝息をたてはじめるのだった。